10 ×××でデート
「映画でも観にいかねーか?」
一応友達だし……この前観たいと言っていた映画が公開されたので、俺は初めて環をデート(?)に誘ってみた。
土曜は部活で潰れるが、日曜日は一応休日として確保されている。普段であれば勉強したり、ダラダラ過ごしたり、寮のメンバーで遊びに行ったりするのだが、あまりにもいつもと代わらぬ休日の姿に呆れ果てたルームメイトが映画のチケットを譲ってくれたのだ。
「うわ! あの映画だよね? うう、観に行きたいけど今週は実家に帰らないといけなくて。申し訳ない。来週ならどうかな」
「おー、来週、いいぞ。にしても実家でごたついてんじゃねーだろうな」
「物騒な理由じゃないよ。家族が誕生日を迎えるんだ。で、それをだしにパーティするってさ」
今は少しでも家族の時間を作って溝を埋めたいのだろう。
ごめん! と両手を合わせて謝る環から来週に行く約束を取り付けたので、代わりに俺はぶらぶらとショッピングモールにでも出かけることにした。このまま部屋に戻ったら哀れみの眼差しが降り注ぎそうで怖かったのだ。
丁度季節の変わり目でもあるし、服か靴でも新調してみるのも良いかもしれないと考える。べ、別に来週に向けて気合を入れているとかそういうわけではない。最近身長も伸びてきているし、サイズが合わなくなっていたら困るなと思っただけだ。
本日の服装は濃い目のジーンズに二枚襟の白シャツだ。濃い紺の線が入ってるのが気に入っているのだが、この上にジャケットを羽織るとホストにしか見えないといわれたので、ラフな組み合わせでしか使えない。かといって実家で父親の服を借りたら、母親から「ダサい、オヤジくさい、浪人っぽい」と散々な評価を付けられた。似合いすぎてもダメ、似合わなくてもダメって……俺にセンスを求めないで欲しい。
最近、どんどん洋服選びが面倒になってきている。ルームメイトがやってるゲームでは、防具は『性能>>>見た目』だと言っていた。ちょっと羨ましい。実際は性能に大差ない布の服A,布の服B、布の服C……だもんな。
とりあえずマネキンから一式剥ぎ取ればそこそこのレベルが確保できることを覚えた俺は、クラスメイトから教えてもらったちょっとおしゃれな店に入った。有名なブランドのカジュアルラインを集めたレーベルなのだそうだ。よく分からんが。
手近にある値札を見ればジーンズが1万円。……ちょっと高くないか?
白いTシャツの値札もひっくり返してみる。うん、3千円は高いだろ! 白無地にこの値段は出せない。デコルテのラインがとか言われても俺には理解できない。こんなペラペラの布地が……夏目3枚。
それならもっと安いものを買って、差額でサッカーシューズでも買おうかなと出口に向かいかけたとき、思いも描けない人物が現れた。
環だ。
心臓が飛び出そうなくらい驚いた。慌ててセールの札がかかった洋服の後ろに隠れる。どうやら、俺がここにいることには気づいていないようだ。
それにしても、近づくまで全然彼女に気づかなかった。女避けに被った黒い帽子のせいで視界が悪いというのはある。しかし、それ以上に彼女の格好はいつもと違った。
制服は見慣れている。けれど今日の彼女は少し大人っぽい服装で、すんなりと伸びた脚を黒いぴたっとしたパンツに包み、上からワンピースにも見える長めのチュニックをベルトで留めていた。
ひょっとしたら誰かと会う約束をしているのだろうか。誕生日祝いと言っていたから、家族と会うのかもしれない。
俺は帽子を深めにかぶり、そーっと見つからないように後をつけた。
誕生日って誰だろう。父親に渡すにしては、このショップのラインナップは若すぎる気がするんだが。
首を傾げながら彼女の背中を追うと、試着室の前で急に立ち止まる。
「着替えた?」
「おう」
一瞬、嫌な予感がした。
その声に聞き覚えがあったから。
目をそらして、すぐにでも引き返して、今日は何も見なかったことにしなければならないと、頭の中で警鐘がガンガン鳴り響く。
見るな。見るな、俺!
必死でそう念じるのに、体が、手が、足が、まぶたがすくんだように動かない。
シャッと軽い音を立てて試着室から男が出てきた。精悍な顔立ち、よく日に焼けた肌、長い脚……ワイルドとも言っていい男前。
「どーだ?」
「似合ってる」
環に『将』と呼ばれていた男の姿がそこにあった。
「やはり、環の見立てが一番いいな」
「自分の服くらい自分で決めなさいよ」
「面倒なんだよ」
「素材は良いんだから、そんなに悩まないでしょうに」
呆れたように笑う彼女。
「ん? やけに素直じゃねーか」
――その笑顔に男は口元を緩ませ、環の手の甲にキスをした。
目を閉じるのが遅かった。
見てしまった! 見てしまった……。
いまさら閉じられたまぶたの裏にはさっきの光景が焼きついている。一瞬ビックリしたように頬を染めた彼女の表情まで。
指先の感覚がなくなっていた。頭の後ろがじんじんと痺れているような気がする。
俺は見つからないように売り場からそっと離れ、そのままデパートから飛び出した。必死で走って、走って、まるで記憶から逃げるように必死で走った。
環を信じて良いのか分からなくなっていた。
約束したのに。恋人ができたら一番最初に俺に言うって。今付き合っているのは俺だけだって。
信じたい。
彼女の一番近くにいるのは俺なんだって。
カムフラージュの彼氏と彼女という関係であっても、できるだけ環が笑ってられるスペースを、そして幸せである時間を一緒に過ごせるように俺だって一生懸命接してきたつもりだ。
「みかみんといるときが、一番幸せだなあ」
そう言ってたよな? じゃあ、なんで別の男とデートしているんだ?
飛び乗るように電車に乗り込むと、空いている席に腰掛ける。
ぐったりとしたように窓に寄りかかって目を強く閉じた。
あの男、うちの中学じゃなかった。学内のイケメン連中と見比べられていたから、名前は知らないが顔は大体覚えている。校内にいるなら噂になってそうなくらい整った顔立ちだが俺の記憶にない。少したれ目がちの俺と違って、引き締まった……いや、男は顔じゃない。って、顔だけ男と言われた俺から容姿を取ったらただのヘタレじゃねーか。くそ。
比べること自体が馬鹿馬鹿しい。ぐるぐるぐるぐるどうでもいいことが頭の中を回りだす。俺は馬鹿か。
あいつと環……似合ってたな。
環が優しいからっていい気になって、調子に乗って、隣にいるのは俺だって思い込んで……やべ、涙がでてきた。
勘違いしてんじゃねーよ、俺。元々、付き合う振りをするきっかけも事故みたいなものだったし、それをおざなりにしていたのも、お互いの虫除けという利害が一致したからという理由だ。問い詰める権利なんて俺にはない。
駅のホームからまっすぐ寮へ帰り、誰もいない部屋の鍵を開け、そのままベットに倒れこむ。
ぎゅっと自分の腕をつかんだ。
赤くなるまで自分で自分を抱きしめていた。




