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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛矯正治療中
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2 フルーツバスケット side:???

 醍醐は器用に林檎を剥いて差し出した。

「なんだかここまでしてもらって申し訳ない……」

 環はそう言いながら林檎を一口かじる。

「いつも三輪には部の世話をやってもらっているからお互い様だろう」

「でも醍醐は全然手がかからないからなぁ」


 むしろ嵐山と魅上の方が何十倍も手がかかる。片や天然トラブルメーカー、片や女子ホイホイ……まあ、仕方がないといえばそうなのかもしれないけれど。嵐山の持ち込むトラブルや魅上へのラブコール、これに比べたら本来の仕事なんて楽なものだ。

 その言葉は彼の笑いを誘ったらしい。

「まあ、2人とも派手だから目立つのだろう」

「醍醐も人気者なんだけど、ジャンルが違うのかな」

 一人では林檎を食べきれずに彼にも手伝ってもらう。サクッと噛み砕けば、甘酸っぱい果汁が口の中に広がった。

「そうなのか? 自分ではよく分からないが……」



◇◇◇



「メロン? あたし、巨峰のほうがいいなぁ」

 スーパーで果物を買うと彼氏が言い出したので、私は自分の好物を覚えてもらおうと巨峰の方を指差した。

「バーカ、お前のじゃねぇよ。うちのマネージャーへの差し入れだ。まあ、一番安いやつだけど」

 しかし、そんな仕草も彼には効かなかったらしい。

「マネージャーって三輪さん? どーかしたの?」


 首を傾げながら唇の端に笑みを浮かべた。こちらをちらちらと気にしている視線が心地良い。それというのも、自分の隣にいる彼の容姿に起因するところが大きい。

 すらりと長い脚に、整った顔立ち。サラサラの髪に、少し色気のある口元。

 この年にしては反則的なくらいの美形だ。芸能人でも通りそう。


 これだけ揃っていたら性格が歪んでいる場合が多いが、彼=魅上了みかみ さとるはどうも予想の斜め上を行く真面目な性格で、遊んでいそうな見た目と違ってすごく優しい。あと、意外と初心だ。

 腕に手を絡ませると「持てねぇだろーが」と怒られた。

「だって、だって、サトルに色目使ってくる女がいるんだよ?」

 見せ付けてやらなくちゃ。盗られちゃ困る。


「あー、あいつ風邪ひいてやんの。妹の看病疲れが出たんだとさ」

 彼は少しだけ口元を緩ませて「あいつ無理しすぎ。仕方ねー奴だよな」と笑う。

 三輪さんはサトルの元彼女だ。

 美人で成績優秀で護身術もバッチリって、いったいどこの少年漫画にいるヒロインだろう。……まあ、実際はあんまり女の子って感じはしないけれど。あの人と別れたおかげでサトルは今、私の隣にいる。


 疑問に思っているのは私だけではないが、時々何故別れたのか首を傾げたくなる。

「ふーん。そーなんだ」

 結局、サトルはメロンと巨峰の両方を購入した。



 部屋に帰ってから、私は巨峰を1つ口に放り込んだ。……美味しいけれど、味気ない。

 ごろんとベットに横になる。

 サトルの彼女になってから、冗談じゃないくらい呼び出しを食らった。

 ――魅上了の彼女

 その肩書きは、気分がいいけれどリスクも大きかった。


 三輪さんほど強くない私はこの肩書きを利用するしかなく、「サトルに言いつけてやるから」と言って切り抜けてきた。そう言うしかなかったのだけれど……正直にそれを彼に伝えることはできなかった。面倒だから別れるとか言われそう。

 本人わかってるのかしら?


