3 鶴の肩たたき
「証言?」
「っす! 魅上先輩が三輪先輩を屋上に呼び出したって」
俺は無言で嵐山の頭を再度小突いた。
◇◇◇
うちの中学はマンモス校で生徒数も多い。
よって、俺が三輪さんの事を知らなかったことも不思議ではないと思っていたのだが、
「魅上さん! 三輪さんの事を知らない奴なんていませんよ。学園1の美女だって前々から噂になってるくらいですから」
そんな噂聞いたこともなかったのだが、クラスメイトははっきりと豪語した。しかも、何故微妙に敬語なんだろう。同級生なのに。
「サッカー部マネージャーだといっていたが」
「あー、はい。1軍の正マネージャーなんすけど、去年、なんか新しく入ったマネージャーの女の子に無理矢理手を出していた部員の一人を投げ飛ばしちゃったらしくて、保健室で自主謹慎しているそうです。あ、部員の皆は戻ってこいって泣いてますけど」
その部員の名前を聞くが、さっぱり思い出せない。1軍と2軍のメンバーなら全員知っているから、3軍のメンバーかもしれない。
逆に三輪さんの顔はよく思い出せる。整った目鼻立ち、パッチリとしたアーモンド形の瞳、華奢な手足……
――って、投げ飛ばした?
「彼女が?」
唖然として問うと、そいつはこくんと頷いた。
「三輪さん、柔道の有段者で黒帯を持ってるらしいですよ。いやー、俺が女なら確実に惚れてましたね!」
ね! とか言うなーっ!
ふっと意識が一瞬遠のいた。せっかく女性恐怖症が緩和されているかもしれないという希望が出てきたにもかかわらず、その相手が相当普通でないことに笑える。
そういや今年のおみくじ大凶だったな。
好き勝手に俺の不運をあざ笑った挙句に女難に注意と親切丁寧に書かれていた。そんなのとっくの昔からだ。
さて、肩はなんともなかった。むしろ以前よりも調子が良いくらいで毒気が抜かれた。一応、整形外科にも行ったが「健康そのものだ」といわれてしまっては、彼女の処置が適切だったと思わざるを得ない。
借りを作ってしまったな。一度、御礼を言っておいたほうが良いかな。
サッカー部というバリバリ体育会系の部の生活が身に染み付いているせいか、俺はそういうところだけ律儀になってしまった。よく考えれば俺は三輪さんの休憩を邪魔した挙句、治療(?)までやってもらったわけで……
手土産なんてないけど、お礼くらいは言いに行っても罰は当たらないだろう。
まあ、彼女は「女」って感じがしないし(見かけはバリバリ女だけどな、中身が普通じゃねぇ)。
女って感じじゃなくて、
男って感じでもなくて、
あえて言うなら「変わった人間」って感じで、
こうして俺が会いに行くのは筋を通しておくためであって、決してもう一度会いたいとか、話をしたいとかじゃない……はずだ。
何回も、何回も自分に言い訳しながら保健室に向かっう。
「失礼します」
からからと横開きの扉を開けると……予想通り彼女はいた。
ぼーっと窓の外を見ている。その視線の先にはサッカー部のグラウンドがあった。
マネージャーに戻りたいのだろうか? それともレギュラーの中に好きな奴が……
色恋沙汰に思考が飛びかけて慌てて俺は頭を振った。やべぇ。嫌なことを思い出すところだった。
カラカラと音を立てて扉を閉めると彼女はゆっくりとこちらを振り向いた。
「おや、魅上君」
「魅上でいい」
君などつけられたら寒気がする。いつも女子にそう呼ばれてるからかもしれないが。
「じゃ、私も三輪で可。許す」
ふわっと微笑んで、彼女は組んでいた脚を下ろし、俺に椅子を勧めた。そのまま近くの椅子を掴んで引き寄せ、彼女から少し離れたところに腰掛ける。
この前と変わらぬ風景。
変わったのは、俺。
「今日はどうした? あれから具合でも悪くなった?」
彼女は数学の宿題にむかいながら俺に尋ねた。さっきまで窓のほうを向いていたのはどうも誤解だったらしい。てっきりサッカー部のグランドを見ているのかと思っていた俺はホッとした。
「この前はどうも。おかげで肩の調子も良いし、助かった」
ペコっと軽く頭を下げると「律儀だね」と感心されてしまった。
「そんなに意外かよ」
むっとした顔をすると、彼女は「違う違う」と笑いながら手を振る。
「そう思っても、人間はなかなか声に出していえないものだし、まして私相手となると怖がって近づいてくることができる人も少ないから。ちょっと新鮮だなーって思っただけ」
怖がって……っつーか、三輪の前に出ると緊張して、(それこそ心拍数200超えそうな勢いで)見惚れてしまうとクラスメイトは言っていたが。うん、なんか俺と似たところがあるよな、こいつ。
美人で、
強くて、
なんだか近寄りがたいと思われている彼女は、さばさばしているけれど決して人を斬って捨てるようなことは出来ない優しい人だ。
「お前も誤解され易い奴だな」
苦笑と共にこぼれた言葉は、
「みかみんに言われたかないね」
と返されてしまったのだが……。おいおい、みかみんってなんだよ、そりゃ。
「あー、肩凝った。最近肩が重い」
パタンとノートを閉じると、彼女はシャーペンを筆箱に戻して、ぐぐー―っと背伸びした。
「あほかお前は。人の面倒より自分の面倒見ろ」
その姿がなんとなくオヤジくさく見えて、なんだか気さくに話し掛ける。
「他人の体と自分の体とは別。紺屋の白袴っての? あれ」
それを言うなら医者の不養生の方がしっくり来るのではないだろうか。
心の中で突っ込んでいると、彼女は椅子をくるりと反転させて
「よろしく」
と、肩をぽんぽんと叩いた。
――待て! 俺がやるのか?
いや、いくら中身が付き合いやすい奴とはいえ、後ろを向いた彼女のうなじは白くて、細くて……ちったあ気にしろ! と説教したくなる。
「でっ……できるか」
「恩返し、恩返し♪」
俺は鶴かよ!
心の中の叫びも空しく、1分後俺は肩たたきをさせられていた。
こんなところ見られたら、なんていわれるかわかんねーぞ。内心ヒヤヒヤするのだが、
「あ~~極楽極楽~みかみんうまいわ」
と顔をほころばせる三輪に、とりあえず、トホホという気持ちと喜んでもらえて嬉しいというような妙な気持ちがブレンドされて、
まあ、仕方ねーなぁ……。
お互い他人との距離を測りかねている不器用者なのかもしれない。
なんて諦めたのだった。




