表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
声は電波にのって  作者: 虹鮫連牙
2/3

ボリューム2

「はぁー…………俺、何か悪いことしたかな?」

 首からぶら下げたラジオのスイッチはオン。聞こえてくるのは、いつまでも変わることの無いザーザーという音。

 ヒデノリの家にやってきた俺は、彼の部屋に入るなりぐったりと横になったまま、ずっとこの調子で自分に疑問をぶつけていた。

 そんな俺を見るヒデノリの視線は冷ややかで、彼はおもむろにゲーム機の電源を入れると、二つあるコントローラーのうち一つを手に取った。

「何があったかなんて知らねーけどさ、さっさと忘れちゃえよぉ。ほら、ゲームでもしてさ」

 もう片方のコントローラーを投げてよこしたヒデノリは、視線をゲーム画面のほうに向けた。

「うるせーなー。お前にゃあ分からねーよー」

「どうせ分かんねーですよ。いいから早くゲームだよ。これ一人じゃクリアできねーの」

「ノリタマごはんには分からねーよー」

「お前喧嘩売ってんのかぁ!?」

 ヒデノリの剣幕さえも気にしていられないほど、俺の心はひどく落ち込んでいた。

 本当に、どうしてこんな気持ちを味わうことになってしまったのか。実は俺自身、よく分かっていない。

 事の発端が一昨日の夜だということははっきりとしている。更に具体的に言えば、マリナの番組に俺がメッセージを送ったからだというのも分かっている。

 その日、俺はマリナの番組、“エンジェルボイス”を初めてオープニングから聴いたことで浮き足立っていた。

 気がつけば心惹かれていたラジオ番組だ。自分の中でそれがどれほどの割合を占めているのか、それを知ってしまえば更にその先を求めるのは誰だって同じのはず。 

 俺は、マリナの番組にメッセージを送ることにした。

 テーマはフリー。俺の思うことを何でも書いていいと言う。

 だからメールフォームに書くことは、すぐに思いついた。とても些細なことだ。

 “今度は伴奏のついた歌を聴いてみたい”。

 そう、俺にとってはとても些細なことだった。

 深い意味なんて無い。ただ、マリナの不思議な魅力をもっと聴きたい、知りたいと思っただけのこと。

 ラジオネームはどうしようか。まだ日は浅いかも知れないが、一ファンとしてマリナに敬意を表したようなものがいい。

 だから、『星の勇者の弟子』にした。流れてきたマリナの曲にちなんで思いついたのがこれだったのだ。

 そしてメールを送信。運が良ければ、届いたメールはすぐにマリナが読んでくれる。

 そのはずだった。

 しかし、俺がメール送信を完了してしばらくすると、ラジオからはマリナの声が聞こえなくなっていた。

 何故だろうか。

 メールを読んでいるから。

 大量のメールが一気に押し寄せてきてパンク状態だから。

 まさか放送事故。

 もしかして、何かがまずかったのでは。

 そう考えている中で、最初に浮かんだのはラジオネームだった。

 俺もヒデノリのことを言えないな。いくら彼女に敬意を表するからと言って、“星の勇者の弟子”はさすがにセンスが無いか。

 俺がメッセージ送信を完了させた途端、ラジオ放送が止まってしまった。

 ショートコーナーが一つこなせるほどの時間、沈黙が続いた。そして、そのままマリナの声が再び届けられることはなく、ラジオはいつもよりも早い時間から砂嵐を巻き起こしてしまったのだ。

