4 脳だけ異世界ログイン事件 β
風が吹いていた。
だが、ただの風ではなかった。砂金のようにきらめく粉塵が空中に舞い、鼻腔をくすぐる香りには“チョコモナカジャンボ”のような甘さがあった。
「ここどこ……?」
スライムの姿でとことこ歩くつぐみが、頭上を見上げた。
巨大な空中城が、常識をねじ曲げるように逆さに浮かんでいた。建物はピンクと金色に染まり、看板には大きくこう書かれていた。
『ようこそ! 魔王パラドクス様のハピネス玉座へ!』
「絶対まともな魔王じゃないだろこれ!!」
祐真が絶叫するよりも早く、空から“何か”が落ちてきた。
ドゴォォォン!!
着地と同時に地面が割れ、まばゆい爆煙が視界を奪う。
「……こ、これが……魔王……?」
煙のなかから現れたのは、肩幅広すぎ、マントふわふわ、髪は銀髪でおでこにでっかく「M」と描かれた青年だった。
「我が名は、魔王パラドクス。世界の端に生まれ、脚本の影で生きてきた者――」
「脚本の影!?」
「登場タイミングがズレて、カットされること7回。ナレーションにさえ紹介されない!!」
「そんなメタい理由で魔王にならないで!!!」
「この物語の中心になれないなら……いっそ、世界そのものを再構成してやる!!」
「脚本家への逆恨みじゃねえか!!」
スライムつぐみは、祐真の後ろにぴとっとくっついた。
「ねえ祐真くん、あの人ヤバいよ……何かが“バグってる”感じする」
「それはもう人間的にも設定的にもヤバいよ……って、うしろで震えてるけどおまえ、スライムだから震えてるかどうかわかりづらい!!」
「ぷるぷるしてるじゃん」
「常時ぷるぷるだろ!」
だが、パラドクスは一歩前に出ると、両腕を高々と掲げた。
「この空間、再構成開始――“主役スクリプト、起動せよ!”」
空が割れた。
それも、スクリプトウィンドウのような文字列がびっしり表示された形で。
《主人公:パラドクスに置き換えますか? YES / YES》
「選択肢にNOがねぇーーーっ!!」
祐真がツッコミを放った瞬間、空の一部が“爆発”した。
その衝撃で、魔王の髪型がふわりと跳ねた。
「なに!? 貴様、まさか……この次元で“ツッコミ干渉力”を使えるのか!?」
「知らんけど!! 常識的に突っ込んでただけだよ!!」
「認めよう。お前こそ、“この物語のツッコミ担当”!!」
「役割にされるな!!」
だが、その瞬間だった。
『共鳴レベル上昇。祐真様に新スキルを付与します』
(また勝手にスキル付与!?)
《スキル:強制ツッコミ圧縮弾(対象のボケを物理的に破壊します)》
「いやどんな物騒なツッコミだよ!?」
「すごいすごい! 祐真くん、あれ撃ってみてよ!」と、つぐみスライム。
「え、撃つの? ホントにいくぞ?」
ツッコミ弾、チャージ――!
