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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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13 跳ね戻る小石 side:醍醐勝也

「醍醐ごめん……なんか巻き込んじゃったみたいで」

 てくてくと買出しまでの道のりを2人で歩く。

 外は少し寒かった。膝まであるウインドブレーカーを羽織ってはいるものの、どこかから入り込んでくる冷たい空気に体温を奪われる。コンクリートの道が冷気を放っているのではないかと錯覚してしまうくらいだ。

「いや、別に構わないが……」


 それはいい。いいのだが……さっきの状況はなんだかやけに切羽詰っているように見えた。クリスマスの後から妙に三輪がぎこちなくて、それは最近も続いている。とはいえ、魅上が絡んでいないときは以前と変わらない態度であることから、原因がどこにあるかはおのずと分かるのだが。


「魅上と何かあったのか? どうも避けているように感じるのだが」

 ただ、魅上のほうにぎこちなさは見られないから、何かあったとは考えにくいのだが。

「……」

「……」

 彼女は押し黙ったまま両手をこすり合わせるようにして暖を取った。言うべきか言わざるべきか迷っているのだろう。その目には珍しく迷いがあるように思われた。


「…………」

「…………」

「……ちょっとヘタレていい?」

「どうぞ」

 口の堅い俺を信用したのか、長い沈黙の末に三輪は困ったように深いため息をついた。


「どうも私はみかみんが好きみたい」


 あまりの唐突さに「はぁ」としか言えない俺を置いて、三輪は堰を切ったように話始める。


「別れたというのにどうも忘れられなくて、気がつけば目で追っていて。やっぱりサッカーしている時の顔いいいなぁとか、最近甘い笑顔になったなぁ……とか思ったりね。優しくされるたび切なく思うの」

 効果音をつけるならば、ドガガガガガーッっと魅上に対する思いをぶちまけられるのだが、俺が思うにどこからどう見ても魅上は三輪のことが好きだ。嵐山からの情報によると、今は例の彼女とも別れたらしいから何も問題ないと思う。


 何がそんなに困ることなのだろう?

 彼女を見ると爪先でコツン、コツンと石を弾きながら歩いている。


 サラサラの髪がふわりと風で揺れる。少し憂いがちの表情は、見ているこっちをドキッとさせた。


「でも、好きだな……って一人で思うのと、2人で恋愛したいな……って思うのはどうも別のところにあるとも思うんだよね」

 また二人でいることになったとして、私がもっともっと好きになってしまって、それで、その状態で、みかみんがまた『別れよう』と言ったら?

 その可能性が怖い。自分のブレーキが利かなくなりそうで怖い。


 父が好きで、好きで……その父が離れても、しがみついて止めようとした母。

 あの姿を思い出すたび、胸が締め付けられるように苦しくなる。

 相手を自分に縛りつけようとするエゴ。

 止められない自分。

 あの人の娘だという自覚。

 そして、あの父親の娘だという……自覚。

 あのドロドロとした感情はもう二度と体験したくない。


 第一恋愛なんてしなくたって生きていけるじゃない。

 恋してなきゃ不安か?

 遠くで見ているほうが幸せなこともあるかも。


 そう自分に言い訳する。

 目をそらす。

 そして……離れたがる。

 心とは裏腹に。




 コツンと彼女の靴に当たった小石が置き去りにされていく。

 10歩ほど歩いたところで、その小石はコツンと後ろから俺のシューズに当たった。それを放ってそのまま歩く。


 すると小石はまた俺の足元へ戻ってくる。

 ぴったりの位置で。何か主張するかのように。


 これほど正確なボールコントロールができる人物など、そんなに多くはいない。

 ……うん。分かった。

「三輪」

「なに?」

 俺が立ち止まると彼女は首を傾げた。


「そういうことは直接本人に言ったほうがいい」

 ふんわり笑って振り返ると、案の定そこには、こっそりついてきた魅上の姿があった。

 ポケットに手を突っ込んだまま、なんて言おうか迷っているようにも見える彼は、少し困ったように左手を耳の裏に当てた。

「あー……」


「っ!」

 多分さっきの話は全部聞かれていただろうな。なんて事を三輪も同じく思ったのか、彼女はくるりと前を向き……一目散に逃げ出した。

 それはもう全力疾走だった。何もそこまで速く走らなくてもと思うのだが、混乱を通り越して恐慌状態になっているのかもしれない。


「おいっ! 環っっ! ちょっと待て!」

 慌てて追いかけようとする魅上の袖を掴むと、俺は部費の入った財布を押し付ける。

「魅上、サッカー部レギュラーの50メートル走のタイムは?」


「6秒台だ!」


 ――上出来だ。

「絶対に捕まえて来い」


 ポン、と肩を叩くと魅上は「サンキュ」という短い言葉を残し、彼女を追って全力疾走していった。

 その後姿を、微笑ましい気持ちと、羨ましい気持ちと……わずかばかりの切ない思いを抱いて見送る。二人の姿が消えてしまった後もしばらく目を離すことが出来なくて、はぁ、と白い息を吐いた。


「我ながらおせっかいだったかな?」

 魅上の蹴っていた小石を蹴りながら、学校に戻ることにする。

 2人の言い訳を何とか監督にしなければならない。


「……頼んだぞ」


 勿論、買い物も忘れずに……――な。

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