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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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6 クリスマス×××(後編)

 両手にスナック菓子、腕にコンビニの袋を提げた嵐山は、自慢げにそれらを見せびらかしてきた。

「地下の会議室に忍び込んで麻雀大会するつもりだったんだけど、人数増えてきたから女子も誘ってパーティとかいいかなーって。あ、環先輩も呼ぶよ! 嵯峨野ちゃんは環先輩のファンだから来るでしょ?」

「何気に嵐山君って腹黒いよね」

「いやぁ、嵯峨野ちゃんも何気に毒舌だよね。あ、そだそだ、ノンアルコールのシャンパンも仕込んでるんだ。子どもでも飲めるやつ。栓抜きって誰か持ってないかな」


「嵐山君の思考回路が分からない……」

「俺、思考回路なんてつながってないんだから仕方ないよ」

 にょきっとコンビニの袋から覗くチーズや裂きイカをチラリと見せる嵐山に、嵯峨野は思わず呆れてしまう。お前はどこの酒飲みだ。そう突っ込みをいれたら「だから醍醐先輩には見つからない方向で~」と彼は目を泳がせる。


「でもさ、きっとパーティ楽しいよ。楽しい思い出で上書きしたら、嬉しくて笑顔になっちゃうよな」

「何の話?」

 嵯峨野が眉をひそめると、嵐山は「んー? こっちの話」と掴みどころの無い笑顔をしつつ、ポチポチと慣れた手つきでメールを打った。

「届け! 環先輩に、この想い! そぉれーっ」


 まるで魔法使いのようにメールを送信する彼に、彼女は思い出したかのように告げた。

「たしか三輪先輩、先約があるみたいだったけど」

「エエエエエエェェェエエエ……うそーん」




 ――クリスマスの誓い

「そういえば、三輪はクリスマスどうするんだ?」

 ゴミが散乱した部室を大掃除までに少しずつ片付ける三輪に、醍醐は透明なビニール袋を渡しながら尋ねた。食べかけのスナック菓子や、いつ開封したかわからない飲みかけの烏龍茶、賞味期限が半年前に切れたジャムパン等々怪しい飲食物がポイポイと放り込まれる。中にはキノコらしきものが生えた靴下やカビの生えたTシャツなんかもあるので、使い捨てのビニール手袋は欠かせない。


「といっても、イブは部活があるからなぁ。終わったらルームメイトとケーキを食べて、次の日は義妹とお出かけするよ」

 古くなった麦茶パックを器用に選り分けながら彼女は笑う。

「そういう君は?」

「いや、俺は普通かな。甘いものは嫌いじゃないが、自分の為にケーキを焼く気にはならないし、かといって人ごみの中ケーキを買いに行く気にもなれない。酔っ払いに仕事帰りのサラリーマンと間違われたこともあるし……」

 ついでに試合会場で引率の先生と間違われたこともある。老けているということなのだろうか。切ない。


「醍醐はタッパがあるし落ち着いてるから、大人っぽく見えるんだよ」

「……フォローが心に痛い」

「いつも苦労をかけて」

 ごめんね、と言いかけた彼女の言葉を遮るように、メールの着信メロディが狭い部室内に響き渡った。

 チャンチャラランラ~チャンチャラチャラララ~という軽快な音楽は、某千葉にある夢の国のパレードの曲だが、この場にはひどくそぐわない。楽しそうなメロディがおばけ屋敷の中で流れたときをイメージしてもらえると、分かりやすいだろう。


「ん? 嵐山からメールだ」

 確認しても良いかと目で訴える三輪に醍醐は頷く。なんとなく何をしでかすか分からないあの後輩にはピッタリだなという奇妙な納得感を抱きつつ、少し気まずい沈黙の中、彼女がメールを読み終えるのを待った。

 ……。

 ……。

 一番下までスクロールした後、三輪はなんともいえない表情をした。気にする醍醐に彼女がチラリと見せた画面には、キラキラと動く絵文字が満載されたメールが表示されている。


『環先輩へ☆ サッカー部員とナイスなクリスマスの夜を過ごしませんか?☆ お菓子や飲み物は持ち寄りでどうっすか。予算は1人5百円ポッきりのワンコイン☆』


「目が、目が痛い画面だよ、嵐山」

 ☆マークがちりばめられキラキラとイルミネーションが光る文面に、三輪が目頭を押さえた。掃除中の部室内がそれ程明るくないのも、原因の一つかもしれない。

「なんというか……胡散臭いと言うべきか、怪しい広告のようだと言うべきなのか迷うな」

「うん、それ言ってること同じだから。ね、醍醐のところには来てないの?」


 彼女の言葉に醍醐もメールを確認するが、黒一色の地味な携帯は沈黙を守ったままだった。

「……来ていないな」

 分かってはいるが、仲間外れは寂しい。そんなに俺は真面目に見えるのだろうかと醍醐は考え込んでしまう。

「んー、信頼はしている。だが、浮ついたお祭に誘うには抵抗があるってところかな」


「というと?」

「ホイホイ誰彼構わず声をかけたり、トラブルを起こすところを見られたくないというか、まあ、お父さんみたいに思ってるんじゃないかなーと思うんだけど」

「お、お父さん!?」

 中学2年にしてお父さん扱いとは。


「いいじゃない。嵐山は私のこと女として認識してないし、同じだよ」

 そうは到底見えないという顔をした醍醐に、三輪は嬉しそうに笑う。

 確かに最近では二人とも言葉遊びを遊んでいるように見えた。けれど、どうしてその台詞で、そんな嬉しそうな表情をするのか分からず、醍醐はポツリと呟く。

「三輪は女として認識されるのが嫌なのか?」


 ふとした疑問は彼女にとって深いものであったらしく、ただ、シニカルな笑みを浮かべただけだった。

 関係ないよ、とまるで突き放されたような気がして、彼はしゅんとなってしまう。

 彼女は難しい。強くて脆いところは、まるでダイヤモンドのように思えた。元は同じ炭素だと言うのに、黒鉛と違ってキラキラと光り輝き、ナイフにすれば鋭い切れ味をもつ、しかしとても脆い存在。


 まるで大型犬がしょぼくれて尻尾を下げているような姿はある意味貴重なのだが、罪悪感をひしひしと感じさせる姿でもある。なんて言えば良いのかわからず困ってしまった三輪はメールにチラリと視線を落とした。

「そうだ。イブならルームメイトを誘って私も参加できるし、醍醐も一緒にパーティに参加しない?」

「……え? 俺は呼ばれていないが」

「大丈夫。きっと嵐山のことだからスナック菓子と炭酸飲料しか用意してないはず。だから手作りのケーキを持って行こう。ホールケーキは厳しいけれど、パウンドケーキなら二人分の予算でも何とかなるし、事前に作って冷凍しておけば良いし」


 どうかな、と提案する彼女に彼が逆らえるはずもなく、ならばすぐに交渉だとばかりに嵐山に返信する三輪の後姿を見ながら、醍醐はぼんやりとどんなケーキを作るか考えていた。

「嵐山、ケーキ楽しみにしてるって!」

「ん。じゃあ頑張る」

 心なしか嬉しそうな三輪に、彼は少し奮発しようかなとイメージ上のケーキにドライフルーツを追加する。


「美味しいのをお願いね」

「ん。誓って美味いのにする」

「おおお! 醍醐先生の本気だ」

「任せろ」

 たまにはこんなクリスマスも悪くない。緩みそうになる頬を押さえながら、醍醐は床に落ちていたクリスマスケーキ配達のチラシをゴミ袋に押し込んだ。

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