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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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番外編3 みかみんの誕生日

 誕生日を祝われるたびに、何を祝われているのか分からなくなってきた。

 よくデパートで生誕1周年とか、10周年記念セールとかやってるし、学校でも100周年記念とかやってるけどな、人が誕生日を迎えるのとは少しニュアンスが違う気がするのだ。

 クリスマスやバレンタインにかこつけて儲けるメーカーの陰謀とあまり代わり映えしない気がするのは……このプレゼントの山を見てしまったからかもしれない。


「魅上せんぱーい!。お誕生日おめでとうございますうううぅぅぅぅ」

 彼女がいるにもかかわらず、プレゼントが何故か俺に届く。届くというか、押し売られるといったほうが正しい。

 環自身がそういうのをあまり気にしないタイプということもあって、誕生日プレゼントを渡すという大義名分で押しかける女子に、俺の顔は盛大に引き攣った。

「いや、そういうのは……こま「貰ってください! 捨ててくださって結構です!」る……」


 今度は受け取らずにおこうと思ったのに! 思ったのに! 俺、押し負けた。

「きゃあ! 魅上先輩とお話しちゃったっ。かっこいー!」

 ――話してねーよ! 思いっきり俺の言葉を遮っただろ、てめえ!


 しかし、押し付けられたプレゼントをつき返すことができず、ドンドン腕の中に溜まっていく。拒否できないのは、まあ……悪意があるわけじゃねぇというのもあるんだけどな、正直なところ一番の理由は俺が渡す方だったら……と思うと冷たくできないわけだ。

 考えてもみろよ、環にプレゼント渡して間髪いれずに「いらん」と言われたら、俺、絶対再起不能になるくらいまで落ち込むぞ。一応環はそんなこと言わないって信じてるけど。うん、大丈夫だよな? な?


 で、中身は大抵菓子類とか(嵐山頑張れよ)、

 差し入れとか(醍醐、うまく部の皆で分けてくれ)、

 手編みのマフラーとか(悪いが使えるわけねーだろ!)。


 とにかく昨年比2倍のプレゼントの数々。ちなみに見積もりをしたのはルームメイトだ。藁人形を片手に持っていたのは見間違いだったと思わせて欲しい。

 とりあえず自分の部屋に持っていく前に、少しでもサッカー部で配れるものは配って減らそうと部室へ向かう。途中、洗濯物を運ぶ嵯峨野に出会ったのだが、俺の腕の中にあるプレゼントの山を見たとたん、彼女は眉をひそめた。

「魅上先輩、何そんなに受け取ってやがるんでしょうか?」


「爽やかに脅しと敬語を織り交ぜないでくれ……。俺も参ってるんだ」

 嵯峨野が環派なのは聞いていたが、風当たりがきつい気がする。一応俺、環の彼氏なんですけど……ちょっと冷たくない? 先輩だぜ? 一応サッカー部の司令塔だぜ?

 若干俺、涙目。


「おー、みかみん、今年も大漁ねー」

 そんな蛇(嵯峨野)と蛙(俺)のにらみ合いを見つけた環が、洗剤を片手に走り寄ってきた。

「いや、環ほどじゃないと思うけどな……」

 漏れ聞いた噂によると、誕生日プレゼントという名前の貢物が続々とあいつのクラスに運び込まれたとか。どこの皇帝だ!


 しかし、皇帝は民草に貢物をしたりしない。あーあ、環からのプレゼントは貰えないんだろうな。一番欲しいのはあいつからのプレゼントなのに。そういうところクールだから。

 ……い、いや、別に俺はプレゼントが欲しいって言うわけじゃねーぞ!

 ねーんだけどな……ただな、特別な人からの「だけ」ないという状況が不自然というかなんというか、

「つーか、腕の中のプレゼント覗き込むんじゃねぇ。数えるな!」

 アアア、なんか不毛な戦いだ。


 そんな俺のことは無視して嵯峨野が環に話しかけている。

「環先輩は渡さないのですか?」

「うん。大抵のモノは皆考えてるし、別に欲しいものもないみたいだから」

 ……くれる人が違えば価値がちげーんだよ。プレミアだ、プーレーミーアー(ちょっと英語発音だぜ)。

 しかし、やっぱりというか予想通りの反応にちょっぴり悲しくなった。まあ、環相手に期待なんてするほうがおかしいけどよ。しょんぼり、しょんぼり。


「みかみん、欲しい?」

「ぶへっ!?」


 フッ……と大人っぽい笑みを浮かべた環に、ガキっぽく「欲しい!」とも言えず……

「へっ、いらねーよ」

 強がっている俺は馬鹿だ! 馬鹿だ!