 訳が分からないままその日の夜が過ぎ去ったのだが、追い討ちをかけたのは翌日の同じ時間帯での出来事だった。

 時間になっても番組が始まらないのだ。

 本当に俺のメッセージが原因なのだろうか。たまたま同じタイミングで、何か別のトラブルがあったのでは。

 そう思ってみたが、自分の送ったメッセージの内容を再び思い起こした結果、原因はやっぱり自分のような気がしてきた。

 もしマリナが、自分の曲に対して何かしらのポリシーを持って取り組んでいるのだとしたら。俺の身勝手な要望は、彼女を相当怒らせてしまったか、悲しませてしまったか。

 とにかく、自分が最低な男であることは分かった。

「はぁー…………」

 再び深いため息をつくと、ヒデノリが呆れたような顔で言った。

「もしかしてさ、ラジオでなんかあったの?」

「…………なんでそう思うの?」

「いや、そんなザーザーうるさいだけのラジオを首からさげて、一人で死んだような目をしてればさ」

 俺って、死んだような目をしているのか。 

 いっそのこと、この胸の内をヒデノリに話してしまえばいいのかも知れない。

 だがそこで躊躇してしまう。せっかく見つけた、秘匿性の高い番組だ。しかも俺のお気に入り。

 そう簡単に教えてもいいものか。いいや良くない。あの不思議な魅力は、簡単に人に教えてはダメだ。

 一度はヒデノリに番組の存在を教えようとしたことがあるくせに、魅力に気がついてしまった後だと妙な独占欲が湧いてしまっていた。

 誰かに相談したい。だけど誰にも教えたくない。

「ノリ、タマ……」

「てんめえ……」

 なんとも言い難い矛盾を抱えたまま、俺はヒデノリをまたもや怒らせた。

 マリナの番組が聴けないということが、これほどの衝撃になるとは思わなかった。

 マリナの声が聞こえてこないラジオは、ただ無意味に俺の首からぶら下がっているだけで鬱陶しい限りだ。

 だが、それでも手放すことが出来ないこのジレンマ。

 電源だって切ることが出来ない。もしかしたら突然マリナの声が聞こえてくるかもしれないから。思い切って他の番組を聴いてみても、三十分と持たずに周波数を戻してしまう。

 ダメだ。これではまるで中毒患者のようだ。

 当然、他のことに身が入るわけもなく、ましてや受験勉強などしようという気にもならなかった。

「マリナァ……」

 ついには情けない声さえも上げるようになっていた。これでマリナの歌を口ずさむようになったりしたら、とうとう末期だなと思っている。

 その日の夕飯時。食欲が失せていた俺は、おかずを半分残して席を立とうとした。

 そんな俺の様子を、両親は呆れと不可解な気持ちの入り混じった視線で見てきた。

「なんだ、具合悪いのか?」

「なんか時々、マリアーとかぼやいて、ずっと暗いのよ」

「失恋か?」

 マリアじゃなくてマリナだ。それに失恋でもない。まあ、似たようなものかも知れないが。

 何も答えない俺を見ながら、母さんは続けて言った。

「大体一日中ラジオなんか聴いちゃって。全然勉強してないのよ」

「そうなのか? …………まあ、俺もそんな感じだったっけなぁ」

 母さんの白い目が父さんを突き刺した。

「い、いやまあその、ユウスケ。あれだ。勉強は今からしておいて絶対損はないぞ。大学受験までの数ヶ月間の辛抱じゃないか」

「そうよ。あんた電子機械工学科志望でしょ? 倍率高いの知ってんでしょうよ」

 そんな口うるさい話は、今の俺にとっては最も遠ざけたい雑音でしかなかった。

 少し乱暴に「ごちそうさま!」と言い放ち、自分の部屋へと戻っていく。

 何もかもがイライラしてきた。こういう心理状況はとても気持ち悪くて嫌いだ。

 こんな俺を救い出してくれるのは、やはりアレしかないというのに。

 肝心のアレがこの気持ちの原因の元なのだからどうしようもない。

 ベッドに倒れこみ、うつ伏せのまま時計を見た。

 時刻はまさに夜の九時を迎えるところだ。

 本当ならば、俺がラジオメッセージを送らなければ、一昨日からの出来事が全て夢だったととしたら。

 ラジオからは、マリナのエンジェルボイスが始まるはずなのに。

『…………あの』

 耳を疑った。いや、この現実そのものを疑った。

『マ、マリナのエンジェルボイス…………その……始めます』

 始まった。

 番組が始まったのだ。

「はじまったあぁぁぁぁぁっ!」

 思わず叫んでしまった。部屋の外からは、母さんの声で「うるさい!」と聞こえてきた。

