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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛栄養補給法
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12 部活アラシ襲撃?

 それは唐突だった。

 暗くなってきたので練習を終了し、ヤレヤレと思いながらコートを片付けていた俺達の誰が想像しえただろうか。

 ――まさか部活荒しが乱入してこようなどと。


 その不審人物は二人組だった。両方とも帽子とマスクで顔を隠しているため誰か分からない。片方はうちの制服を着ているが、もう片方はダボダボのジャージを着用している。

 最初に気づいたのは遠くに転がったボールを拾いに行った3軍のメンバーだった。制服を着ている方がボールを拾い上げ、綺麗なフォームで蹴り上げる。長い長い放物線を描いて飛んだボールは、あたかも磁力で引き寄せられているかのように……ポスンとボールを収納しているカゴへ収まった。


 誰もが固まる。

 上手い……と、息を呑む。


 続いてダボダボのジャージの方も遠くからボールを拾ってきて蹴り上げる……が、こちらはカゴまで到底届かず、近くまでコロコロと転がった後、控えめにカシャンとカゴに触って止まった。

 制服を着た方が得意気に胸を張っている。あ、ジャージの方が少し口惜しげだ。


 そんなシュートゲームに、片づけをしていたメンバーが次々と加わった。

「俺も混ぜろ!」

 あんなテクを見せ付けられて本業のサッカー部が黙っていられるわけがない。あれよあれよと遠くに転がっているボールを拾ってきては、同じ距離からシュートし……外したり、外したり、カゴにぶつけたり、カゴを飛び越したり。って、全然片付いてねーじゃねーか!


 そのうち、シュートしようとした制服を着ている方のコースを誰かがブロックしようとして失敗し、混戦し、ごちゃごちゃになってきた挙句、両陣営にそれぞれ加勢がついてゲームがミニ試合の様相を呈してきた。泥沼過ぎる。

 けれど、不思議と誰も止めようとはしなかった。

 制服を着ている奴が楽しそうにガッツポーズをとっている。そんな姿を見るのは、本当に久しぶりで……久しぶりで。


 顔を隠そうが、俺だって2年間一緒にやってきたんだから分かる。

 あいつは嵐山だ。

 怪我の一件があった後、サッカーをやめてしまった嵐山だ。


 誰もがあいつの恩恵ギフトを羨んだ。けれど、同時にそれは憧れでもあり、チームメイトとして誇りでもあった。単純にいえば、大胆で、トリッキーで、こちらを魅了するようなサッカーが大好きだったのだ。

 だから、今この一時だけでもボールを手に取ってくれたことが嬉しくて、誰もゲームを止めなかったし、誰もその正体を言い当てるようなことはしなかった。


「うわーーそれ卑怯ッすよ!」

「どやあ!」

「お前悪人顔すぎ。おおーい、だれか1軍のコートへ行って醍醐呼んでこい! 道場破りチームの戦力増強だあああああ」

「じゃあこっちは魅上! お前に決めたああああああ!」

「俺はポケ○ンじゃねえええええええええ」


 俺の買いかぶりだ。こいつら単純に楽しんでやがる!

 後は野となれ山となれ。ここまできたら一蓮托生で全員怒られるしかないだろ。


 一つ咳払いしてから参戦すると、シュートコースを防ぐ位置についた。

 それにしても、あのダボダボのジャージの方は誰だろう。身軽にひょいひょいと避けるように動いては、ディフェンスをかわしている。サッカー部にはいなかったが……などと考えていたら、ボールがこっちに来た。


 メンバーの1人を囮に出す。

 ガタイのいいそいつの影に隠れるように移動して、ジャージの方が囮を避けた瞬間、俺が直接対峙する。完全に前に出てしまえばシュートは打てない。あとはボールを後ろに戻すか……俺に取られるかだ!

