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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛栄養補給法
30/42

1 弁当ゲーム side:三輪環

 4月に入り、私達は3年生になった。

 寮の部屋も変更になり、さらに自立した生活ができるよう立派な設備が付いたものとなった。仲の良かったルームメイトと離れてしまったのは少し寂しいけれど、新しいルームメイトとも上手くやっていけそうでホッと胸をなでおろす。ちなみに彼女はブラスバンド部の部長で、初日に好きな音楽の話題で大変盛り上がった。私の好みを把握した彼女が勧めてくれる音楽はどれもストライクで、借りた大量のCDを聴くのが毎日の楽しみだったりする。


「俺なんて、荷物まとめて新しい部屋の扉を開けたらだな、……醍醐が緑茶を啜ってたんだぞ」

 みかみんは醍醐と同じ部屋になったらしい。

 料理の腕前は一流(得意料理は魚の煮付けという田舎のお母さんが入ってるとしか思えないチョイス)、手先が器用なのでボタン付けから繕い物まで手芸全般は安心、さらに掃除洗濯なんでも来いの万能選手である醍醐勝也と同じ部屋になることは、ものすごくラッキーで大抵の人は小躍りするほど喜ぶというのにねぇ。私が男だったら確実にガッツポーズを取っていた。


 まあ、みかみんが言うには、立派な管理人がついたようで窮屈ということらしい。肩を落とすほどのことじゃないと思うんだけどね。醍醐もあれこれ干渉してくるようなタイプじゃないし。それに……

「私としては大歓迎なんだけどな。これで了が料理上手になってくれたら万々歳だし、頑張って修行してきてね!」

 せっかく主婦の鏡(?)ともいえる醍醐が1年間付いていてくれるのだ。師事しない手はないと思う。

「花嫁修業じゃねーから」


 こめかみを押さえて唸る彼の顔をじっと見つめてみる。実は結構その表情が好きだ。

 案の定、

「しょーがねーなぁ。環、料理は苦手だからな」

 と苦笑してくれる。


 そう、了は今ごろ気がついたのだ。

 ゴーヤカレーとか、ぜんざいとか、微妙な料理しか作ってこなかったのは、私の料理の腕がちょっと残念だからなのだ。味覚はまともなはずなんだけど、いまひとつ出来上がった料理がぱっとしない。勿論レシピどおりに作ればその通りの味でできるけれど、冷蔵庫にある材料で適当な料理を作ろうとすると味が落ちる。ううっ、食材に申し訳ない。


 そんな腕前でも寮生活で全く困らないのは、勿論食堂というプロのおばちゃんが作った料理を提供してくれる場所があるのと、

「環に、さ・し・い・れ(ハートマーク)」

 などなど、実に可愛らしい女の子達が照れながらお菓子やおかずを差し入れてくれるからである。特に料理部の子達の作品はレベルが高く、レシピの改良に余念がない彼女達を羨ましく思うほどだ。


 ……まあ、私もさすがに彼氏が出来たらちょっとは料理を覚えようかという気にもなったのだけれど、先日、ちょこちょこ作ってくれたみかみんの手料理があんまりにもおいしかったので、自分を鍛えるより、彼を修行させることに決めました。いやぁ、料理の出来る男性ってポイント高いよね。大好きよ。


「なーに、にやけてんだよ」

 不審そうなみかみんの顔。

「ん? 了っていい男だなぁ、と思って」

 にこっと笑うと、目の前の顔が少し緩む。

 あら、嬉しそう。


「……ったり前だろ」


 みかみんの誕生日以来、私は2人きりの時だけ「みかみん」ではなく「了」と呼ぶことにした。

 一つは周囲への配慮というのもあるけれど、何より私自身が照れくさくって。まあ、呼ばれることに抵抗はあまり無いのだけど。みかみんは元々私のことを名前で呼んでいるけど、嵐山もだし、将もだし。


 急に変わっていく必要なんてないよとみかみんは言ってくれた。

 私たちは私たちで、私たち以外の何者でもないのだから、ゆっくりと、私たちのペースで進化していけばいい。



 今日はいい天気だ。桜は散ってしまったけれど、代わりにヤマツツジが可愛らしいピンクの花を咲かせている。

 学園の中庭で私達はお弁当を広げていた。

「で、今日の弁当の味はどーよ。といっても、大半醍醐の作った夕飯の残りだけどな」

「デリシャス!」

 ビシッと親指を立てる。

 美味しい! おいしすぎる! この煮付けが特に私好みなんだけどっ。濃すぎず薄すぎず、焦げ付きや煮崩れも無い。お弁当全体を見ても、カロリーや栄養バランスにまで気を配っているなんて、どこへ嫁に出しても恥ずかしくない出来です。


「明日は環の番だからな」

「うん」

 まあ、私も同室の子が作った夕飯の残りなのだけれど、一つだけ決めていることがある。

 ……それは1品だけでも自分の作品を詰めること。それで毎日あてっこしながら、かわるがわる弁当を作る。


 正直なところ、みかみんの方が上手なんだけどね。一応、私の料理も美味しいと言ってくれるけれど、悲しいかな自分の舌は誤魔化せないのよ。

 ちらりと彼を見ると「塩味がなー……ぶつぶつ」と呟いている。意外と凝り性らしい。

 もしかしてエプロンなんて付けて料理しているのだろうか? いや、何故かみかみんはブランド物のシャツを着ていることが多いから、ソースが跳ねたりしたときの対策に着てるのかななんて思ったのだけれど。

 エプロン……


「俺様は天才か? ……ふっ」

 とか笑っていたらどうしよう!

 醍醐同室だよね。ビデオとか撮ってくれないかなぁ。

 ――要相談かな。


 頭の中で不埒なことを考えつつ、しっかり胃の中に食事を収めると箸を置く。

「ごちそうさまでした」

 2礼、2拝、1礼。

「それ、神社のお参りじゃねーか」

「栄養補給の神様に」


 それから


「!」

 愛情補給の神様に……

「ごちそうさま」

 みかみんの頬にキスを一つ落としてお賽銭といたしましょう。




 変わらぬ毎日と、少しずつの進化。

 恋人としてのステップはまだまだだけど、こんなゆっくりとした恋もいいな、と思う。

 そんな現在、危惧していたとおり私はみかみんにメロメロで……


「環! こら! 待て! 逃げるな!」

「ひゃあ! 腕を掴まないで、危ない。転ぶっ」


 どうせならいっそのこと、思いっきりハマッちゃえ!と思って、

「今日の俺の料理はどれだ!」

 実際ハマっているんだけど……


「煮付け最高だったよ」

「よし」

 満足そうに抱きしめてくれるみかみんも同じだったらいいなぁ……なんて考えてしまう自分を見ていると、恋愛することが、好きな人を作るのが怖かった頃がおかしく思えてきて、意地張って逃げようとしていた自分が滑稽で、


 ……幸せになればなるほど失うのが怖くなるなんて、

 そんなこと考える暇もなく、

 その日、その日が精一杯。


 愛しい日々。


 ――大切にしていこう。

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