「――“その衣装、絶対肩こりやばいだろぉぉぉ!!!”」
→ パラドクスの肩当て、粉砕。
「ぐあああああああ!?!?」
魔王パラドクス、咳き込みながら地面に倒れこむ。
「お前ら……なんなんだ……設定も……文脈も……めちゃくちゃだろ……」
「それはこっちのセリフだ!!!」
だが、パラドクスはふと涙ぐんだ。
「……本当は……出番がほしかっただけなんだ……
誰かに『お前、ちゃんと物語に出てたよ』って言ってほしかっただけなんだ……」
つぐみ(スライム)が、にゅっと前に出た。
「じゃあ、出ようよ。一緒に。次の章とかさ。もっとうるさい奴として」
「うるさい奴……?」
「うん、扱いに困る強キャラ枠。たまに味方、たまに敵。出番多いやつ!」
パラドクスの顔に、ふっと笑みが浮かんだ。
「……それ、いいな」
世界が、揺れた。
再構成スクリプトが崩れ、空の文字列が煙のように消えていく。
『空間再整合完了。ツッコミバランス:安定』
『異世界安定化指数:80%』
『魔王、就職済み(自称・人気俳優見習い)』
「就職先の設定まで!??」
こうして、魔王パラドクスはめでたく「モブ界のスーパースター」として再出発することとなった。
そして祐真とつぐみは、再び草原の中心に立っていた。
「……なあ、つぐみ」
「なに?」
「……お前のログインって、毎回こんなにカオスなのか?」
「ううん、今回はわりとマシな方かな」
「マシでこれかよッ!!!」
空が晴れ、ふたりの頭上には“ログアウトまで、あと1ステージ”のテロップが点滅していた。
つぐみ(スライム)と祐真は、草原の小高い丘に腰を下ろしていた。
「なあ……」
「なあに?」
「俺さ……このままだと“ボケ殺しの勇者”みたいにならない?」
「うん。なってると思う」
「否定しろよッ!!」
そこへ、ナビゲーションAIの声が脳内に流れた。
『おふたりの共鳴率が閾値を突破しました。
条件達成につき、連携スキル《連鎖的ツッコミ炸裂弾》を解放します』
「何その名前!? 物騒すぎない!?」
『本スキルは、ツッコミの呼応により対象の“精神的ボケ耐性”を破壊し、
同時に相互理解を深める“愛のフィードバック”を発生させます』
「……なに? 要するに“ケンカしながら仲良くなる”スキルってこと?」
「夫婦漫才じゃんそれ!!」
そこへ、タイミングよく現れたのは――
「えへへ……助けてください……“ツッコミ”に耐性がないんです……」
と、語尾に常に“……”がついたモンスター。
黒いマントに包まれ、頭には「ボケ値:99999」の表示。
《種族:ボケの精霊》
「……この世界、どんな設定で成り立ってるの?」
『この精霊は、“誰かにツッコんでほしい”願望が強すぎて実体化した存在です』
「寂しすぎるわ!!」
祐真は前へ出た。
構えを取る。
「いいか、つぐみ。スキルの起動には“共鳴”が必要なんだ。
つまり――おまえが俺にツッコんで、俺もおまえにツッコむ。愛あるツッコミをな」
「……愛あるツッコミって、なにそのラブコメ路線……」
「さあ、いくぞ!!」
「って、早くない!? 振りも何もなし!?」
つぐみが叫ぶ。
「その眉間のしわ、世界のストレス全部受け止めてるの!?」
祐真も返す。
「スライムのくせにぷよぷよしすぎだろ、ゼリーかよ!」
→ 発動:《連鎖的ツッコミ炸裂弾》!!
空中にツッコミの文字列が集まり、まるでコマ割りのように炸裂する。
「なんでそんな動きがアニメっぽいのよ!」
「てか、お前が一番“世界観壊してる”んじゃねーか!!」
「服装もだけど、まず言動が時空超えてる!!」
「てめえが言うなあああああ!!!」
→ ドォォォォン!!!
“ボケの精霊”、感涙しながら消滅。
『成仏しました。ありがとうございました』
「成仏て!!!」
地面に座り込んだつぐみ(スライム)は、ちょっと涙ぐんでいた。
「……なんか、すっごく楽しいね」
「え?」
「祐真くんと……こうして、わけわかんないことして、力を合わせて、ツッコミして……
ううん、私、現実でもけっこう不安だったの。目を覚ませなかったらどうしようって。
でも、今は――大丈夫って思える」
祐真は、彼女の頭に手を置いた。
「バカ。お前がどこにいても、俺が引っ張り戻してやるよ」
「……信じてるよ」
――その瞬間。
画面が切り替わった。
空にテロップが浮かび上がる。
《next,最終試練》
「次が最終試練か、案外早いもんだね」
「でもさ」
「「これまで以上のカオスが待ってるってこと……?」」
風が吹いた。
次元の裂け目が開き、2人の目の前に“喋る冷蔵庫”が降ってきた。
「我こそは試練の守護者、保存の支配者“フリーザ様”!!」
「名前アウトーーー!!」
やばい投稿字数減った事で貯金の減り方ぐっと少なくなった