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12. 他所をうらやむ

 皇室献上の陶器有馬焼窯元清和で経理を担当する川西花子さんが税理士事務所より戻ります。

 「ただいま~、どっこいしょっと。」


と、税理士事務所に行っていた奥さんの花子さんが窯元清和に戻り、会計帳簿の風呂敷包みを事務机の上にドンっと置きました。


 「おう、お帰り。どうや、柳先生元気やったか?」と窯元の川西達郎がろくろの手を止めて聞きます。


 「元気げんき、80歳すぎとは思えんくらい。」


 「そら良かった。」


 「でも、こないだ車バックで運転してて、アクセルとブレーキ間違えて恐い思いした言うてたで。」


 「年とってきたら運転はしんどいで。わしも目がついていかんから、運転は恐いわ。」とたわいもない会話が続きます。


 「あっ、そうそう。先生が生命保険を今年から全部経費にして良いって。」


 「それはどういうことやろな。」


 そこへ「リリリ~ン」と店の電話が鳴り、花子さんが受話器を取りました。


 「ありがとうございます、有馬焼清和でございます。」と、よそいきの声で出ます。


 「ああ、宇治田保険さん。」と、急に地声に戻りました。


 そして午後、保険代理店の宇治田さんの息子さんが来店します。


 「こんにちわ!いつも父がお世話になってます。」


 「僕、息子の宇治田恭太です。きょうは父の代理で来ました。よろしくお願いします。」


と、若者らしい元気な声が響きます。


 「おお、大きなったな。久しぶりやな。もう大学出たんか。」


 「はい、春に卒業して家の手伝いしています。」


 「そうか、月日の経つのは早いもんやな。ここに座りなさいな。」と空いている事務机を指します。


 「ありがとうございます。今日は川西様の生命保険の見直しのご提案に来ました。」


 「ちょうど今日、税理士の先生から保険料を全部損金にして良いって言われたんやけど、どういうことなのか教えてや。」


 「あっ、そうなんです。川西様のご加入頂いている長期平準定期保険ちょうきへいじゅんていきほけんが、保険期間の6割を超えたので損金で処理できるようになったんです。」


と、川西達郎様と書かれた生命保険のプランを机の上に広げました。


 「川西様は46歳の時に30年満期でご加入頂きました。そして今年64歳で18年経過しております。」


 「これまでは半分を損金、半分を資産で計上されておられましたが、今後は全額損金にできるようになりました。」


 「また、半分資産とされていた分も分割して損金に出来ますから、法人税の節税ができます。」とここまで話して、花子さんが出してくれた有馬焼の茶碗の熱い玉露を一口すすりました。


 「ただ、この長期平準定期保険には満期保険金がなく、解約返戻金かいやくへんれいきんもこのように徐々に少なくなってきます。」


 「ですから、解約返戻金が多いうちに解約して、他の保険商品に変えられてはいかがかと思います。」


と、用意してきた台詞を全て言い切ってホッとしたのが顔に出ています。


 「で、何に変えるのがお勧めなんや?」


と、川西達郎が問い返すと、


 「えっと、それは、調べて持ってきます。」


と、急に慌てた声になりました。


 「なんや、それを用意して来なあかんやんか。」


 恭太くんが慌てて帰ろうとするのを、お茶だけは全部飲めよと引き留めました。恭大くんは美味しそうに玉露を飲みきって再訪の約束をして帰りました。


 「お父ちゃん、私うらやましいわ。」


と、花子さんが川西達郎に悲しそうに言います。


 「宇治田さんの息子さん、あんなにしっかりしてやるやん。なんでうちの子だけ、あかんねやろ。」


 二人はその晩は特に寂しい夕食に感じるのでした。

【解説】

・長期平準定期保険


 生命保険の中で保険料が割安なものの代表は「定期保険」です。これは契約時から予め定めた満期までの期間中における死亡又は高度障害の保障を目的としていますが、満期保険金はなく、途中での解約返戻金もほとんどありません。


 一方、「長期平準定期保険」は50年以上とか100年とかの長期期間も設定でき、経営者の退職金や死亡時の事業資金対策で解約返戻金を充当できる保険商品としてメリットがあるのです。平準とされているのは、保険金額が保険期間中増減しないためです。もちろん、役員や従業員に利用も可能です。ちなみに窯元清和は法人にされています。


 この場合、保険契約者を法人とし、被保険者を法人代表者、役員、従業員とし、死亡保険金受取人を法人として契約した場合の税務上の取り扱いは以下の通りです。ただし2019年に保険の税制改正がされましたが、2019年7月7日以前に契約されていた保険は従来のルールが適用されますので、以下は改正前に契約された保険の会計処理です。


1.保険期間の前半6割相当期間については、保険料の半分を損金計上(科目:定期保険料)、残り半分を資産計上(科目:前払保険料)とします。


2.保険期間の後半4割相当期間については、保険料の全額を損金計上(科目:定期保険料)、前半で資産計上した前払保険料を残りの4割の期間で均等に分割して損金計上(科目:定期保険料)


 損金に計上した分は会社の売上から控除されますから、法人税の減税につながります。


 この保険は満期まで生存していると満期金がありませんから、積立配当金のみとなり損をします。しかし、解約返戻金は一定しません。契約時より少しずつ増えていき、ピークの時点(ほぼ契約期間の3分の2を過ぎた頃)から減少に向かって満期時には0となります。


 宇治田保険さんは、川西達郎さんが長男に事業承継し引退する予定の65歳頃に解約返戻金がピークになるように契約期間を46歳から30年間に設定したんですね。窯元清和はこれにより法人税を節税しながら、川西達郎さんの退職金を準備していたのです。


 なお、引退して退職金として受け取る場合は川西さん個人の所得税として課税されますが、退職一時金の課税はかなり優遇されますので少ない負担で済みます。しかし後継者問題でまだ引退できない場合は、短期の一時払い養老保険に乗りかえる方法があります。


 また、従業員の方向けの死亡保障に「総合福祉団体定期保険」もよく利用されています。


 なお、2019年の保険税制改正後の会計処理については下記国税庁サイトをご参照下さい。


 「法人が支払う長期平準定期保険等の保険料の取り扱いについて」国税庁

 https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kobetsu/hojin/870616/01.htm

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