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ヤニ吸う彼女とナニをする?  作者: 雅鳳飛恋
第三章 ヤニ吸う彼女と抵抗する

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第6話 続々々・営業妨害

「……いやはや、二人とも、災難だったね」


 俺たちに向き直った店長の労いの言葉が胸にみる。


「お騒がせして申し訳ありませんでした」


 俺よりも深くみているであろう灰咲さんは、店長に深々と頭を下げた。


「灰咲さんは悪くないよ。なにがあろうと店で騒ぐほうが非常識だからね」

「……そう言っていただけると助かります」


 灰咲さんは面目丸潰れだろうなぁ……。

 彼女も巻き込まれただけなのに、責任を感じてしまうよなぁ……。


 大須賀の野郎もあんなに騒がなくたっていいだろうに。

 探しに来たのは仕方ないとしても、灰咲さんの顔を潰すようなことはしてほしくなかった。


 それだけで大須賀が灰咲さんのことを愛していないのがわかる。――いや、愛しているのかもしれないけど、大須賀のは偏愛だ。


 愛しているならもっと灰咲さんのことを配慮すべきなのに、終始恣意的だった。


 俺は愛について語れるほど偉くも経験豊富でもないが、大須賀に関しては間違っていると断言できる。

 あれが間違っていないのなら、愛なんてクソ食らえだ。


「――それじゃ、私は仕事に戻るよ。二人も落ち着いてからでいいから、仕事に戻ってね」


 胸中で大須賀への文句を垂れ流していると、安心させるような柔和な笑みを浮かべた店長がそう口にした。

 俺と灰咲さんが揃って「はい」と頷いたら、颯爽と仕事に戻っていった。


 その後ろ姿を眺めながら、やっぱり店長はかっこいいなぁ、と思っていると――


「――獅子原君もごめんね」


 灰咲さんが申し訳なさそうに頭を下げてきた。


「殴られたの、大丈夫だった?」


 心配そうに俺の頬に手を添える灰咲さん。

 思ったよりも冷たい手だ。


 強がっていてもやっぱり怖かったんだろうな。

 緊張もあっただろうし、手が冷たくなってしまうのは無理もない。


「大丈夫ですよ。受け止めましたから」

「良かった……」


 灰咲さんを安心させるように頬に添えられて手に左手を重ねると、彼女はホッと胸を撫で下ろした。


「ほんとにごめんね」

「店長も言っていたように、灰咲さんが悪いわけじゃないので気にしないでください」

「でも、私が引き寄せたようなものだから……」

「話には聞いてましたけど、予想以上にぶっ飛んだ人でしたね……」

「あんな人と付き合っていた自分が恥ずかしいよ……」


 過去は消すことも変えることもできないから、全て受け入れて背負っていくしかない。


「別に恥ずかしがることはないですよ。過去を受け入れて前を向いているんですから、むしろ誇っていいくらいです」

「……ありがとう。その言葉に救われるよ」


 眉尻を下げる灰咲さんは、申し訳なさそうな雰囲気を残しながらも微笑を浮かべる。


「それに助けてくれてありがとね」

「助けになったのなら良かったです」

「お陰でアイツに言い返すことができたよ」

「堂々としてましたもんね」

「はは……」


 空笑いしながら頬を掻いた灰咲さんは、「あれは獅子原君がそばにいてくれたからだよ」と続けた。


「そうなんですか?」

「うん、そうだよ。一人だったら過去の記憶が蘇って萎縮していたと思うから……」


 思い出したくもない過去だろうし、怖くて当然だ。

 せっかくしまい込んでいた恐怖心が、元凶の男と対面したことで掘り起こされてしまうのだから、本当に災難だよな……。


 逃げてもおかしくないのに負けずに立ち向かったのだから、心の底から尊敬する。


「頼れる人がそばにいるのって、こんなに力が湧いてくるものなんだね」

「拠り所があると、精神的に余裕が生まれるんでしょうね」

「その拠り所が獅子原君で良かったよ」

「なんか、こそばゆいですね……」


 助けになれたのは嬉しいが、そんなふうに言われると気恥ずかしい。


「今回はなんとかなりましたけど、あの様子じゃまた来そうなので対策を考えないといけないですね」


 照れ臭くて居た堪れなかったので、懸念点を口にすることで強引に真面目な雰囲気を作り出した。


「そうだねぇ……。どうしたものか……」


 悩ましげな表情になった灰咲さんは、「ほんと頭が痛い」と溜息交じりに呟く。


「逃げてもまた追って来るだけだろうし、ちゃんとケリをつけないと意味ないんだろうなぁ……」

「逃げるのも一つの手だとは思いますけど、個人的にはちょっと寂しいですね」

「私も獅子原君と離れるのは寂しいから、できれば逃げるのは避けたいかな……」


 どうやら灰咲さんも同じ気持ちだったようだ。

 寂しいと想ってくれるのは素直に嬉しい。


 だが、気を抜くと勘違いしてしまいそうになる。

 色恋的な意味じゃないことなんてわかっているけど、俺と離れるのは寂しいなんて言われたら自惚れてしまうじゃないか。


 先に寂しいって言ったのは俺のほうだから、それに合わせて返してくれただけだろうし、友達としてって意味だということもわかっている。


 それでも浮かれた気分になってしまいそうになるのだから情けない。

 前も同じようなことを思ったような気がするが、これが男のさがってやつなのだろうか……?


「また、両想いだね」


 そうやってまた勘違いしそうになることを平然と口にする灰咲さん。


「前も言いましたけど、それだと違う意味合いになりませんかね……?」

「同じ気持ちなんだから両想いで間違ってないでしょ?」

「それはそうなんですけど……」


 首を傾げる灰咲さんに見つめられて言葉に詰まってしまう。

 妙に説得力があるのはなぜなのだろうか?


「だから離れなくて済むように、なにか手はないか考えるよ」

「……俺も考えておきます」

「ありがとう。とりあえず、今は仕事に戻ろう」

「そうですね」


 対策について話し合いたいところだが、今は仕事中だ。

 大須賀のせいで仕事を放り出して来てしまったし、ちゃんと自分の務めは果たさないといけない。給料泥棒にはなりたくないからな。


「それじゃ、俺も仕事に戻ります」

「うん。私も戻るね」


 そう言ってお互いに踵を返したが――


「――獅子原君」


 向き直った灰咲さんに呼び止められた。

 振り返ると――


「本当にありがとうね」


 俺が返事をする前に灰咲さんがそう口にした。


 先程までの、申し訳なさの残る「ありがとう」ではなく、陰りが一切ない笑顔での「ありがとう」だった。


 クールな灰咲さんが普段見せることのない少女のような表情に、つい見惚れてしまう。


 目を離すことができない。

 自然と視線が吸い寄せられる。

 否応なく引き寄せられる。


 テレビで観るようなアイドルなんて比較にならないほど、魅力的な姿だった。


「――それじゃ、今度こそ仕事に戻るね」


 その言葉に我に返った俺は、呆然と立ち竦んで離れていく灰咲さんの後ろ姿を眺めることしかできなかった。


 一瞬の出来事のはずなのに、時間が止まったように長く感じられて、夢の世界に閉じ込められているような感覚に陥ってしまった――。


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