5 クリスマス×××(前編)
――たまきちゃんへ 正美です。だいじょうぶだったらクリスマスにつきあってくださいです。
環の携帯にメールが届いた。送信元は将。当人は携帯を持っていないので、借りたのだろう。ちょっとたどたどしい文法が可愛らしいなぁと彼女は顔を綻ばせ、すぐに「いいよ」と可愛い顔文字を添えて返信した。
――クリスマスが近い
「サトル。クリスマスイブどーする?」
昨年のクリスマスは散々だったし、今年こそは楽しいクリスマスを過ごしたいと考えて、彼女は自慢の彼氏に聞いてみた。
「ばっか。んなもん練習に決まってるだろーが」
「あ、そっか。イブは土曜だっけ。じゃあ日曜のクリスマスは?」
「次の日くらい休みてぇ」
「なにそれ、休日のお父さんみたいじゃん。付き合い始めてひと月にも満たないカップルとは思えないよ。じゃあさ、土曜の昼からとか練習休めないわけ?」
「練習は休まない」
彼女が駄々をこねても、怒っても、すねてみても彼は「ダメ」の一点張りだった。
「あたしより、そんなに三輪さん達といる方がいーの? どっちが彼女か分かんない。ていうか、大体三輪さんなら絶対練習が終わった後で引っ張りだこなんだし、新しい彼氏できてるかもしれないし、むしろクリスマスに告白されるかもしれないし、そしたらサトルがいる方が気まずいし……」
サトルの出番なんかないんだからと豪語する彼女は、思い通りにならないことに業を煮やしていたのだろう。それでなくてもほとんどサッカー三昧の彼とデートする時間はない。近所のショッピングセンターまで行って映画を見るのが関の山だ。
「あのな、環は関係ないだろーが。それにクリスマスと言ったってお前、クリスチャンでもないだろ」
けれど、彼にしてみれば大事なものの第一位はサッカーで、それを承知で告白したんじゃないのかと呆れてしまう。
「だって……可愛いブレスレットも欲しいし、美味しいものも食べたいし、でも家族とかじゃダメダメで、やっぱり彼氏と過ごすクリスマスってのは違うものなの! 嫌な思い出を上書き保存したいの。だから絶対付き合ってよ!」
……振り向くとサトルの姿は消えていた。
――クリスマスは地階
「楓ちゃん。寮の地下でクリスマスパーティやるんだけど、参加しない?」
人好きのする笑顔で嵐山魁はにこにこと嵯峨野楓に声をかけた。玄関ホールには他に誰もおらず、奥の食堂から大型テレビの音が漏れ聞こえてくる。
「嵐山君、名前で呼ばないで欲しいのだけど。この前の部活のとき、うっかり呼びそうになったでしょ。心臓が飛び出るかと思ったんだからね」
「あ、ぜんざいのときか」
ごめんごめんと屈託のない笑顔で笑う嵐山は嵯峨野の幼馴染だった。昔の癖が抜けないのか、たまに『楓ちゃん』と名前で呼ぶ。それが彼女には小学校の頃のトラウマを思い出させるようで怖かった。
自分でも何故そんなことを考えたのか今でも分からないが、嵯峨野は1つ上の学年の魅上に告白しようとしたことがある。
しかし、ラブレターを書いていざ魅上の下駄箱に入れようと持っていったところ、上級生が彼の下駄箱を開けているところを見てしまった。
「あれー、魅上の下駄箱だったらラブレターがばっさばっさ落ちてくると思ったんだけどな」
「そんなの漫画の中だけだろ」
多分、彼らに悪気はなかったのだろう。
けれど、嵯峨野は本人以外がこの手紙を手に取る可能性に肝が冷える思いをした。そして彼女が考えついたのは、手紙の送り主を匿名にすることだけだった。
そして、その結果は『すっぽかし』という非常に気まずいものとなる。間の悪いことに体育館裏にいるところをクラスの女子グループに見つかり、さらに間の悪いことに魅上がラブレターをもらったという噂と結び付けられ、彼女達から半笑いで慰められた。彼女達は嵯峨野を慰める振りをしながらも、どこか「身の程知らず。いい気味」と嘲っているようにみえた。結局いたたまれなくなって……嵯峨野は近くのA学園初等部に転校した。
人気者には近寄りたくない。キラキラした世界は嫌いだ。
そうして目立たないように生きてきたというのに、中等部に魅上が入り、さらに嵐山まで入ってきた。破天荒な嵐山はあっという間にクラスになじみ、一躍人気者となるのも時間はかからなかった。そして……
「嵯峨野楓ちゃん。なあ、俺のこと覚えてる? オレオレ。あのさ、サッカー部のマネージャーが足りなくて」
ずけずけと入ってくる嵐山に、心の奥底……建物で言えば地下3階部分あたりに押し込めていたモヤモヤ感が吹き出そうになる。
「人違いじゃないですか?」
新手のオレオレ詐欺かよと心の中で吐き捨てれば、彼はきょとんとした顔をした後、にこっと笑った。
「人違いじゃないよ。俺、君にお願いしたいことがあるんだ。代わりに俺もお願い聞くよ?」
その後、なんやかんやの攻防があって、結局サッカー部のマネージャーをすることになっている。多分彼は嵯峨野が魅上にラブレターを出したという噂を知っていたのだろう。それでもあえて、彼女にマネージャーの打診をしてきた。正直鬼の所業だ。
魅上への思慕はトラウマで上書きされたのでもう無くなった。しかし、人気者に近寄りたくないという性質は相変わらずある。ゆえに何度も嵐山に無理だと伝えたのだが、逆に彼からは「だから良いんだよ!」と力説された。面倒くさい。
実は1回キレたことがある。そうしたら嵐山は
「俺、どっちかというと本能の趣くまま生きてるけど、だからこそなんとなく楓ちゃんは魅上先輩をちゃんと見るべきだと思うんだ」
と、見たこともないような真面目な顔で呟いた。理詰めじゃないだけに何を考えているのか分からない。いや、何も考えていないのだろうけれど、ならば自分だけでも少しその意味について考えてみようと思った結果、現在がある。
そんな自分を彼女はちょっと後悔していた。




