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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛栄養補給法
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7 焼きついた姿

 ――それは一瞬。けれどもこの一瞬を一生忘れない。





 A学園サッカー部司令塔 魅上了が地域選抜に落ちたという事実が他の部員達に知らされたのは、翌日だった。

 そして現在、A学園サッカー部有志一同が「魅上を励ます会(仮)」を開き、どう声をかけてよいのやら相談している。


 頑張ったけど、だめだったんですね。

 サッカー好きだったら、これからも続けてください!

 そもそも選抜候補に選ばれるだけでもすごいじゃないですか。


「どれもこれもだめだ!」

「気の効いた言葉が捻りだせん」

「三輪先輩ならもっとうまく声をかけてくれそうなものを」

 そんな彼女は今日に限って委員会の仕事が忙しいらしい。

 とりあえず一同は『その話題』について触れるようなことはせず、傷が癒えるまでそっとしておこうという結論に至った。さわらぬ魅上先輩にたたりなしである。


「うーっす」

 そこへ本人の登場である。彼らは顔を見合わせ、先ほどの事項を確認しあい……挨拶をしようとした。

「み……「魅上先輩おはようございま~~す! 昨日は残念だったっすねー」……かみん……うあああああああああああ嵐山ああああああ!!!」

 いきなり地雷を踏むな馬鹿!

 彼らの脳裏に浮かんだのはその一文。彼らの協議が一瞬にしてゴロゴロと音を立てて崩れていく。

「嵐山……蹴られても文句言うなよ」

 近くにいた誰もが魅上に蹴られる嵐山の姿を想像した


 ……が、返ってきたのは思いもかけない反応だった。

「まあな。その分このチームで全国大会優勝してやるぜ」

 どこかふわふわと嬉しそうにボールを取りにいく魅上の姿を見て、なぜかショックを受ける一同。いや、元気ならそれに越したこと無いのだが、なんとなく釈然としない気持ちが残る。


「頭でも打ったんですかねー」

「嵐山、言い過ぎ。てか、お前分かった上で口に出したんだな」

 まあ、何はともあれ元気でよかった。彼らはホッと胸をなでおろし、来年は自分こそが選抜候補に選ばれるよう頑張ろうと決意を新たにしたのだった。


「魅上、顔が緩んでいるぞ」

「醍醐、さりげなく人を非難するんじゃねぇ」



◇◇◇



 昨日のあの一瞬。柔らかな感触。虫の鳴き声。澄んだ空気のニオイ。


 思い出そうとすると恥ずかしさで憤死しそうになる。しかし、同時に顔が緩んでしまう自分もいて、俺は困っていた。醍醐に注意されるのも当たり前だ。なんというか、環とは昨日と別の意味で顔を合わせにくい。

「サッカーに集中しろ! 俺!」

 できる! 俺ならできる! 昨日の今日じゃねえか。気合入れろ、気合!

 呪文のように唱えながら練習に参加した。あとで後輩から「鬼神のようでした」と言われたんだが、どういう意味だったのだろう。


「お疲れ様です」

 練習も中盤に差し掛かった頃、委員会で遅れた環がやってきた。テキパキと仕事に取り掛かる彼女の姿に、浮かれているのは俺だけだったのだろうかと軽く落ち込む。あの後、彼女は口をパクパクさせて……ぺしぺしと俺の腕をたたいた挙句、「覚えてなさいっ」とチンピラのような捨て台詞を吐いて逃げてしまったというのに。


「お疲れ」

 もしかして了解を先に取らなかったから怒っているのだろうか。そんなことを考えながらも、口元が緩むのは押さえきれず、ヘラヘラ笑いながら彼女に近づいてみた。ちなみに今は交代の休憩中だ。

「むう」

 あれ? 何で唇を尖らせてるんだ?


「怒ってる? おーい、環さーん?」

 小声で呼びかけると、彼女は少し頬を染めたまま……なぜか俺の頬を両手でぎゅっと摘んできた。

「変な顔」

 ぶふっと噴出し、仕返しだよーと笑いながら彼女は別のコートへ行ってしまう。後で聞いた話によると、うかつにも翻弄されてしまった自分が悔しかったのだそうだ。ちょっと可愛いとか思ってしまった俺は重症だろうか。




 いつも通りのハードな練習が終了した後、醍醐が環に向かってオイデオイデのポーズをとっているのが見えた。なにか紙袋を脇に抱えている。大きさはノートの半分程度。ゴールポストに隠れるようにして、チラチラとこちらを気にしながら話す姿が怪しい。

「この前頼まれていたブツなんだが……」

「も、もしや!」

 例のブツですか? と小さな声が風に乗って聞こえてくる。醍醐がコクリと頷いた。

 男同士のやり取りなら大人向けの雑誌かなにかだろうと、そのまま放っておくのだが、自分の彼女と日本一真面目なサッカー部部長じゃ想像がつかない。なんなんだよー。


 部室に戻るフリをしてこっそり死角から近づいてみると、環が持っていたのはDVDだった。既製品ではなく、自分で焼くタイプだが、それには見覚えがある。寮のパソコンで醍醐が焼いていたものだ。

「醍醐、いい度胸だな。人の彼女を恐喝か~?」

 暗に「何があったかキリキリ吐け」とニヤニヤ笑いながら、醍醐の肩に腕を回すと明らかに動揺が走った。

「ち……チガウ」

 しどろもどろ。動揺しているのは環も同じだった。

「えっと、いや、その、見たかった映画がテレビでやってて、それを録画してもらって……」

 いや、その言い訳の仕方だと「後ろ暗いこと、あります!」と断言しているようなものだろう。自分の失言を悟ったのか、彼女は醍醐に向かって「上手くシラを切りとおして下さい」といわんばかりの視線を向けた。


「……すまんな、魅上。三輪がどうしても、お前が料理している貴重な映像を見たいと言うので……」

「うああああっ、裏切り者!」


 料理している姿?


 ぽかんとしていると、醍醐は至極真面目な顔でそうだと頷いた。

 こらこら、勝手にルームメイトを売るんじゃない。まあ、相手が環だからお願いを無碍にすることができなかったのだろうけれど……でもなぁ、環も他の男に頼むくらいなら俺に直接言えよ。まったく!


「……パスタで良いか?」

「え?」

「粉とひき肉を炒めて作るパスタで良ければ」

「ええっ」

「食堂のパントリーの方なら、言えば貸してもらえるから」

「いいの?」

「ああ。でもDVDは没収な」

 どちらにしても没収する気だったが、彼女は直に見られればそれでいいと判断したのだろう。最後には分かったと頷いた。ついでに醍醐にも口止め料代わりに振舞うことにする。


 ちなみに食堂のおばちゃん達は二つ返事でパントリーを貸してくれた。もともと料理を温めるだけしか使っていなかった一角なので、学生が小さな歓迎会をするときなどに予約しておけば使える。

 おばちゃん達はついでとばかりに余った材料などをふんだんに分けてくれたのだが、野菜の切れ端とかじゃなくて……明らかに食材一式揃えてくれたのは気のせいじゃないだろう。俺の恩恵ギフトが初めて役に立ったかもしれない。




 ミートスパゲッティを腹に収めた環は「美味しかった」と満足そうな顔で幸せそうに部屋へ戻っていった。どうやら見たかった映画のテレビ放映は今日だったらしい。

 彼女の後姿が完全に見えなくなってから、俺は緑茶を飲んでいる醍醐に向き合った。


「じゃあ、言い訳を聞こうか」

 自分でも人が悪い笑みを浮かべているだろうなと思った。

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