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ヤニ吸う彼女とナニをする?  作者: 雅鳳飛恋
第五章 ヤニ吸う彼女と解決する

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第3話 続・フラグ

「これが結婚指輪です。夫婦の証です」


 深々と溜息を吐きたいところだが、我慢して左手の甲を翳した。

 すると、棗さんも左手の甲を大須賀に見せつけた。右腕は俺の左腕を抱いたままだ。


「んなもん証拠にならねぇよ! 俺を騙すための仕込みかもしれねぇだろ!」


 う~ん、それはそう。

 指輪だけじゃ証拠にはならないよなぁ……。


 しかも現状は形だけの夫婦だから、大須賀の指摘はあながち的外れではないっていうね……。


「そもそもあんたに認められる必要なんてないんだけど? 何様のつもりなのか知らないけどさ」


 痛いところを突かれて返す言葉に困っていると、棗さんが棘のある声で反撃してくれた。


「はあ!? 俺は俺だ。お前のほうこそ何様なんだよ! お前は俺の物なのに、なんでほかの男に媚びてんだよ!! 浮気は許さねぇぞ!!」

「いやだから、棗さんは物じゃないって何度言えばわかるんですかね?」


 大須賀は今にも食ってかかる勢いだが、対して俺はどんどん冷めていく。


 棗さんの扱いも、人の話を聞かないのも、自己中心的なのも許せない。とにかく、全てが気に食わない。もう口を開かないでほしい。ただただ不快だ。


「それに彼女はあなたの恋人でも妻でもありません。浮気なんて失礼なことをほざくのはやめてください。妻の名誉を傷つけるなら、俺が許しませんよ」

「偉そうに説教してんじゃねぇ!!」

「偉そうにってのは、こっちのセリフです。妻に手を出すなら弁護士を雇って訴えますよ」


 逆上する大須賀に怯むことなく正論をぶつける。


「それと、これ以上、妻に付き纏うなら警察に通報します」


 こうなったら、反論する間もないほどの弁舌で畳み掛けてしまえ。


「あなたは納得しないかもしれませんが、客観的に見て正しいのはこちらです。どう足掻いてもそちらに天秤が傾くことはありません」


 なんなら付き纏っているのを抜きにしても、棗さんに暴力を振るっていた時点で暴行罪か傷害罪が適用されるからな。――現時点では証拠がないから立件はできないかもしれないけど。


「足掻くのは自由ですが、結果は見えているのでおすすめはしませんよ。あなたの名誉に傷がつくだけなので」


 人妻に手を出したという不名誉なレッテルを自分で貼ることになるし、女性に粘着するストーカー野郎として前科が付く可能性もある。


 世間体や外面を気にする大須賀にとっては、耐えがたい烙印だろう。


「俺と彼女が夫婦だということを信じるも信じないもあなたの自由です。ただ、俺たちはちゃんと夫婦だと伝えました。それでも引き下がらないなら、あなたは自滅するだけです。非はそちらにあるわけですから」


 そこまで言い切った俺は左腕を棗さんの細い腰に回すと、優しく抱き寄せた。

 突然のことに一瞬目を見開いた棗さんに顔を近づける。


 すぐに平静を取り戻した棗さんの惹きつけてやまない妖艶な唇に、自分の唇をそっと重ねた。棗さんの潤った唇は癖になる弾力がある。


 許可を取らずに勝手にキスをしてしまったが、棗さんに嫌がる素振りはない。突き放そうともしない。


 受け入れられたことに安堵し、幸福感が増していく。

 ムードもへったくれもない彼女との初めてのキスは、タバコの味がした――。


 いつまでも口付けしていたいところだが、理性をフル動員して唇を離す。非常に名残惜しいが、大須賀に追い打ちをかけるためには仕方がない。棗さんのためならそれくらいいくらでも我慢してやる。


「これが一目でわかる夫婦の証です。彼女が誰とでもキスをする女じゃないことは、誰よりもあなた自身が知っているはずですよね?」


 複雑な気分だが、棗さんのことは俺よりも大須賀のほうが詳しいはずだ。棗さんと一緒に過ごした時間は大須賀のほうが長いから。


 まあ、大須賀のことだから棗さんの為人ひととなりをちゃんと理解しているかは怪しいところだけども……。どうせ自分に都合良く解釈しているに違いない。


「どうします? 俺たちが嘘を吐いている可能性に賭けて、一か八かの勝負に出てみますか?」


 大須賀の負けが決まっている賭けだけどな。


 いっそのこと賭けに出てくれてもいい。自ら破滅してくれるわけだし。


「……チッ、クソッ! わかったよ。俺が妥協してやればいいんだろ!? 間男なんかに誑かされるクソビッチなんかこっちからお断りだ! お前なんか捨ててやる! 俺に捨てられたこと、絶対後悔するぞ!!」


 声を荒らげる大須賀はそう吐き捨てると、踵を返して逃げるように去っていった。

 もっと粘ると思っていたが、案外あっさりと引き下がったな。長期戦になるのを覚悟していたから、ちょっと拍子抜けだ。


 不名誉なレッテルを嫌ったのか、棗さんが自分以外の男とキスしているところを見てショックを受けたのかはわからない。

 理由なんてどうでもいい。今後一切、棗さんに関わらないでくれるのなら些細なことだ。


 それにしても凄い捨て台詞だったな……。

 醜いというか、幼稚というか、見苦しいというか、滑稽というか……。


「プライドたっけぇなぁ……」


 思わず本音が漏れてしまった。


「未だに自分が悪いとは思っていないんだろうね。だから私と密君を悪者にする」

「しかも捨てられた側なのに、自分が捨てたことにする始末ですし……」

「そうしないと自尊心を満たすことも、プライドを保つこともできないんだよ」

「厄介な性格ですね」

「ほんとにね……」


 大須賀の捨て台詞に呆れ果てた俺たちは、揃って肩を竦めた。


「なんか、ごめんね。密君まで暴言吐かれちゃって……」

「気にしないでください。棗さんが悪いわけじゃないんですから」


 棗さんに非は一切ないから謝る必要なんてない。


「それに夫として妻を守るのは当然のことです」

「ふふ、ありがとう」


 やっと棗さんに笑みが戻った。

 大須賀と対面してからずっと表情が硬かったからなぁ……。トラウマが蘇るだろうし、無理もないか。


 やっぱり、棗さんの笑みにはついつい視線が吸い寄せられる魅力があるな。普段のクールな印象とのギャップがあるから惹きつけられるんだろうなぁ。


「俺のほうこそ、いきなりキスしてしまって申し訳ないです……」

「それこそ夫婦なんだから当たり前のことでしょ?」


 そう言って艶笑を浮かべる棗さんは――


「それに嬉しかったし」


 と、続けた。


 憑き物が落ちたような晴れやかさと、少女のような可憐さと、夫を魅了するような蠱惑的な笑みが合わった表情が、脳裏に焼き付いて離れそうにない。


「――さ、帰ろう」


 なにも言わずに見惚れていた俺の手を取った棗さんはそう口にすると、先導するように歩き出す。


 背後からチラッと見えた棗さんの顔が赤くなっていたような気がした――。


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