 巨峰の皮をゴミ箱に捨てると、パラパラとファッション雑誌をめくった。

「今年のクリスマスはどーしよーかなぁ」

 ……去年のクリスマスはひどかった。付き合っていた男は自分勝手な奴で、たいしたこともないくせに威張っていた。寒空の中、引っ張りまわされた挙句、文句ばかりじゃどんな女でも愛想をつかすよ。

 だから私は言ってやった。


 ――あたし、魅上君からラブコールもらったし、あんたもういいから別れてよ。

 そのときは本当にサトルの彼女に納まるなんて考えてもいなかったのだけれど、そいつから離れたくて、一度廊下で目が合ったときの事を持ち出して別れた。あとでサトルのところにあの男がカッターナイフ持って行ったらしい……とは後で聞いた話。

 このことはサトルには話していない。できるはずもない。

 ああ、でも傷とかつけられなくて良かった。


 パラパラと可愛い洋服が並ぶファッション雑誌をめくる。

 アクセサリーとか化粧品とか、あー、この犬可愛い。

 ちらりとまっさらの参考書がカバンから覗いていた。あーテストの結果、親に見せんのやだなぁ。今回数学だけはサトルのおかげで良い点取れそうなので、これだけ見せようかなぁ。


 エアコンのリモコンをピコピコ操作していると

「ちょっと! 電気代馬鹿になんないんだから」

 とルームメイトに叱られた。

 だって寒いじゃん。風邪引きたくないし。風邪っぴきの素顔なんて絶対見せられないよ。



◇◇◇



「林檎、ごちそうさまでした」

 環は両手を合わせると「今度何かお礼するね」と笑った。

「そんなに気を使わなくてもいい。大したことしていないから気にするな」

 今もかなり辛いだろうに、そうやって無理しようとするから醍醐の方が困ってしまう。世話焼きは染み付いた習慣のようになってしまっているのだから。

「また、元気になったら働いてもらうからそれで帳消しだ」

 つまようじをゴミ箱に捨てて、食器を流しにもっていくと「怖いなぁ」と返ってくる。


 ふと、彼女のカバンから付箋がたくさん貼られた参考書がひょっこり顔を出していた。

「すごいな……三輪は。もしかして学業成績で奨学金を貰っているのか?」

 思わず声に出してしまう。

「うわ、盗み見厳禁。奨学金は貰ってるけど、毎回維持できてるわけじゃないんだよ。親になるべく負担かけたくないんだけど、今回はダメかもしれない。見栄張るならもっと完璧に張りたいんだけどね」

 と彼女はため息をついた後、ゴホゴホと咳き込んだ。


「ごめん。体力回復させるために、また寝るわ」

 部屋に帰ったら、手洗いとうがいしてね。

 あと。

 ――来てくれて有難う。

 ……私、醍醐には頭が上がらなくなりそう。

 熱のせいか、その声はどこかけだるそうだった。


「じゃあ、お大事に」

 醍醐はカバンを持って立ち上がると、残りの林檎は冷蔵庫に入れておいたからとだけ伝え、ドアへ向かう。

「ああそうだ、三輪」

「ん?」

「言い忘れていたけれど……雪だるまのパジャマ、似合ってる」

「そこはスルーして欲しかったところなんだけど。醍醐でも冗談言うんだな」


 確かに彼女のイメージとは違う。美人で凛として、テキパキ仕事して、頭が良くて、おまけに柔道の有段者と聞けば普通の男は引くだろう。

 それが一般的なイメージだけれど、思いっきり泣きたいくせに意地張って「目に砂が入った」と言い張ったり、風邪で寝込んで気弱になっているのも、紛れもない彼女だった。


「困ったな、一応褒めたつもりだったんだが」

「格好悪いところ見られて、結構いたたまれないんだよ」

「それじゃあサッカー部員全員、三輪に格好悪いところを見られまくっているぞ。だからお互い様だな」

 苦笑する彼の表情に嘘は見られない。


「そっか。なるべく早く復帰できるように頑張るから、部の皆にはありがとうって伝えて」

「わかった。他に伝えることは?」




「……いや、他にはないかな。じゃあ、また部活で」

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