5 脳だけ異世界ログイン事件 γ
「ええええええええええええええ!?!?!?」
祐真とつぐみが、声を揃えて叫んだ。
目の前に広がるのは、どこか懐かしい、でもちょっとおかしなリビング。
テレビには“笑ってはいけない異世界24時”の映像、机の上には謎の炊飯器、そして部屋の中央には、巨大な観音開きの冷蔵庫がそびえ立っていた。
『いらっしゃいませ。こちら、最終ステージ直前の“試練ルーム”でございます』
「なんでホテルみたいな口調なんだよ!?」
観音開きの扉が、ゆっくりと開く。
中から出てきたのは――ネクタイを締めた冷蔵庫。
いや、人型冷蔵庫だった。両腕が生えていて、顔はタッチパネル。
「我こそは、試練の支配者。“保存神フリーザ”。この世界における“真実のツッコミ”を司る者だ」
「名前、さっきよりアウトになってるよね!?」
『最終試練は――“相互不満解放”でございます』
「……えっ?」
パネルに表示された文字を、つぐみが音読する。
《恋人同士は、お互いに“本音の愚痴”を言い合わなければ、現実に戻ることができません》
「なにそのデスゲームみたいなルール!!」
「え、ちょ、祐真くん……愚痴って……そんな……」
「いや、俺だって……言いにくいよ……」
『なお、愚痴が甘すぎる場合は“強制シャットダウン”され、再ログインになります』
「スパルタぁぁぁあああああ!!!!」
つぐみは深呼吸した。スライム姿のまま、ちょっとだけ膨らんで、縮んで、また膨らんで。
「じゃ、じゃあ……私から言うね」
「うん」
「祐真くん、服のセンスが……絶望的に、ダサいです!!」
「そ、それは……母親が選んでくれたやつなんだけどォォ!!!」
→ 冷蔵庫が開く。「感情の熟成度、80%。OK」
「熟成てなんだよ!! 魚か!!」
祐真、息を整える。
「じゃあ……次、俺だな……」
「うん、いいよ……」
「つぐみ、お前……部屋に謎のメモ貼りすぎ!! 『洗濯物は裏返すな』って毎回書くな!!!」
「だって裏返されると干すの大変なんだもん!!!」
→ 冷蔵庫「愚痴エネルギー、MAX! 開放率100%!」
すると、部屋中にピンク色の泡が吹き出した。
天井からは“ラブコメ試練突破”の垂れ幕が降りてきた。
『おめでとうございます。これにて異世界ログイン試練、全行程を完了しました』
「え、これで終わり!? まさかの本音ぶちまけで終わり!?」
「なんか……青春だね」
「どのへんがだよ!!!」
祐真とつぐみの身体が、徐々に光に包まれていく。
『転送シーケンス、起動――現実世界へ復帰します』
「うわ、ちょ、なんか眩しい!?」
「またね、スライムボディ――」
一瞬、二人の視界が真っ白になった。
そして――
◆ 現実世界:目覚め
つぐみは、ベッドの上で目を覚ました。
「ん……」
目を開けると、見慣れた天井。
枕の匂い、隣から聞こえる微かな寝息。
「……祐真くん?」
その声に反応するように、ベッド脇の椅子で寝ていた彼が目を開けた。
「……お、おかえり」
「……ただいま」
ふたりは、しばらく黙って見つめあって――
「ねえ祐真くん」
「ん?」
「服のセンス、やっぱり変えてくれる?」
「うるせぇ!!!」
〜〜
「それじゃ、つぐみさんに――こちらを」
翌朝、目を覚ましたつぐみに、祐真が差し出したのは一枚の白い封筒。表面には、達筆な筆文字でこう書かれていた。
『感謝状』
「……なにこれ」
「冷蔵庫から届いてた。ポストに突き刺さってた」
「ツッコミどころが満載すぎるんだけど!?」
つぐみが恐る恐る封を開けると、中には煌びやかな金箔の賞状用紙が入っていた。内容は以下の通り。
感謝状
共鳴者 つぐみ殿
あなたは第77回異世界ツッコミ補完計画において
数々の“ボケ破壊”と“愛ある罵倒”を成し遂げられました。
その貢献はツッコミ連盟、ならびにユメ界全土の安定に多大なる影響を与えました。
よってここに、その功績を称えます。
――冷蔵庫より愛を込めて
「いや、書き手冷蔵庫かよ!!!!」
「しかも“愛を込めて”て!?」
「いやでも……なんか、うれしいね……」
と、感傷に浸る間もなく――部屋の天井に、またしても奇妙な“ヒビ”が入る。
「うそでしょ!? まだ続くの!?」
祐真が振り向いた時、ベッドが唐突に喋りだした。
『お目覚めですか? それでは第2期・精神共鳴ルートを開始します』
「おまえは誰だァ!!?」
『私、“ベッド=バインディングVII世”と申します。次なる異世界の鍵でございます』
「鍵が喋るなーーーッ!!!」
天井の亀裂が広がり、そこからまた“ログイン用スライムボディ”がぷよぷよ降ってきた。
「え、ちょっと待って待って待って!! 私、もう戻ったんじゃなかったの!?!?」
『今回は“日常生活に溶け込んだ異世界トレーニング”形式となっております』
「異世界どこいったァ!!!」
祐真がベッドを蹴る。
「この家のインテリア、8割くらい喋ってないか!?」
「むしろ残り2割も油断できないかも……」
ふたりは顔を見合わせ、どちらからともなく吹き出した。
「……もうさ、なんかツッコむ気も失せてきたよね」
「……でも、祐真くんがいてくれるなら、どこでもいいや」
「それ、惚気としては100点だけど状況最悪だぞ?」
「じゃあ、今日も一緒に……異世界行こうか」
「日常が壊れとるーーーー!!!!」
そして、その夜。
つぐみの部屋の片隅には、感謝状がきれいに額縁に入れられて飾られていた。
下には手書きで、こう添えられていた。
『また来てね♡』
終わらない世界。続いていくログイン。ただもうしばらくは来ないだろうね。
ふたりのツッコミは、今日も愛と共に炸裂する。
前に出てきたフラグを一瞬で回収していくスタイルでお送りいたしました。
ブクマと⭐︎5評価ついでにお願い(はーと)\^_^/