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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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12 踏み出せない1歩 side:三輪環

 ――……ごめんな。本当は環のこと忘れられないんだ

 みかみんが電話口で呟いた言葉を……聞いてしまった。


 クリスマスに彼女と別れたみかみんは、いつも以上に優しい。何も言わないけれど優しい。

「魅上先輩が環先輩を見る目、無茶苦茶甘いッす」

 呆れたように言う嵐山の言葉どおり。


 でも、あの日グランドで交わした会話を戒めのように思い出す。


「元々俺たち付き合ってもいなかったけどよ」

「これからも、友達ということで……」

「好きな子、できた?」

「ああ」

「そっか。応援してあげよう。私は心が広いから」

「お前の意見は参考になんねーよ。女って感じじゃねーし」

「ありがとうな」

「みかみん、なんか永遠の別れっぽいような口調で言わないでよ。今までも友達、これからも友達。そういうことでしょう?」

「まあな」

「じゃあ、そういうことで。応援してるからね。本命の女の子と上手くいくように」


 あのあと急激に恋愛に対して怖くなった。

 みかみんのことは好きだけれど、一緒にいるとぬるま湯から抜け出せなくなりそうで怖くなる。ドンドン惹かれていく。そうして私が離れないくらい好きになったら……


 ――またみかみんは「別れよう」って言い出すんじゃないかって。


 その時私はどうなるのだろう。もうきっと「応援する」なんて言えない。

 好きだと言われたら、なんて返したらいいのか分からない。


 だから私は逃げている。

 そっと席を外す。分からないくらいそっと……。

 私らしくないことは分かっている。

 でも、キライじゃないだけになんて行動したらいいのか分からない。


 困る。

 困る。

 怖い。


 ――踏み出せないのだ。1歩が……




 そうこうしているうちに年が明け、私は実家に帰っていた。

「あー、効く~」

 何故か苦労人の将の肩を揉んでやると、電気屋の初売りキャンペーンのチラシを見ていた彼はおじさんくさい声を出す。

「休日のお父さんみたいなんだけど」

 環のが一番いいと言われれば、悪い気分はしないんだけどね。


 両親と将、正美ちゃん、そして私にはたくさんの年賀状が届いた。コタツの上で分類してくれているのは正美ちゃんだ。

「たまきちゃんにはたくさんくるなぁ」

 人徳なんだねと感心したようにニコニコしてくれるのでちょっと照れてしまう。

「んー、サッカー部は大所帯だからね」

 蜜柑の皮を剥きはじめた将を残して、年賀状の仕分けに加わった。


 ルームメイトにクラスメイト、サッカー部の部員や嵯峨野ちゃん、道場に通ってきてくれてる子まで、差出人をみるたびにみんなの顔を思い出す。

 あ、私の名前を間違えている人がいる。そそっかしいなぁ。

 おお、やっぱり醍醐は達筆だ!

 嵐山は元気いっぱいにピースをして映っている写真のついた年賀状、嵯峨野ちゃんはとても綺麗な模様の入った年賀状と、それぞれの個性が出ているなと思う。


 先に仕分けを終えた正美ちゃんが、可愛らしいイラストがプリントされた年賀状を見ながら、思い出したように呟く。

「年賀状のお年玉抽選って、まだでないの?」

「1月下旬だったよね。確か表面に日程が載ってたはず」

 ぺらりと裏返すと彼女は「まだまだ先じゃん!」と唇を尖らし、すぐに気を取り直して下二桁で仕分けしていた。

 良い物が当たるといいねぇ。


 ……それにしても、こんな生活が来るなんて思わなかった。

 これまでの正月はもっとドライで寂しかったのに。あのとき広く感じた家が今は丁度いい気がする。

 人の体温が感じられるやり取りが嬉しくてほっこりしていると、台所から全自動餅つき機がブザーを鳴らした。それに続くように両親が「将、働け」と呼びに来る。

「じゃあ、エネルギー充電完了と言うことで餅でも丸めるか」

 お姫様達の為に。

 わざと「お姫様」のところにアクセントを置いて彼は笑った。

 ちなみに私に割り振られた仕事は、余った餅をラップで包むことだそうです。


 立ち上がった将を見送ると、私はそっと1枚の年賀状を手に取った。

 差出人はみかみん。

 無茶苦茶シンプルで、まさに義理で出しましたという雰囲気の漂うそれが、しかしながらあながち義理だけでもないのかなと思わせるのは、年賀状の隅に添えられた直筆の文字のおかげ。


