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恋愛恐怖症候群  作者: アルタ
恋愛恐怖症候群
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番外編2 初見が大事だろ(後編) side:近衛将

 12月に入り、妹は風邪を引いた。

 母さんは仕事が忙しくて店頭に出ずっぱり、新しい父さんは試合の審判とやらで遠くの地域へ借り出され、俺は学校の行事で泊りがけの旅行に出かけていた。

 喘息持ちの妹は解熱剤を安易に飲むことができず、汗をかいては熱を下げるという作業を何度も繰り返さなければならない。その間、辛抱強く看病していたのは試験中のはずの環だった。後で聞いたところによると学校に申請して、一時的に実家から通ってくれていたらしい。


 そのお礼を、環の通う学校へ持って行けと母さんから手渡された。ズシリと重いそれは、お礼というよりももはや支援物資の様相をなしている。多分、あまり実家にねだることをしない環を気遣って、色々詰めていたらいつの間にか膨れ上がったのだろう。

 また、同時に環と同じ学校へ進学することを希望している正美のために視察へ行けという、極秘任務も含まれていることを俺は察していた。前回はほとんど寄り道せずに帰ったからな。


 私立A学園は小中高一貫教育の有名校である。モットーは「自由と自立」というだけあって生徒の自主性が高い学校だ。部活動はかなりレベルが高く、才能があれば一芸入試で入学することもできれば、その成績次第で返還不要の奨学金を貰うこともできる。

 勿論授業のレベルも高いので、学業成績を維持して奨学金を貰い続けるのは並大抵のことではできない。しかも、悪い意味でも自由なので、自分から手を打たない限り一度転落してしまえば放置される。俺なら願い下げだ。普通の公立校で良かった。


 事前に連絡を入れておいたので、校門の守衛からスムーズに学内案内図を受け取ることができた。首から「来校者 No.17」と書かれた名札を吊り下げる。帰るときにこの名札を返すことで部外者の出入りをチェックする形になっているらしい。当然校門には監視カメラが設置されており、職員室で操作しないと門が開かないシステムになっていた。俺が通っている公立校なんて隙間から入りたい放題なんだがなぁ。


 綺麗に整備された敷地内に足を踏み入れた。試験が終了した後だからか、緑色のブレザーを着た生徒の姿がチラホラ見える。ちなみにこのブレザーは海外の有名なデザイナーの作らしく、女子はチェックのスカート、男子はチェックのズボンと非常に着る人を厳選するようなデザインだ。

 正美はこの制服にあこがれていたが、1歩間違えば服に着られるぞ……。あれは環が着ているから映えるだけだ。下手すると服のほうが豪華すぎて浮く。などと、本音を口にして、日常の平和を乱すようなことをするつもりはないので、「あそこ偏差値高いらしいぞ」とだけ伝えておくことにする。


 浮き立つ空気の中、寮へと向かった。どこの洋館だと思うような洒落た建物がそうらしい。入口は一つ、ホールと共用スペースがあり、向かって右が男子寮、左が女子寮となっている。ちなみに寮に入るのは中学生からなのだそうで、小学生の姿は見かけなかった。

 入口脇に備え付けられた電話で環の部屋へ連絡を入れる。

 しばらくすると、熱を出してグダグダの状態の彼女が出てきた。試験勉強と看病疲れが一気に押し寄せたらしい。フラフラと覚束ない足取りの彼女に

「おい、生きてるか?」

 と尋ねてみたら、「オッケイ……」と全然大丈夫じゃない返答が返ってきた。しっかりしているようでいて、時々この人は危なっかしいなぁ。


「携帯出せ」

「ん」

 熱で汗ばむ彼女から携帯を借りて、ルームメイトとやらに連絡を取ることにする。仲が良さそうだったので、きっと面倒見てもらえるだろうし、寮長へも連絡してくれるだろう。

「何番に登録してる奴だ?」

「6番の……この子」

 何度かのコールの後、事情を説明したらすぐにこちらに来てくれた。どうやら環の体調については彼女も気になっていたらしく、後を頼むと快く引き受けてくれた。どことなく嬉しそうだったのは、あまり深く考えないことにする。


 それにしても片想いの男とやらは何をやっているのだろうか。先月までは、それなりに仲良くやっていたように思う。相手方も環に好意を持っているものだとばかり思っていたのだが、ここまで放置だと少しイラッと来るものがある。


 ルームメイトの携帯登録番号は6番。

 妹の携帯番号は5番。

 俺の番号は4番。

 父親の番号は3番。

 自宅の番号は2番。


 ――そして1番は「魅上了」と言う男の名前が表示されていた。

 サッカー部には知り合いの醍醐がいるし、顔を出しておこうか。

 ついでに魅上とやらの面も拝んでみたい。


 監督への伝言を済ませた後、醍醐勝也から魅上了を紹介してもらう。

 ……ちょっと驚いた。

 最初、環は面食いだっけ? と思ったのだ。それが魅上という男の印象だ。スポーツマンというよりもモデルだといわれた方が何倍かしっくり来る。甘いマスクに不遜な笑み、およそ健全な中学男子とは思えない色気に、彼女から聞いていた姿とピースが合わずにちぐはぐしてしまう。

 努力家? 苦労性? どうみても女を弄ぶホストにしか見えないのだが、この余裕の態度も実は単なる強がりなのだろうか。

 軽く睨まれながら、そんなことを頭の片隅で考える。


 握手しようと手を出したら拒まれた。良く観察すると、唇をぎゅっと引き結んで何かをこらえているようだった。あれ、もしかして俺、ライバルだと思われてるのか?

「あんた噂どうりだな」

 クククを肩をすくめて笑うと奴は少しむっとしたらしい。

「そうだよ。噂の魅上了とは俺様だ」

 あっさり挑発に乗るとは、案外余裕がない。


「はじめまして。環の“弟”の近衛将このえ まさるだ。義理の……だからまあ、血はつながっていねぇけどよ」


 その時の魅上の顔は傑作だった。

 あからさまにホッとしたような顔。

 続いて困惑したような顔。


 何があったのか知らねーが、環を泣かせるようなことはしてくれるなよ。意外とあの人は弱いところがあるんだぜ……なんて、言わなくても知ってるか。

 傍にいたのなら多分。

 きっと。

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