 なんてこった。待ち望んでいたものがついにやってきたのだ。

 一体どういうことなのだろうか。

『昨日はごめんなさい。それと、一昨日も放送を途中で止めてしまって…………ごめんなさい』

 これは本当なのか。俺のラジオメッセージは関係なかったのか。一昨日からの出来事は全て夢だったのか。

 とにかく、歓喜するしかない。

 再び叫ぶことは気が引けたので、俺は部屋の中をグルグルと落ち着き無く歩き回りながら、小さくガッツポーズを繰り返した。

『あの、すごくビックリしたことがあって…………だから、思わずラジオを止めてしまいました。そのビックリがずっと続いちゃって、昨日も放送することが出来ませんでした』

 マリナの言うビックリしたことというのが気になる。

 一体どんなことなのだろうか。俺のラジオメッセージにはそれほど大したことなど書いていなかったし、そもそもマリナの目に留まったかどうかさえ分からないのに。

 マリナは続けた。

『あ、あの……いつも聴いてくれてどうもありがとう。すごく…………』

 なんだかマリナの声はずいぶんと小さくて、いつもの様子とはちょっと違っていた。

『すごく、嬉しいです。こうして聴いてくれている人がいたんだなぁーって』

 その声の違いは何故なのか。

 しかし、そんなことは考えるまでも無かった。

 答えはマリナが語ってくれたからだ。

『お便りもらったの…………初めてだったんです。毎日募集はしていたけど、でも、この番組が誰にも届いていないのは分かっていたから』

 エンジェルボイスが誰にも届いていない。だが、俺には確かに届いているじゃないか。

 お便りをもらったことが無いとも言っていた。だけど、俺のメールは読まれているじゃないか。

 マリナは俺というリスナーの存在に驚くあまり、放送することが出来なかったという。

 それじゃあまるで。

『人に届いてるって分かると、なんだか歌も恥ずかしいなぁって…………』

 リスナーは俺一人ってことじゃないか。

 こんなことってあるのだろうか。

 マリナのエンジェルボイスを聴いているのは世界中で俺一人だけ。

 周波数をちょっとずらせば、誰でも聞くことが出来るだろう。だが、二十四時間の中のたった一時間だけ。しかも流れる周波数はどこにも誰にも認知されていない。

 番組を聴けないショックから立ち直った俺だが、次に待ち構えていたのは新たな衝撃だった。

 マリナがメッセージ募集を遠慮がちにしていたのも、番組を誰にも聴いてもらえないと彼女が知っていたからだ。

 では、それならばこの番組自体はなんだろう。BGMもない、認知もされていない、ただマリナの声だけで紡がれるラジオ。もしかしたら何か特殊な方法で、個人的に流しているのだろうか。

『でも、もしよければ、頑張ってまた歌わせてください』

 マリナの声だけで。

 そう、一人寂しく。

『リクエストしてもらった伴奏付きっていうのは…………ちょっと難しいかもしれないけれど』

 彼女がこうしてラジオを再開した理由を考えた。

 それは、リスナーがいるからだ。

 自惚れなんかじゃなく、間違いなく、俺がいるからだ。

 今までずっと寂しく放送を続けてきた。そんな時に、俺がリスナーとなった。

 他のラジオとは違って、彼女はずっと一人で放送を続けてきた。そこには、電波に乗せた声が届けられる先、ラジオの向こう側との絆が無かった。

 そう、彼女の気持ちを受け取る者がいなかった。寂しいはずだ。

 でも今は俺がいる。届ける先が明確に見えている。

 それを承知の上で彼女は放送を再開してくれたのだ。

 俺が番組に惹かれたように、彼女も俺のようなリスナーを求めていた。

 そうして今、俺達の間には絆が生まれた。

 それがたまらなく嬉しかった。これは、ヒデノリがラジオにメールを送ってしまいたくなる心境をはるかに飛び越えた感情だと思えるのだ。

『…………よ、よし! じゃあせっかく頑張ると決めたので、さっそく曲のほうをお届けしたいと思います! 初めてのリスナーさんだもん! 気合入れますね! …………聴いてください。マリナで、“ラブ・ラブ・ラブ”です』

 やっぱり曲名は恥ずかしいタイトルだった。それに、たぶんリスナーの存在を感じ取れたことでひどく緊張をしているのだろう。気合を入れるとは言っていたが、歌ははっきり言っていつも以上に微妙だった。むしろ下手に感じられた。 

