第2話 続・日常
◇ ◇ ◇
「――こんなもんでいいかな」
帰宅した私は、スーパーで買った食材を使って夕食の支度に取り掛かった。
それがちょうど今、完成したところだ。
現在の時刻は、午後七時前。
密君から十九時頃に家に着くと連絡があったから、そろそろ帰ってくるはず。
いつも私から訊かなくても、彼のほうから連絡してくれるんだよね。だから夕食の支度をする時間の目安がわかるから助かっている。こういう細かな気遣いができるところも彼の魅力。
密君も料理をする人だから、作り手の気持ちがわかっているんだろうね。
そんなことを思っていると、家の鍵をガチャと解錠する音が鳴った。
どうやら密君が帰ってきたみたい。
「――ただいま」
「おかえりなさい」
帰宅した密君を出迎えると、彼は「いい匂いがする」と呟いた。
「夕飯、できてるよ」
「ありがとうございます」
靴を脱いで部屋に上がる密君。
「すぐ食べる?」
「出来立てですか?」
「うん」
「なら食べます」
「わかった。今、テーブルに並べるから、ちょっと待っててね」
「なら、その間に風呂沸かしときます」
本当に密君は気遣いが抜かりないなぁ。
密君は、帰宅したらすぐにシャワーを浴びることが多い。
だけど、出来立ての料理があったら、先に食事を優先してくれる。せっかく作ってくれたのだから温かいうちに、と。
温め直す手間を考慮してくれるところに優しさを感じる。
これも料理をする人だからこその配慮なんだろうね。
元カレだったら絶対にあり得ないことだった。
「今日はお風呂沸かすんだね」
「そういう気分なんですよ」
密君はシャワー派だ。
だから普段はシャワーで済ませることが多い。
斯く言う私もシャワー派なんだよね。
静岡にいた頃はお風呂に入るのが当たり前だったんだけど、東京に来てからはお湯を張るのがもったいなくて、シャワーで済ませることが多くなった。節約してたからね……。
今ではそれが習慣になり、すっかりシャワー派になってしまったのだ。
「美味そうだな……」
ローテーブルに料理を運んでいると、密君が浴室から戻ってきた。
「座って待ってて」
「ありがとうございます」
前までの密君なら、気を遣って「俺も手伝います」と言っていたと思う。
彼が気を遣ってばかりじゃなくなったのは、距離感が縮まったみたいで嬉しい。お客様じゃなくなったんだな、と実感できるから――。
「――お待たせ」
料理を全てローテーブル運んだ私は、密君の対面に腰を下ろす。
「簡単な物で悪いけど」
「いやいや、十分、豪華ですよ」
今日の夕食は、鮭のムニエル、なすの煮びたし、だし巻き卵、冷奴、なめこのお味噌汁、きゅうりと白菜とにんじんの浅漬け、五目炊き込みご飯だ。
「棗さんって、和食が得意なんですか?」
「母が和食中心の人だったから、その影響かな」
いつも和食ばかり作っているから、得意だと思われたんだろうなぁ~。――まあ、ムニエルはフランス発祥の料理だけど。
「こんなこと言ったら失礼かもしれないですけど、なんか意外ですよね」
「そう?」
「なんかこう、ギャップがある」
そ、そうかなぁ~?
「バンドマンみたいな、ロックな見た目からは想像がつかないというか……。まあ、完全に偏見なんですけど」
「いや、まあ、言いたいことはわかるかも」
自分を客観視したら、なんとなく腑に落ちてしまった。
「洋食とかのほうがイメージがつきやすいから、ちょっと意外に思ってしまった」
「ギャップ萌えってやつかな?」
「このギャップ萌えは好物です」
「ふふ、なに言ってんの」
真面目な顔で冗談を言う密君がおかしくて、自然と鼻を鳴らしてしまう。
「和食好きだから棗さんと結婚して良かった」
「密君も和食作るでしょ?」
美味しい手料理を振舞ってくれるもんね。
「作りますけど、和食は棗さんのほうが上手いから」
密君が作った和食も美味しいけどなぁ~。
「まあ、単純に俺が棗さんの作った料理が好きって話ですよ」
「ふふ、ありがと」
そう思ってもらえるのは、作った甲斐があるってもんだよね。
そんなに手の込んだ料理じゃないけど、喜んでもらえるのは素直に嬉しい。また頑張って作ろうかなって気になる。今度はもっと手の込んだ料理を――ってね。
「さ、冷める前に食べちゃお」
私がそう促すと、密君は「ですね」と頷いた。
「それじゃ――」
密君がそう呟いたのを合図に、私たちは「「いただきます」」と同時に口にした。
◇ ◇ ◇
夕食を終えた後、私たちは順番にお風呂に入った。
今は二番風呂を頂いた私がちょうど上がったところだ。
脱衣所から出て、少し湿った髪を掻き上げたら、読書に興じている密君の姿が目に映った。
読書に集中しているからか、私がお風呂から出たことに気づいていない。ドライヤーを使ったのに。
これはいつもの光景だ。
密君は家にいる時、だいたい本を読んでいる。
本を読んでいない時は、パソコンで動画か配信を観ているか、大学のレポートをやっているかだ。後はアニメを観たり、バスケの試合を観たりかな――特にNBA。
そんな彼の姿を横目に、私は冷蔵庫から缶ビールを取り出す。
プシュッ! と音を鳴らせて缶ビールを開けると、ゴクゴクと喉を潤すように呷る。
キンキンに冷えたビールは、お風呂で上がった体温を内側から下げていく。
缶ビールを片手に本棚の前へ移動すると、前から気になっていたライトノベルを手に取る。
「――これ、読んでもいい?」
本を見せながら尋ねると、この時になってやっと密君は私に目線を向けた。
多分、私がお風呂から上がったのは気づいていたはず。いろいろ音がなっていたし、本棚の前に移動するのに密君の隣を通ったから。
「いいですよ」
チラッと私の手にある本を確認した密君はそう一言口にすると、すぐに読書を再開した。
持ち主の了承を得た私はローテーブルに缶ビールを置くと、ソファに座っている密君の隣に腰を下ろす。
最近は密君の影響でライトノベルを読むようになった。彼の好きな物を知りたいと思ったから――。
今までは縁がなかったジャンルだけど、これが読んでみると新鮮でおもしろい。
彼の本棚にはライトノベル以外にもいろんな小説がある。もちろん、マンガもある。
彼のことをもっと知りたいと思って始めたことだけれど、私はこの時間が好きだ。
しんと静まり返った部屋で、二人並んで本を読む。
元カレといた時ではあり得なかった落ち着いた時間が、安心感と幸福感を与えてくれる。
安心して彼に身を任せられるからか、自然と身体の力が抜けていって、実家にいる時のような感覚で過ごすことができる。
だから、このなんの変哲もない日常が、私には尊い時間になっていた――。