 つーか、醍醐! ちょっと離れたところから苦笑するのは止めろ。コントじゃねーから。


 そこへ2軍のメンバーがわらわらとやってきた。

「ちわーっっす。みかみん先輩にお届けモノっす!」

「みかみん先輩! ボール拾ってきました!」

「みかみん、今日のメニュー聞いたか?」

「みかみん」

「みかみん」

「みか……」


「みかみん言うなあああああああ!」

 お前ら恥ずかしすぎなんだよ。近衛妹といい、サッカー部の面々といい、人のことをみかみんみかみん言いやがって。

 それも、

 これも、

 すべて、

「環が俺のことを“みかみん”て呼ぶからうつってんじゃねーか!」

 そう、絶対環の影響だ。間違いないと断言できる。


「あらいやだ。私に責任転嫁するつもり? 呼び方は各自の自由じゃない?」

 う……

 で、でもよーー


 言葉に詰まった俺を助けるように醍醐が優しく微笑んで出したつもりの助け舟は、

「三輪以外にそう呼ばれたくないんだろうな。魅上は」

 むしろ俺の船に激突して沈没していった……。


 ――環以外って!お前!

「独占欲ってことですか? 魅上先輩って、やらしいですねぇ」

 違う。

 むしろ環には……違う呼び方をして欲しい。


「そのみかみんって呼ぶくせ何とかならねぇか?」

 名前で呼んで欲しいと思うのも独占欲になるのだろうか。

「んー、慣れちゃったからなぁ」

 その、一応晴れてカップルになったわけだから、名前で呼んでくれても……いいんだぜ?

 しかし「困るわけでもなし。ね?」と環は一向に気づく様子もない。


 だから、

「困る!」

 っての!


「何で?」

 り……理由なんて聞くのかよ! こんなところで言えと?

「だ……第一にだなぁ~」

 しまった、上手い言い訳を考えられねぇ。

「第一になによ」

 ジリジリ追い詰められる。


 第一に、

 第一に、

 第一に、

 第一に(考え中)、

 第一に(頭を捻ってみる)、

 第一に(うーん、うーん)、


 あ、そうだ。


「結婚して苗字が変わったらまずいだろ?」



 その瞬間周りにいたやつらが爆笑したのは言うまでもない。

 しかし、言われた当の本人はにっこり笑って……

「みかみんが養子に入ったら問題ないし」

 爆弾発言を躊躇せず投下してきやがった。

「ぶほっ!」

 そういう問題じゃねーだろ。


 まあでも、なんだか少し嬉しかった。

 相変らず負けてばっかりだけれど、俺のことを好きでいてくれるという気持ちを貰ったから。

「あー、ハイハイ、好きなだけやっててください」

「魅上先輩だけ爆発してください」

「俺らはもう行くっすよ~」

「ごち」

 彼らはバカップルを見るような目をこちらに向けたまま、次々コートへと向かっていった。


 あっという間に俺と環は残されてしまう。

 なんだか少し馬鹿な発言をした俺が恥ずかしくて、俺も部室へ向かおうとした。

 そうしたら……後ろから声が追いかけてきた。


「さとる」


 ゆっくり振り向く。

 環が……微笑んでいた。

「お……おう」

「モノは用意してないからね」

 不意に彼女は立ち上がると、俺の横髪をかきあげ耳元で囁いた。


「……さとる、お誕生日おめでとう」

 そして妖艶な笑みを浮かべたまま、「じゃあね」と言い残して洗濯機の方へ行ってしまった。



 こびりついて離れない「音」。

 特別な人がくれたのは、モノではなく……一生心から消えないであろう「音」。

 俺の名前。だけど、なんだかいつもの俺の名前と違う気がした。



 誕生日を祝われるたびに、何を祝われているのか分からなくなってきた。

 でも、今年は……ただおめでとうと言われただけで、理由なんか関係なく……いままで生きてきて良かったなぁ、と思ったのだった。

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