 ――今年もよろしく

 ボールペンで書かれた文字は、何故だか何回も迷っているように思えた。




 学校が始まった。


「あーらーし-やーまー。お誕生日おめでとう!」

 嵐山に声をかけると、彼は両手にプレゼントの山を抱えていた。クレーンゲームで取った可愛いのか怖いのか分からないぬいぐるみから、女の子からの気合の入ったプレゼント袋まで見える。モテモテだ。

「ありがとうっす!」

 ひたすらに満面の笑みを浮かべている嵐山を見ていると、本当に年中正月のような気がしてきた。

「おー、年中正月男」

 そこにみかみんが現れて同じ事を言うものだから笑ってしまう。思考回路が似ているのかな、なんて……。いやいやみかみんの思考回路がうつったのかもしれないけれど。

 そんなことを考えながら、もう一つ心の中で思っていることがあった。


 ――良かった。普通に話せる。


 少し離れてしまうと、普通に話せなくなるんじゃないかって心配だった。でも、普通のテンポで話せる自分に安心した。

「魅上先輩そりゃないっすよ」

 俺だって悩む時は悩むんすよ?

 満面の笑みでそう言われても説得力ないんですが。


「例えば?」

「このプレゼントの山をどこに置こうかな? とか」

 確かに!

「ははは、ざまーみろ」

「こーら、みかみん。そんなこと言ってると同じ目にあうよ?」

 すると今度はみかみんが硬直した。


 そして口元に手を当て……

「やばい」

 と呟く。

「なにが?」

「俺の誕生日も今月だ」


 プレゼントをねだるために誕生日を公言していた嵐山ほどではないと思うけれど、もしかしなくても、みかみんの誕生日も恋する乙女達に知れ渡っている可能性があるわけで。むしろチェックしてそうな可能性のほうが濃厚なわけで。

 最近彼女と別れてフリーになってしまったおかげで、その危険性は高い。

「魅上先輩が幸せな誕生日を送れるために、俺頑張るっすよ!」

 嵐山の逆襲がにこやかに始まっている。


 みかみん1月が誕生日なのか。

 誕生日にかこつけて、また告白ラッシュが起きるだろうな、なんて考える。まあ、誕生日ではなくとも、来月にはバレンタインがあるから、どちらにせよすごいことになるに違いない。

 そのとき、みかみんは新しく彼女を作るのだろうか。その想像が現実になったら、私は寂しく思うのだろうか。

 私を忘れて欲しいと言う気持ちと……嫌だと言う気持ちと……ぐるぐる回って複雑な気分。


「あれ? 環先輩どこに行くっすか?」

「買出し。年末に醍醐と大掃除をしたら、部室にほとんど食料が残ってないんだよね」

「じゃあ俺が手伝ってやるよ」

 みかみんの優しい申し出にも、少し迷ってしまう。


「あー……」

 チラッと視界に醍醐が映った。

「や、いいや。醍醐に手伝ってもらうから、みかみんはコートの整備をしててよ」

 なんとなくみかみんと二人きりになるのが怖くて醍醐を指名すると、みかみんに困ったような、悲しげな表情をされてしまった。


「魅上先輩嫌われてるっすね。あ、もうすぐ誕生日の危険人物だからっすか?」

 慌てて嵐山がフォローしてくれる。けれど、勘のいいみかみんのことだから、きっとばれているに違いない。

 心苦しいけれど……今は向き合う勇気がもてないよ。

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