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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛栄養補給法
33/42

4 持込可ですか?

 選抜試験は3連休のうちの2日間を使って行われる。開催場所はバスで1時間ほど揺られた山の中だ。

「嵐山、その大量の菓子はなんだ?」

「親睦用?」

「1泊しかしない癖にどれだけ食うんだお前は」

「魅上先輩は初心者だから知らないんすよー。真夜中のパーティ」

「寝ろ!」


 道中、俺と嵐山がコントのようなやり取りをしている横で、何故か醍醐が固まっていた。その視線は、乗り合わせた女子へ向けられているのではなく……前の座席の嵯峨野兄が大事そうに持っているバスケットへ注がれていた。

「どうしたの?」

 環がこそっと問えば、醍醐はおごそかに神託を告げる神官のような面持ちで頷く。

「あのバスケットから音がするんだ」

 緑色に塗られたバスケットは誕生日ケーキを入れる紙箱程度の大きさだ。その中から何か生き物が這い回るような音が漏れ聞こえてきた。

「ペット……かな?」




 なんだかんだとあって付き合うようになった俺達だが、部活ではあまり接近しないようにしていた。部の雰囲気を悪くするかもしれないというのもその理由の一つだ。誰だって、真剣にプレーしている横でべたべたしているカップルがいたら「帰れ」と言いたくなるもんだ。しかし、俺達の場合はそれ以上に、ちゃんと自分の仕事を全うしたいという思いの方が強い。

 だから環が他の男と喋っていても、それは彼女の仕事だから仕方ない……と自分に言い聞かせている。


 勿論彼女が他の奴に浮気するとは思えないのだが、環のことだから無意識のうちにホイホイと誰か引っ掛けてしまうかもしれない。とりあえず、修羅場は回避したいと思う俺は間違っていないだろう。

「それにしても、監督……うちの備品を選抜試験に貸し出しするのはいいけど、マネージャーまで貸し出しとか勘弁してくれよ」

「A学園は毎年、最多数の候補生を送り出しているからね。ビブスも倉庫に大量に眠っていたものがあるし、役に立てる場面があれば使わなきゃ。それに私は単なる雑用係だから、他の学校のマネージャーと楽しくおしゃべりするつもり。まあ、半分遊びに来てるみたいなものだね」


「……見える。環が他の学校の女子マネージャーをはべらせてハーレムを形成している姿が」

「見えるっすねぇ。環先輩、女子にもてるから」

「遠くのイケメンより、近くの女子のほうが話しやすいんじゃないの?」

 その台詞の後、バスの中の視線がいっせいに俺へ向いた。


「は? 俺は別に話しかけられたくねーから」

 挨拶くらいは出来るようになったが、あの獲物をみるような女子ハンターの目は今でもちょっと怖い。

 そんな意味合いだったのだが、

「これだから色男は」

「彼女持ちは余裕ですなぁ。ケッ!」

「ハーレムは卒業ですか。滅べ」

 それに対する反応は散々なものだった。別に俺はハーレムなんざ望んでねぇよ。むしろ女の修羅場を見てきただけに、巻き込まないで欲しいと切に願う次第である。


「そんなわけで、私のことは気にせず試験に集中、集中」

 環が話題をそらしてくれたので、俺もそれに乗っかっておくことにする。

「今年が最初で最後のチャンスだからな。地域選抜で活躍すれば、日本選抜に選ばれる可能性も高い」

 外国の選手と試合ができる貴重な経験を積むことができる日本選抜はやっぱり魅力的だ。自己研鑽は勿論大事だが、司令塔というポジションである以上、少しでも多くの経験値が欲しい。


 A学園で日本選抜の経験があるのは醍醐だけだ。今年は嵐山も選ばれそうな気がする。そうやって身近なチームメイトがプロのサッカー選手へと続くかもしれない切符を手に入れるのを見ていると、次は俺も……なんて期待してしまうのは当然の成り行きではなかろうか。

