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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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4 ZENZAI in 鍋

「みかみん、メロンサンキュ! 美味しかったよ」

 しばらくして環は復活した。心なしか痩せたようにも見えたが、あえて指摘するのもためらわれて軽口をたたくだけに留める。

「俺が選んでやったんだからな。当然だ」

 わざとふんぞりかえってみせれば、彼女は「アヒルもなかなか御利益あったわよ」と笑った。……アヒルじゃねぇよ。ホトトギスだよ。


 元気そうな環の姿を目ざとく見つけてワラワラと集まってくるのは、檻の中の熊のようにウロウロしながら心配していたサッカー部員達だ。

「三輪さん、風邪はもう大丈夫ですか?」

「環先輩、こんにちはっす! 心配してたんすよ~」

「あはは、鬼の霍乱っての?」

 その一人一人に大丈夫と笑顔を返すあいつもマメな奴なのだが、あのな、皆、俺もいるんだが挨拶もなしか!

 ちょっぴりセンチメンタルな気分に浸っていると、通りすがりの誰かが「ぷっ」と噴出して通り過ぎやがった。今俺を馬鹿にした奴はどいつだと振り返っても、怪しい奴はいない。ただ、2軍のマネージャーとメンバーが打ち合わせをしているだけだった。


 その全員が1年であることから、聞き間違いだったのだろうかと眉をしかめたまま首をかしげる。

「みかみんどうかした? なんか後輩に睨みをきかせる悪い先輩の顔してるよ」

 そんな俺に気づいたのか環が声をかけてきた。そんなに悪人面しているだろうか。

 うーむ。

「いや、魅上は気合を入れているだけだろう。な?」

 そんな俺に、よく分からないフォローが醍醐から投げられた。

 ちげーよ。なんか俺に喧嘩売ってきた奴が……と言おうとした言葉を慌てて飲み込む。


 俺の目が届く範囲内でいざこざは御免だぞ?


 目の前の温厚な守護神はまるで菩薩のような笑みを湛えながら、口パクだけで伝えてきた。そして、何故だか知らないが静かに怒っている。まるで、自分のしでかしたことに気づかない悪ガキに対し「原因は自分の胸に聞いてみな」と突き放すような怒り方だ。

 え、俺、そんなにコイツを怒らせるようなことしたか? 睨んだけど、別にしめてやろうとか考えてねえぞ?

 若干うろたえると、醍醐は何事もなかったかのようにスーパーの袋から赤紫色の缶詰と黄色い瓶を取り出し、嬉しそうに環へ渡した。


 ふと、悪意のある視線にさらされたような気がしてもう一度振り向く。しかし、そこに不審人物はいない。

 これなんてホラー?

 ぞわりと背中を撫でる悪寒に耐え切れず、俺はコートの準備を手伝いに走り出した。後ろから嵐山の能天気な声が聞こえる。

「かえ……あ、いや、嵯峨野ちゃん、嵯峨野ちゃん。醍醐先輩と環先輩が……」

「じゃあ……たら、手伝う」


 嵯峨野って誰だっけ。

 ああ、そうだ、先輩の引退やら何やらで入れ替わった後に新しく入ってきたマネージャーだ。静かに本でも読んでそうな女子だが、嵐山と同じクラスだとかで無理矢理引っ張ってこられたらしい。不憫だ。主にフェンスの向こうから聞こえてくる黄色い悲鳴に晒されるという意味で。

「「きゃー――! 魅上くーん! こっち向いてぇぇぇっ」」

「「魁君、がんばって!」」

 本気で迷惑なんだがなー。押さえられるのは監督か醍醐か環しかいない。ちなみに俺や嵐山が行くと悪化する。

 無我の境地に達する他ないかなと諦めかけたとき、スーパーの袋を手にした環が何事か話しかけ、そのまま彼女達を連れ去ってしまった。毎回思うんだが、あの鮮やかな手口はマジシャンみたいだな。




 ――突然だが、冬は寒い。

 当たり前だが寒いものは寒い。北風は身を切るような寒さだし、手はかじかむ。冷えてこめかみは痛いし……ちょっとキーパーのグローブが羨ましいほどだ。けれど、コート上を走っているとそんな気持ちも吹き飛んでしまう。

 今日はレギュラーを半分に分けての対戦だった。メンバーが代わることに加えてポジションまで換わったので、動きがぎこちない奴が多い。まあ、キーパーにされた嵐山と、フォワードにされた醍醐を除いて……だが。


