第2話 特別
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灰咲さんのことが気掛かりではありながらも、日常に支障をきたさずに過ごすことができていた。
三日前にバイト先に駆け込んで灰咲さんと会って以降、彼女の姿を確認する度に安堵する日々が続いている。
逆に言えば、気掛かりが解消されていない証拠でもある。
運がいいことにシフトが被っていて毎日顔を合わせることができているが、会えない日があったら気掛かりに押し潰されて日常に支障をきたしてしまうかもしれない。
正直、なんでこんなに灰咲さんのことが心配なのか自分でもわからない。
いくら友達だからといっても、一日中、彼女のことを考えてしまうほど気になるのは腑に落ちない。
しかもつい最近、知人から友達に格上げされたばかりの相手だ。
友達に格差はないと綺麗事を述べたいところだが、昔から付き合いのある親友や、関係値の深い相手と比べると、どうしたって重要度は下がってしまう。
元カノのことですら付き合っていた当時、一日中考えていることなんてなかった。
だからこんなに灰咲さんのことばかり考えている自分に正直戸惑っている。
事情が事情だからというのもあるだろう。
ポジティブな理由ではなく、ネガティブな事情が原因だから気になって仕方がないのかもしれない。
灰咲さんが女性だから尚更だ。
男だったら同じ理由でもここまで心配にはならなかったはず。
色恋が理由で灰咲さんのことを考えてしまうなら浮ついていられた。
だが、そんな浮ついた気分になれる理由じゃないから、余計に戸惑ってしまう。
俺の中で、灰咲さんのことがそれだけ重要な人物になっているのかもしれない、と思いもした。
しかし、俺はそんな簡単に人に心を開くタイプじゃないし、恋に落ちやすいタイプでもない。
もしかしたら灰咲さんは〝特別〟なのではないか? と考えもしたが、恋愛的な意味では違うと否定できる。
灰咲さんが別の人と恋仲になった様子を想像しても嫉妬心は湧かないし、素直に祝福できると思ったからだ。
なら友達として? と考えても、そんなすぐに特別な親友になるほど単純な性格ではないから、首を左右に振って否定する結論に行き着く。
世の人々は普通、友達になって日の浅い相手が灰咲さんと同じような状況になったら、俺みたいにその人のことを一日中考えてしまうものなのだろうか?
――ダメだ。いくら考えても答えは出ない。堂々巡りである。
まあ、灰咲さんみたいにドラマのような状況に陥っている人に初めて出会ったから、非日常感に困惑しているだけかもしれない。
灰咲さんの問題が解決しなくても、時間が経てばそのうち気にならなくなるかもしれない。
だから考えるだけ無駄であり、今はただ単に心配して安心するというサイクルを繰り返すしかないのかもしれない。
それに灰咲さんのことが気掛かりな毎日に悪い気はしない。苦労している灰咲さんには申し訳ないが、むしろ充実している。
こんなに誰かのことを考えるのは、なかなかあることじゃない。少なくとも俺には初めての経験だ。
できればポジティブな理由で思考を支配されたいが、ネガティブな事情でも充足感を覚える。
不謹慎ながら非日常感にワクワクしているのだろう。だから悪い気はしないのだ。
もちろん、純粋に灰咲さんのことは心配している。そこは勘違いしないでほしい。
思考の大部分を心配が占めているから、ワクワクはちょっとしたスパイスにすぎない。
灰咲さんだからこそ、一日中考えてしまっているというのもある。ほかの人だったら、こんなに気になることはないはずだ。
あれこれ考えて戸惑いの原因を探っているが、結局のところは俺の中で灰咲さんの存在が大きくなっているということなのだろう。――一日中考えてしまうくらいには。
友情的な意味なのか、色恋的な意味なのか、それは自分でもわからない。
でも一つだけ間違いないと断言できるのは、レジで客の対応をしている灰咲さんを眺めていると、俺の中で彼女は〝特別な人〟になりつつある、と自然と自覚してしまったことだ。
一度自覚するとストンと腹落ちするものがあり、なぜ灰咲さんのことが気掛かりで仕方なかったのか理解できた。
どういう意味の〝特別〟なのかはまだわからない。
それでも、この感情と関係を大事にしようと思えるくらいには、〝特別な人〟なのだ――。