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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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11 うどんバトル

 今年のおみくじは大凶だった。小さく折りたたまれた紙には、女難に注意と親切丁寧に書かれていた。

 だが、誰が良くて、誰が悪いなんて事は無いのだと思う。どんなに迷惑をかけられたって、それはそれでいい経験をしたと思えばいい。だから、環を好きになったことも、あいつと付き合ったのも、俺にとっては必要なことだと思う。


 けれど、別れを切り出されてはじめて、自分が逃げ続けたツケを払ったのは俺じゃなかったと気づいた。

 俺は何をした?

 自分の心を守ろうとして、別の人間を盾にして……傷つけたのではないだろうか。

 こんなんじゃ2軍でくすぶっていたときよりもダメだろ。成長しただなんて思い上がっていた自分が恥ずかしい。弱くて、逃げてばかりで、誰かを守ることもできなくて……自分1人で手いっぱいの俺。


 けれど彼女は違うと言った。

 ――私が勝手に重荷を感じて別れようと言ったのに

 それは俺が環から逃げた理由と同じだった。

 環の優しさや強さを知る度に、なんで自分はこんなに弱いのだろうと、器が狭いのだろうと思った。同時に、自分よりもっとふさわしい奴が彼女にはいるんじゃないかと悲しくなった。


 俺自身はそんなに高尚な人間じゃない。むしろ、別れる理由をちゃんと口にしたあいつの方が、勇気ある人間なのだと思う。

 けれど、もし、あの時……俺が環に別れを切り出したとき、感じていた劣等感や不安を口に出していたら、環も同じことを考えたのだろうか。そして違う未来があったのだろうか。

 今更そんなことを考えても詮無いことなのだが、どうやら自分で思っている以上にショックを受けたのか混乱しているようだ。

 どんな顔していいのか分からない。




 席に戻ったら、環がお茶を啜っていた。傍らには赤出汁が届いている。

「先に頼んじゃった」

 話が聞こえていたかもしれないと少し焦ったけれど、環はメニューを見ながらずっと悩んでいたらしく、指をメニューに挟んだままチラチラとページをめくっていた。

「……」

 ――……ごめんな。本当は環のこと忘れられないんだ

 俺の言葉は聞こえていただろうか。

「みかみん?」


「……彼女にふられた」

 何と言ってよいのか分からなかったが、そのまま無言でいるのに耐え切れず、さらりと告げる。それを聞いた環は「そっか……」と小さく呟いて、メニューをこちらに差し出した。


「とりあえず食べよう?」

 お腹が減ってたら碌な考えが出ないよ、と諭され、皿に無料サービスのガリをたっぷりと盛られた。

 え、これ全部俺が食べるのか?

「人の失恋話を聞いて、その態度かよ」

 一応へこんでいるんだがなーとため息をつけば、過剰に心配されると惨めになるでしょと返される。確かに、外出先で取り乱すような真似はさすがの俺も避けたい。


 深呼吸して落ち着こうとする俺の目の前にあたたかいお茶が出された。

「お茶のパックはここ。お湯はここから出るから、2杯目からはセルフね」

「ありがとな」

 じんわりと熱いお茶に温められる。

「ん。失恋記念に今日はおごってあげるから、ウニでもイクラでも食べていいよ。でも、私が盛ったガリは全部食べるように!」

「と言いつつ、なんで更に盛るんだよ。寿司食わせる気ねーだろっ!?」


 ったく。失恋記念とか言うな。

 俺の気持ちも知らないで……と苦笑いを噛み締めたら、なんだか混乱している自分が小さく思えておかしくなった。

「私、あそこに流れてる天ぷらうどんを食べる」

「寿司食えよ、寿司。俺は450円のウニをたらふく食ってやる!」

「うっ……好きなだけどうぞと言いたいけど、やっぱりちょっと遠慮して!」


 そんないつもと変わらない様子に、環にさっきの俺の声は届いていなかったのだろうと考える。

「……好きだ」

「ウニ好きだよね」

 かまをかけてみるが、さらりとかわされた。ここまで意識されてないと、流石にちょっと情けねーなぁ。おい。


「あ、天ぷらうどんきたきた」

「どれ」

 ひょいっと取ってやると嬉しそうな顔をするので、

「俺のだ」

 意地悪してやりたくなった。


 ニヤっと笑うと、環もニヤっと笑って

「予約済みだよ!」

 割り箸をパシッと割るなり、俺の手元にあるうどん鉢から天ぷらをさらっていく。

「負けるかよ!」

 空にしてやるとばかりに、俺も急いで割り箸を割って太麺をぐっと掴んだ。一体何の競争なのか自分でもよく分からないのだが、彼女が楽しそうなので乗っかることにする。

 傍から見れば、1つの天ぷらうどんを二人で取り合いながら食べている姿はあまりにロマンスからかけ離れているだろう。まだ分け合っているなら救いようもあるのだが……。ここで、もう一つうどんを取るという選択肢が出てこないあたり、環に乗せられている気がしないでもない。


 ズズズズズズズ……

「!」

 でも、当たり前とはいえ、1本の麺を取り合う形になってしまった。

 片方の端は俺の口に入っているが、もう片方が……………………


 ちょ……ちょっと

 待ってくれと言おうとするが、口の中には芋天とうどんが入っているから出来なくて……俺はぴたっと静止してしまった。


 このままじゃ……

『その考え』にたどり着いた瞬間真っ赤になる。

 まさか

 まさか

 ……でも環の顔が近づいてくる。


「……」

 どうしたらよいものか分からなくて固まっていると、環はパチンと箸で麺の真ん中をはさんで切り、ツルツルと食べてしまった。


「……」

 馬鹿か俺!

 一瞬期待なんてした俺を殴ってやりたい。

 そしてやっぱり環のほうが1枚上手なんだな……なんて、苦笑しながら残りのうどんを食った。


「みかみん、海老天の方が良かった?」

「芋でいーよ」

 彼女と付き合ったおかげで、ちったぁ女に慣れたと思ったんだがな。


 ああ、そうか。『環だから』だ。

 いつまでたっても慣れやしない。

 その行動にドキドキする。

 お前ってすごいよな。




 帰りがけに近衛兄妹に会った。

「じゃあね。また正月には家に帰るね」

「うん。あ、魅上さん。環をよろしく」

「ああ」

 むしろ世話になってんのはこっちの方なんだがな。


「みかみんバイバイ」

 近衛妹よ、みかみんって言うな……。

 苦笑した瞬間、視界の端で……近衛妹から死角となるところで、将が環を抱きしめているのが見えた。

「将なにやってんの?」

「母さんからセーターの寸法測ってこいって言われたんだよ」

「お兄ちゃんずるーい!」

 胸がちくりと痛んだ。




「……」


「なに? みかみん」

 帰り電車の中で、俺は触れるか触れないかギリギリの距離で環を腕の中に閉じ込めていた。

「痴漢防止」

「そんな奴がいたら、ぶっ飛ばすよ!」

 環らしいなぁと思いながら、それでも腕を解くことができない。


 こんなに環って細かったっけ?

 別れようと言ったときには、もっと大きな存在であるような気がして……「魅上には勿体ない」と比べられて言われるたびに心苦しかった。でも、それは俺が勝手にそう思い込んでいたんだな。


 そして、今回のことで俺は、

 やはり今でも環が好きなんだということを思い知らされた。

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