 それでも俺は満足していた。感動的なほどに、歌に酔いしれていた。

 更に嬉しいことは続いた。それは曲が終わった後だ。

『では、いつもどおり……今日も番組へのメッセージをお待ちしています!』

 いつもどおり。その言い方に少しだけ違和感を覚える。

 だってマリナは、今まで誰にもメッセージの募集をしたことがないはずだから。誰にも聴こえていないと分かっていて、それでもメッセージを募集していたのだから。

 今までは、それは番組内で決められたお約束。儀式のようなものでしかなかった。

 でも、今夜は違う。

 誰かのメッセージを本当に欲している。

 待っているんだ。

 俺はすぐさまメールフォームを開いた。

 そうだ、待っているんだ。

 マリナが俺のメッセージを。

『…………うん……うん! そ、それでは!』

 俺がメール送信を完了させてから数秒後、マリナの声が弾んだ。

 俺も心が弾んだ。

『それでは、メッセージを紹介させていただきます!』

 ラジオネームはもちろん。

『ラジオネーム、星の勇者の弟子さんからです』

 俺のメッセージだ。すごく嬉しい。

『ええっと、いつも番組を楽しく聞かせてもらっています…………ありがとう』

 その「ありがとう」が可愛らしくて、俺は身悶えた。

『僕は受験生なのですが、今日、両親にもっと勉強しろと怒られてしまいました』

 普段は“俺”って言うくせに、メールだと“僕”になる自分がやたらとかっこ悪く感じた。

『僕は電子機械工学の道に進もうと思っているんですが、いまいち勉強が捗りません。マリナさん、応援してー! だって』

 俺はベッドの上で枕に顔面をうずめた。ものすごく恥ずかしくて、ラジオのボリュームを無意味に下げていた。

『星の勇者の弟子さんは電子機械工学の道に進みたいんだ。将来は研究者かな。すごーい! そうだよねー、今はその分野の発展にものすごく力を入れている時代だし』

 俺としては、クラスの女の子と同じ学校に行きたくて選んだだけなので、研究者とかそういう具体的なヴィジョンは見えていない。だから少しだけ後ろめたかった。

『ここ数年で言えば、機械義肢や人工器官の開発は早過ぎるとも言えるような発展を遂げているし、完全自立型のロボットも世界中で数が増えてきている。先週行われたWSMEの発表では、時間跳躍機能を搭載した調査機のプロトタイプが、遅くとも五年後を目処に完成すると言っていましたよ。まだまだ未来が楽しみだよね』

 マリナは意外と情報通だな。ニュースをよく見る子だったのか。

 後ろめたさが増した俺は、ラジオを聴きながら慌てて勉強道具を広げた。

 少しでも、彼女が信じる俺に近づきたい。

『星の勇者の弟子さん! そんな未来にあなたもぜひ羽ばたいてください! 受験勉強頑張ってくださいね! 受験が終わったときは、きっと結果を私にも教えてください!』

 なんか、クラスの女子はもうどうでもいいや。俺、マリナのために勉強頑張ろう。うん、合格して絶対褒めてもらおう。右手に握ったペンがノートパッドの上を走り始めた。

 こうして、謎のラジオ番組を通じての、俺とマリナとの交流が始まった。




 月日が流れていくと、次第に俺も受験生らしさを醸し出すようになってきた。

 まず、机に向かう時間が増えたのはいいことだ。電子機械工学なんていう、俺には絶対ムリだと思っていた分野の知識も少しずつだが学び始めていた。

 そうやって勉強が出来るようになったのも、マリナのおかげだった。

 初めて俺のメッセージが読まれた時と同じ気持ち。彼女が描く“俺”でいたいと思ったからだ。

 たぶん普通のラジオ番組だったら、俺なんてたくさんいる番組リスナーの中の一人に埋もれてしまっていたんだと思う。メッセージを送る常連として認識してもらえたかも知れないが、その程度ではここまで頑張らなかったかも知れない。

 大事なことは、エンジェルボイスのリスナーが俺、ただ一人だけということだ。

 送るメッセージは必ず読まれた。それに対するマリナの返事も、毎回時間をたっぷりと使って応えてくれた。

 その親密さが嬉しくて、俺はますますマリナのことを意識し始めていた。

 俺が受験生であること。電子機械工学科を目指していること。男であること。マリナのファンであること。そういった基本的情報はおなじみとなり、毎日送るメッセージは日常の些細な出来事やその日の事件などを送るようになった。

 時々、マリナが募集テーマを決めてくれるようにもなった。最近はその数も増えつつある。

 俺のことを送るばかりではなく、マリナのことも少しずつ分かっていった。

 番組内で流れる曲は、やっぱり彼女が作詞作曲を担当していた。それどころか、毎回アカペラで、しかもその場で歌っているそうだ。わりとタフだな。

 この番組も、マリナが自分で始めたそうだ。他の番組と重ならない周波数で勝手に放送しているらしい。そりゃあ番組表にも載っていないわけだ。でも、問題はそんなことをしても大丈夫なのだろうかということだ。

 マリナはいろいろなことを知っていた。番組内コーナーではトンチンカンな議題についてみょうちくりんな回答を出すくせに、一般的な学力は高かった。ラジオを聴きながら勉強をしているとき、分からない問題をたまにメッセージで送ると、マリナが正解と解説を導き出してくれるのだ。まるで家庭教師のよう。

 特に電子機械工学に強い。これは俺にとっても嬉しいことだった。こんな先生がいてくれたら、大学合格も夢じゃない。

 彼女のフリートークは、相変わらず日記みたいな日常話だ。遊園地に行ったとか。海を見に行ったとか。それにマリナは、何度か花の話もしていた。キレイな色を見つけたら、写真を撮ってコレクションしているのだと言う。