「悪いな」

 ボールは貰ったぜ、と続けようとした俺は、目の前にいたジャージの思いもよらない行動に硬直した。いや……硬直せざるを得なかった。


「了」


 凛とした綺麗な声が小さく響き、一瞬立ち止まった俺の頭上をボールが飛んでいく。

 それは、放物線を描いてゴールへ吸い込まれていった。

 ……けれど、俺はボールの軌跡も、ネットに当たる音も聞こえてやしなかった。

 なぜなら、


 ――押し倒されていたのだ。




「だったらメールくらいしろってんだ」

 あれから大急ぎでシャワーを浴びて、カバンを嵐山に押し付け、財布だけもって出てきた俺を待っていたのは、やはり環だった。

 以前ロングだった髪を綺麗に切りそろえ、それが逆に整った顔を際立たせてどきどきしてしまう。事実、卒業式の頃に比べてずっと綺麗になった。


「私もギリギリ時間が取れるかなーと思った頃にはもう部活始まっちゃってたし……ちょっと驚かせたかったし」

 A学園の指定ジャージは嵐山のものだった。道理でダボダボなわけだ。

 近くの自動販売機で買ったカップ入りのアイスコーヒーに口をつけると、細かく砕かれた氷が一緒に雪崩れ込み、ほてった喉を潤していった。


 二人で公園のベンチに座る。

 あのまま部活にいたら質問攻めで大変なことになっただろう。上手く抜け出せてよかった。

 ……後日、環のことをほとんど紹介しなかったために魅上ホモ疑惑が起こるのだが、それはまた別の話だ。


「で、何かあったのか?」

「ん? 別に。了が元気なさそうだったから」

 手紙じゃ悩み事を吐かないだろうと思って、わざわざ海を越えて戻ってきたのよ。

 くぴっとりんごジュースを飲み干すと環はふわりと笑った。


 ――影が伸びていく。


 夏の全国大会が終わってからずっと感じていたことがある。

 夏の全国大会が終わってからずっと考えていたことがある。


【進路】


 それとなく醍醐に聞いてみたが、愚問だった。

「サッカーの道へ進もうかと思う」

 まっすぐな目で返ってきたのはいうまでもないことだが、その選択に自信を持っている姿に焦燥感を感じてしまう。


 今後の自分。未来。それを考えてぞっとした。……わからないのだ。

 サッカーと一生付き合っていけるかと聞かれたら、俺は醍醐のように即答できない。むしろ答えは「否」だろう。

 サッカーは嫌いじゃねぇが、それで飯を食う気も、食えるとも思わない。


「嵯峨野ちゃんは法律家になるとか言ってるっすよ」

 進路の話を聞くたび、誰かが決めたと言うたび、「そうか」と頷く一方で、俺だけがやりたいことを見つけられずに往生しているような気がしてならない。


 理系か? 文系か?

 その選択は非常にすんなり決めることができたというのに……自分の将来がかかるとあまりに選択肢が多すぎて、そして、あまりに選択肢が大きすぎて――決めかねる。


「俺、今まで何考えて生きてたんだろうな」

 人に偉そうなこと言っておきながら、俺も目の前のことしか考えていなかった。

 その先のことなんて考えていなかった。

 道は続いているだなんて本当だろうか? ……想像できない。


「了はサッカーに没頭したことを後悔する?」

「しねぇけど……視野が狭かった気がする」

 うーん、と環は氷を口に含んで、一瞬冷たそうにした。


 同じところを回っている気がするんだ……。言葉にし難い言葉が続く。

 環は俺がサッカーやめると言ったらどんな顔をするだろうか?

「こうしようか、と考えても俺の未来がかかっていると思うと踏み出せない。他人の真似をしたって気休めに過ぎないし、自分で選ばなければ絶対後悔することは分かってる。けど、やりたいことなんて急に言われたって……な。まさか自分がこんなに優柔不断でモノを考えていなかったなんて驚いた」


 なんで他の奴らは決断できたのか不思議なくらいだ。迷いなくはっきり言えるなんて。……口では迷ったと言っているけれど。

 はあ。

 息をつく。なんだか誰にも言えずに溜めていた気持ちを吐き出したようだった。


 ――影が夕暮れに溶け出し、日が落ちる。


「何がやりたいかなんて分からないよ」

 急に環が言い出した言葉にびっくりした。

「まさか。環はもう道を選んで実践している側の人間だろ」

「私も分からない。実際にその道を歩いていたって分からないし、死ぬまで分からない人もいると思う。そもそも天職なんて滅多に見つかるもんじゃないよ。……ただ、天職だと思えるようになるだけだと思う」


 私に出来るかな? なんて考えていたって、やってみなければわからないし、人間に出来ることなら時間がかかってもできるようになるだろう。ただ、それが嫌で嫌でたまらないことだったら方向転換すればいい。


 腹を括るしかない。

 道が見えなくて不安なのは、道の先が見えないから。

 だったら周りの人や本やネットや……あらゆる手段で情報収集すればいい。


 道に迷っているのは選択肢の長所と短所を比べてしまうから。

 考えて、考えて、考えすぎて堂々巡りになっているなら、誰かに話したらいい。

 そっと背中を押してくれる人がいるかもしれないから。


「私の背中を押してくれたのは、了だったんだよ」


 少し微笑んで、環が俺の背中に触れる。

 そのとき俺はただただ唖然としていた。そんな風に環が考えていたなんて知らなかった。

「あ、これ私が感じたことだから、偉そうだったらごめん……って」


 彼女をぎゅっと抱きしめる。

 環はすごい。

 ……すごい。


「了?」

「……環も不安に思うことはあるのか?」

「うん。どきどきして眠れないことだってある」

 意外と弱いのな、と笑ってやると、了がいてくれるからちょっと強く見えるんだよ、って少し微笑んで、「ありがとう」と呟いた。


 ――公園の電灯がぽつり、ぽつりと点灯しだす。



 腕の中が温かい。


 大丈夫、俺も踏み出してみよう。

 



「俺、サッカーやめて建築のほうに進もうかなって」


 サッカーに未練がないわけじゃない。

 不安だってたくさんある。

 才能だってあるんだかどうだか。


 だけど……



「うん」


 環がそう言ってくれるのなら……少しは自信を持ってみよう。



 大丈夫。

 きっと大丈夫だから。

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