第1話 土曜日
今週もまた週末がやって来た。
本来なら休日の到来に喜ぶところなのだが、俺にとっては――いや、俺たちにとっては、より気を張らなくてはならない期間だ。
金曜、土曜、日曜は、棗さんの元カレの大須賀がやって来る可能性が高くなる。特に今日のような土曜日は一番警戒しなくてはならない。
大須賀が来るとしたら、金曜は仕事終わりになるし、日曜は翌日に仕事が控えている。なので、最も身軽に動ける土曜日に来る可能性が高い。
俺と棗さんにとっては、一番訪れてほしくない曜日になってしまっている。
幸いにも今日のシフトは棗さんと被っているから、彼女を一人にしないで済む。
「――密君、帰ろう」
午後四時過ぎ、バイトが終わって帰り支度をしていた俺のもとへ、棗さんがやって来た。
「今日は来ませんでしたね」
大須賀が来るかもしれないと警戒していたのだが、徒労に終わった。
「来ないなら来ないで助かるけど、警戒している分、余計に気疲れするね」
溜息交じりにそう口にする棗さんは肩を竦めるが、無理もない反応だろう。
ただでさえ普通に働いているだけでも疲れるのに、余計な心労まで掛かるのだ。
今の状況がこの先も続くのかと思うと気が滅入る。
いっそのこと、さっさと来てくれないかとすら思ってしまう。来てくれないことには、問題を解決することもできないから。
完全に棗さんのことを諦めさせることができたら、警戒する日々から解放される。
来てほしくないけど、来てほしくもある――そんな二律背反する感情に振り回されて、雁字搦めになってしまう。
「もしかしから、この後、来るかもしれないですけどね。その時にはもう俺たちはいないから無駄足になりますが」
店はまだ開店中だが、俺たちはもう帰る。仕事は終わっているから。
「なんなら無駄足になってほしいくらいだけどね」
「確かに、そのほうが多少は溜飲が下がりそう」
「私たちは本来なら必要ない警戒をして気疲れしているんだから、元凶が無駄骨で終わるくらいの結果を味わってくれないと割に合わないよ」
少しくらい大須賀の不幸を願っても罰は当たらないだろう。
そもそも自分から不幸に飛び込んできているわけだしな……。
とっくに振られている相手にいつまでも執拗に付き纏っているわけだから……。
むしろ、不幸なのは棗さんのほうだ。
本当に早く魔の手から解放してあげたい。
「密君まで巻き込んでるから、二人分の業を背負ってほしい」
「俺の分は別にいいんですけど、それよりもあの人が過ちを認めたり、自責の念に駆られたりする姿なんて想像できないなぁ……」
大須賀は自分に非があるとは思っていないし、反省する性格でもない気がする。
以前、対面した印象だと、棗さんが絡むと狷介な性格が顕著になるみたいだし。
本当に外面がいいエリートなのか? と疑いたくなる。
眉唾物くらいに思っておいたほうが、いざという時に騙されないで済みそうだ。――まあ、俺たちには本性があらわになっているから、今さら驚くことも騙されることもないが。
「罪の意識を持ってくれないのは歯痒いなぁ……」
罪悪感に苛まれることなく、のうのうと生きていく大須賀の姿を想像しただろう棗さんは、渋面になってしまった。
渋い表情になっても、美人は美人のままなんだなぁ~。
整った顔立ちって、なんでも絵になるんですね……。
そんな人が俺の嫁って、改めて考えると分不相応な気がしてきた……。
「まあ、縁を切れるだけでも儲けもの程度に考えておいたほうが気が楽だよね」
「欲張るといいことないですしね」
元凶を恨む気持ちは尊重したいが、できれば棗さんにはドス黒い感情を持たないでほしい。
別に清廉潔白でいてほしいわけじゃない。ただ、嫌な思い出を抱えて今後も生きてほしくないだけだ。
過去は変えられないとしても、せめて明るい気持ちで前を向いてほしい。
だから大須賀との縁を切れたら、恨んだり不幸を願ったりすることなく、解放された未来への展望に期待を膨らませてほしい。
所詮、これは俺のエゴにすぎない。
自分のエゴを押しつけるのだから、その分、俺がちゃんと棗さんを幸せにする。
ドス黒い感情なんて湧いて来ないくらい、大須賀のことなんて忘れられるくらい、俺が幸せにする。
それが夫としての務めだと思うから――。




