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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛栄養補給法
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5 独占欲の鎖

 基本、候補生は4人部屋だ。チームへの順応性を見るという名目上、ルームメイト同士仲良くあらねばならない……のだが、見事にライバルともいえる同一ポジションの候補生が固まってしまった。

 まだ攻撃主体の嵐山や守備主体の醍醐のように、数人で動くポジションなら問題ないのだろう。しかし、俺のポジションである司令塔は基本1名。それこそ何人もいたら船頭多くして云々の通りになってしまう。


 だから厄介だなと思っていたのだが、嵯峨野兄以外の二人と話してみると、意外に楽しかった。共通の趣味のおかげとでも言うのだろうか、サッカー大好き人間がサッカーについて語り合って、話が盛り上がらないわけがない。

「で、あの試合でアシストした○○が」

「あの場面でよく△△にパスしたよな」

「一旦下げると思いきや、そのままシュートだなんて思わなかったぜ!」

 尊敬する選手の話題になったらテンションが上がり過ぎて、催眠商法(悪徳商法の一種)の会場のようになっていた。


 現在、夕方7時。練習は昼の間に終わっている。

 1日目はどちらかというと肩慣らしに近い内容だった。地域選抜とはいえ、あちこちから集まってきている以上、俺達のように1時間程度の移動距離で済んだ候補生もいれば、それこそ電車とバスの乗り継ぎで数時間かかった候補生もいる。移動疲れを言い訳に出来ないのは分かるが、フェアじゃないのは事実だ。


 夕食は部屋単位で呼ばれたが、さすがに風呂は全員ではいるわけにはいかず、各部屋から1名ずつ交代で行くことになっていた。今は嵯峨野兄が利用中だ。

 奴の荷物からガサゴソ音が聞こえるのは無視することにしている。本当はカゴをワイヤーで縛って、中身が間違って出てこないようにしたい衝動に時折駆られるのだけれど、さすがに奴だって寝ている間に顔の上にイグアナが乗ってましたという事態は勘弁願いたいはずだから、対策は立ててあるだろう。


「風呂お先ー。次は誰が行く?」

 飼い主(仮)が帰ってきた。残りの二人をチラリと見れば、まだ話し足りないといった感じだったので俺が行くことにする。

 山の中の研修旅館か……温泉だったらいいのになぁ。



 結論から言うと、温泉ではなかった。しかし、やたらと広い露天風呂やサウナがついていているおかげか、思ったほど混んでなかったのが嬉しい。時折狙い済ましたかのように石鹸が足元を駆け抜けていくのをみた。どうやら一部面々が石鹸サッカーをしているらしい。あいつら馬鹿か。……しまいにぬかるんだ床で転ぶぞ?


 寮から持参した黒いジャージに着替えて部屋へ戻れば、環が見知らぬ女子と一緒に扉の前で立っていた。明日の件で何か連絡事項があったのかもしれない。それにしてはやたら親しげに話しているのが気になったが、俺達の部屋は突き当たりだったので最後だったのだろうと気を取り直す。

「おい、た……」

「でも、なんだかまだ信じられないな。三輪さんと魅上が付き合っているなんて」

 声をかけようと半分手をあげたところで、嵯峨野兄の言葉が見事に被った。


 ……足が止まる。

「なんで?」

 声を掛けられない。


「それは……」

 首元を何かで抑えられたように、

「みかみんが苦手?」

 息ぐるしくて仕方がない。


「まあ、三輪さんの前では言い難いけれどね」

 その言葉に環はさも面白いことを聞いたという表情をした。

「私としては似たもの同志だと思うけど。みかみんも嵯峨野君もあまり他人を懐に入れたがらないから誤解を招き易いんだよね。良くも悪くも素直。でも、目を開いてよく見てみたら分かる。結構良い人だよ?」

 ふわりと髪が揺れる。

「じゃあ……」


 ――俺は?

 嵯峨野兄の唇がかすかに動いた。


「みかみんほどじゃないけどね」

 悪戯が成功したかのような微笑みに心を奪われる。……けれども、

「嵯峨野ッ! お前いい度胸じゃねーか。人の彼女に手を出すんじゃねぇ!」

 とっさにヤバイと感じた俺の腕が、パシッと小気味良い音を立てて二人の間に入った。


「手なんて出してない。ちょっとした言葉遊びだ」

 憮然とする嵯峨野。

 環の隣では、ビックリしたと小さな声で呟いた女子が口元に手を当ててこちらを凝視していた。


 こんなのただの汚い嫉妬だってことぐらいわかってる。でも、この怒りを、ドロドロした思いを、吐き出さないと腹の中がひっくり返ってしまいそうだった。

 分かってる……環が言うように似たもの同士だからこそ、自分のそんなところが嫌いで嫌いで仕方がないからこそ、同じ属性の奴が嫌いで嫌いで仕方がないってことぐらい分かってる。

 そして、そんな奴に環を近づけるのが怖くて仕方がないんだ。


 勢いのついた発言はとまらない。

「環も! もう近づくんじゃね―よ!」

 思わず彼女にまで当たってしまう。


 不穏な空気に罪悪感を感じたのか、嵯峨野兄は「ごめん。やりすぎた」と短く謝罪の言葉を述べた。

「みかみん……」

 そんな眼差しで見るなよ。

「……っ!」

 こんなのただの馬鹿げた独占欲だ。分かってる!

 でも、分かってても止められないんだ。


 ぐいっと彼女の腕を掴むと、俺はもと来た道を引き返した。


 ――もし鎖があったら。

 人の縁をつなぐ鎖があったら……絶対に離れることができないようなそんな鎖が、俺と環をつないでいるのなら、もっと平然と構えていられるのかもしれない。


 環の瞳に、不安げな自分自身の姿が映る。

 がんじがらめに縛ることができないからこそ、不安をかき立てられる。

 胸がザワザワと落ち着かないんだ。どうしようもない俺は、環が好きで、好きで……情けないくらい惚れこんでいる。


 ――もし鎖があったら。

 環が俺しか見えないように、心を縛ることができる鎖があったら……離れないように。

 お願いだから。


 壁に手をついたまま環を閉じ込めた。

「了」

 唇が触れそうなくらい顔が近づいた時、環がゆっくりと両手で俺の頬を包んだ。

「ごめんね」

 その長いまつげが伏せ目がちに閉じた。


 ――最低だ。俺。

 環を傷つけた。

「わりぃ」

 そのままズルズル手を伸ばして、へたりこんで、廊下にそのまま座り込んでしまう。顔を上げることができない。

 見せられねーよ。こんな情けない顔。

 そんな俺に環は「ん。大好きよ」と告げて……ポンポンと俺の肩を叩き去っていった。

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