「遠慮せず嵐山の顔面に当てる気でシュートしていけ!」

「いつも得点されている恨みをぶつけるんですね!」

「そうだ!」

「イケメン滅びろ」

「じゃあフォーメーションは全体的に攻撃寄りで……」

「魅上先輩、聞こえてるっす! すっげー人でなしの作戦が漏れてきてるっす! ……って、ん?」


 疑問系の語尾に違和感を覚え、嵐山の視線の先を辿る。が、何も見えない。というか、嵐山の視力はサバンナの狩猟民族並みなので、たまに追いきれなくなる。

 結局そのまま後半戦に突入し、気がつけばその答がグラウンドの隅に運び込まれていたのだった。


 それを見た第一印象は、寸胴鍋ってこんなに大きかったっけ? である。

 折りたたみ式のアルミテーブルの上には大きな寸胴鍋が2つ置かれていた。パスタを立たせたままでも余裕で茹でられる大きさだ。鍋の周りで環と嵯峨野と先ほどの女子達が、使い捨てのお椀や箸を用意しながら話をしている。

「何っすかね~。楽しみ! よし、腹減らそう」

 キーパーというポジションだったせいか、動き足りないという嵐山が意気込みをみせて鍋へと走っていった。それに併走するように俺も走る。


「豚汁なんて、いいんじゃねーの?」

 この季節、温かい豚汁はなかなか魅力的だ。あったまる……。味は多分、環以外の奴らが何とかするだろう。うん、いいな。

「豚汁には人参大魔王がいるじゃないっすか! 俺は肉まんとか希望かな~。鍋いっぱいの肉まん」

「豚汁だっつってんだろ! お前の器には人参ばかり入れてもらうよう言ってやる。ケケケ……」

「わーん、魅上先輩、パワハラっすよ~」

「せいぜい苦しみながら、残さず食うんだな」


 結局対抗戦は嵐山の野生の勘によるパンチングでシュートを全て弾かれてしまった。その悔しさをささやかながらぶつけると、嵐山は醍醐に泣きついた。

 そんな嘘泣きの後輩を一瞥した醍醐はにっこり微笑む。

「大丈夫だ。『ぜんざい』だから」

「大丈夫じゃねえ! そんな甘いもん食えるかっ!!!」

 だめだ、即座に突っ込んでしまった。


 そしてその証拠といわんばかりに、小豆の甘い匂いがこちらに漂ってくる。

「う……げ……あ、あんこ、甘い、匂い」

 俺は甘いのが苦手だ。特に甘さは温めると余計に強く感じられるので、温かくて甘いものは鬼門といっていい。胸焼けしそうだ。

「魅上、仲良くな」

 醍醐が爽やかな笑みを浮かべるのを見て、練習前に環に渡していたのは小豆の缶詰と栗の甘露煮の瓶だったのかと思い至る。多分、病み上がりの彼女が屋内にいられるようにという配慮だと思うのだが、そこに『俺へのささやかな嫌がらせ』が少し含まれているような気がしてならない。


 つーか、環も協力するな。和菓子好きの醍醐に恩でも売られたのかよ……。

 思わず恨みがましい目で彼女を見てしまうが、本人は微笑すら浮かべて鍋をかき混ぜている。ぐっと詰まっていると、女子達がこぞってぜんざいを差し出してきた。やめてくれ。甘いにおいで吐きそうなんだよ。

「みかみん食べないの?」

「あ……当たり前だろうが! 第一……」

 第一、ちくしょー! 逃げる理由がみつからねぇ!

「何?」


「かっ、監督だってくわねーぞ! こんな甘いの」

 我ながら少々こじつけだと思うのだが、硬派な監督はきっと食べないに違いないと思って、監督も食ったら食うぜ~と余裕をかましてみた。

「何言ってんの? 召し上がってるわよ。おかわりまで」

「えっ、嘘だろ?」

 おそるおそる監督を見ると、栗入りのぜんざいを啜っていた。監督は俺を裏切るのデスカ。


「無理しなくてもいいけどねー」

 苦笑する環の言葉に、嵐山が先ほど俺が言った台詞を被せてくる。

「せいぜい苦しみながら、残さず食うんだな……っすよ!」

「ああああああああちくしょー」

 過去の俺、馬鹿だろ。


 ぜんざいをひったくるように受け取ると、俺はジュースを飲むようにかっ込んだ。

 ……その後のことは良く覚えていない。記憶がない。

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