 勿論彼らは才能もあるし、努力もしている。それは分かっている。

 実力があるのも認める。二人は同年代でも頭一つ飛びぬけて上手い。

 そして一緒にサッカーをしていると、とても爽快だ。


 A学園サッカー部は強豪校だ。だから、チームメイトに恵まれすぎている感は否めない。故に自分の実力を客観的に見てもらえる場というのは、ありがたかった。

「そうなると魅上先輩の最大のライバルは、同じ司令塔の嵯峨野先輩っすね」

「……そうだな」

 同じポジション、似たスタイル。多分、地域選抜に選ばれるのはどちらか1名だろう。気を引き締めなければ。




 会場は見事にマイナスイオンが溢れる場所だった。コンビニまで車で行かねばたどり着けないという不便さに、嵐山の備えがある意味正解だったのではという気がする。コンビニって50メートル置きにある、いや、場合によっては十字路に3店舗向かい合っている風景が日常だったので、ちょっとビックリした。

 いざとなったら、財布さえあればコンビニでなんとかなる世代の俺としてはちょっと心細くなる。


「荷物ってこれっすか? 俺、環先輩のためなら運んじゃいますよー」

 一番後ろに座っていたはずの嵐山がいつの間にか降りて、バスの床下に積んでいる荷物を覗き込んでいた。

「いやいや、選手は体が資本だから触らなくて良いよ。万が一怪我でもしたら大変。台車借りてくるから」

 慌てて環がそれに続いて降りていく。

「環、足踏み外すなよ」

「大丈夫」


 俺も1泊分の荷物が入ったドラムバッグを掴んで座席を立った。ふと、先ほどから静かな醍醐を見ると、少し顔が青い気がする。

「醍醐?」

 バスに酔ったのだろうか?

「……大丈夫だ」

 こっちの『大丈夫』はちっとも信用できないのだが、「無理するなよ」と付け加えたら、無言のまま首を縦に振られた。


 バスから出ると、急に音楽が再生されたかのようにセミの声が響き渡る。空気の音が耳に入ってくるようだった。

「じゃあ、俺台車用意してもらえるよう言ってくるっすよー」

「あああ! 嵐山、サンダルで走らないで。転ぶよ……って、速い! 速すぎるから!」

 ぱたぱたとビーチサンダルで走っていく嵐山。お前、完全にリゾートに来た親父モードだろ。


 そして、そんなサンダルの嵐山を追いかけようとして……無駄だと悟る環。決して、彼女が遅いわけではない。嵐山は学園で一番足が速いのだ。どのくらい速いかというと、便所サンダルで陸上部の選手を軽々追い抜けるほど速い。

 体育教師に追いかけられていたから全力疾走だったのだろうと思う。あのとき目撃した陸上部エースの落胆は、なんとなく身につまされるようで胸にぐっと来た。


 などと思い出していたら、後方で誰かが何かを落とした音が聞こえた。

「あっ」

「……あっ」

「うっ!」

 上から、嵯峨野兄→俺→醍醐の順である。


 コロコロと転がった緑色のカゴは、途中から足が生えて動き始めた。そして一瞬止まり……顔を出したのは……イグアナ。

 瞬時に影が動いた。

 醍醐、逃げる。

 えっ!? そっち?

 もしかして、トカゲが苦手なのだろうか。確かに顔は怖いけどな、一応大人しそうではある。リボンつけてるし、人間には慣れてそうだ。多分。


 飼い主である嵯峨野兄は、なにかポケットからマニュアルを取り出した。

「逃げた場合は……」

 それ読んでる場合じゃないだろ。

「捕獲しろよ!」

「僕は預かってるだけだ! 傷でもつけたら弁償だぞ」

 なあ、なんでお前らこんなに不真面目なんだよ。サッカーしにきたんじゃねーのかよ!


 そんな膠着状態の中、環がイグアナの尻尾をぱっと掴んでバスケットへ入れた。あまりにも自然な動作だったから、俺達は全員呆気に取られていた。

「あ、手洗わなきゃ」

「うん……そうだな」

 ハニワのような表情で返答した俺は悪くないと思う。



 余談だが嵯峨野兄と俺は同室だった。……色々な意味で泣きたい。

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