 幸せだった。毎日が楽しかった。夏休みが終わり、学校が始まって、それでも俺はマリナとその番組に夢中になった。放送時間が分かっているので、もうラジオを携帯することはなくなったが、夜に出かけるときはラジオ所持が当たり前だった。

 マリナのエンジェルボイス。リスナーは俺一人。

 この電波で繋がれた関係は、俺達二人だけの世界だった。少なくとも俺にとってはそうだ。

 どんな悩みでも打ち明けられるし、どんなバカ話でもマリナは素直な感想を送ってくれる。

 ただ、ヒデノリが一時期ラジオリスナーであったことを教えた時は少し面白くなかった。マリナが「ノリタマごはんさんからもメッセージが届くと嬉しいかも」と言っていたけれど、それが少し嫌だった。

 そんな日々が続いて、季節はあっという間に冬へと突入していった。

 いよいよ試験の日が近づいてきて、さすがの俺にも緊張感が生まれていた。

 そのことをマリナに報告すると、やっぱり彼女は「頑張ってください!」と応援してくれるのだ。

 やってやるしかない。家庭教師みたいに勉強を教えてもらった恩もあるし、なんとしてでも良い結果を報告して、マリナに褒めてもらいたかった。

 ある日のことだった。

 俺は、いつも通りにエンジェルボイスを聴いていた。

 番組はいつも通りに目セージを募集している。今日のテーマはフリー。だから俺は、いつもしているみたいに、今日の出来事をメッセージに書き込んで送信した。

『では届いたお便りを紹介したいと思います。いつもありがとう、星の勇者の弟子さん。えーっと…………今日、例の友人ノリタマごはんが、ある秘密を明かしてきました。僕がラジオを聴き始めたきっかけは、そもそもノリタマが勉強中にラジオを聴いていると話していたからなのですが、当のノリタマはと言うと、間もなくしてラジオを聴くの止めていたのです』

 この話は、今日の昼休みにヒデノリから聞いた話だった。

『ノリタマは、もうラジオを聴いていないとか言っていたはずなのですが、実はこっそりと、再び聴き始めていたようで、彼も立派にハガキ職人をしていました』

 打ち明けられた時は驚いた。俺がラジオにはまっていったのを見て、再び聴いてみようという気になったらしい。

 そして聴いている番組は違うけれども、ヒデノリも何度かメッセージが読まれたという。

 問題は、そのメッセージが読まれた時だ。

『ノリタマが投稿したメッセージは、番組内で読まれた上に、その日のMVPメッセージに選ばれたらしく……おお、すごい! …………選ばれたらしく、パーソナリティーのサイン入り生写真をもらった、と…………』

 そう、ヒデノリはおそらく、これを自慢したいがためにラジオを聴き始めたとわざわざ打ち明けてきたのだ。

 本当に調子のいいやつだと、俺は思いながらも心底羨ましかった。

 本音を言えば、俺だってそういうのが欲しい。もちろん、マリナのものだ。

 だから今日のメッセージには、リスナーからのちょっとした要望を書き込んでおいたのだ。

『えっと……僕も、マリナさんのサインとか生写真がほしいなー…………って』

 エンジェルボイスでは、リスナーへのプレゼント企画というものをしたことがない。

 まあ、リスナーは俺しかいないわけだけれど、今までずっとメッセージを送り続けてきたわけだし、何かしらの形でヘビーリスナーの証というものがあってもいいなと思う。

 しかし。

『うーん…………そのリクエストはちょっと難しいです…………ごめんなさい』

 マリナは否定的だった。サインとか写真はハードルが高かっただろうか。

 それにしても、マリナは一体どんな人物なのだろう。

 その好奇心自体は、彼女の番組を気に入った時からずっと持っていた。そりゃあそうだ。マリナなんていうパーソナリティーの正体はずっと不明だったし、ましてや非公式のラジオ番組なのだから。

 ただ、彼女に対する想いが日増しに強くなっていたのがいけなかったのだろう。だって仕方がないじゃないか。リスナーは俺一人。

 俺は、ずっと彼女と二人で会話をしてきたようなものなんだ。

 自分でも妙な話だってことは分かる。

 だけど。

『本当に、ごめんなさい』

 この感情は間違いなく恋だ。その真実は変わらない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
空想科学祭FINAL http://sffestafinal.kumogakure.com/index-pc.html
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