3 脳だけ異世界ログイン事件 α
今回からギャグ満載な回が少し続くかもしれません
朝。
それは、ごく平凡で、何も起きない、静かな朝のはずだった。
「……あれ?」
目が覚めたのに、身体が動かない。
まぶたは開いている。天井も見える。なのに、腕も、足も、指先ひとつ動かない。
(……あれれれ!?)
声も出ない。喉を震わせようとしても、喉がどこにあるのかも分からない。
(おかしい、おかしいおかしい、これは完全にアレだ! 都市伝説とかで見たやつ!!)
『おはようございます、共鳴者つぐみ様。ログイン、ありがとうございます』
「!?!?」
突如、脳内に直接声が流れ込んできた。音声ではない。感情と概念が一気に流れ込んでくる。
『あなたの意識は現在、異世界転送ネットワーク“ユメ界”に接続されております』
(どこのウイルスメールだコラァ!!)
『当ネットワークでは、脳だけのログインを推奨しております♪』
(するかバカァ!!)
『おかげさまで、本日も元気に第七次サイレント接続が始まりました! さあ、異世界へ行ってらっしゃい!』
(いやだから、行くとか行かないじゃなくて、私の同意どこ行った!?)
突然、つぐみの意識がぶわっと吸い上げられるような感覚に襲われる。
視界が白く染まり、世界がぐるりと反転した。
〜〜
異世界、草原にて
「てろーん☆ こんにちはー。ぼく、つぐみでーす!」
目の前にいたのは、スライムだった。
プルプルと愛らしく震える、青白いゼリー状の小動物。しかし――
「……私、今、スライムになってる?」
『はい、意識の仮ホストとして、魔力に適合した器=スライムに入っていただきました』
「器が雑ッ!!!」
しかも、しゃべる。
「はじめましてー! ぼく、つぐみちゃん! 性格はぷるぷるでおちゃめ!」
「誰がそんなプロフィール設定した!?」
『初期設定は弊社AIが自動生成しました』
「AIって怖っ!!」
異世界草原の中央で、つぐみ(スライム)はぷるぷるしながら絶叫していた。
〜〜
現実世界――夜の帳が下りた郊外のアパートの一室。その寝室に、沈黙のような静けさが支配していた。
ベッドに横たわる少女、つぐみ。ふわりとした長髪が枕に広がり、規則的に上下する胸が眠っている証を告げている。けれど、何度名前を呼ばれても、そのまぶたは微動だにしない。
「……つぐみ、大丈夫か?」
彼女の傍らに座り込むのは、同級生の祐真だった。優しく肩を揺すりながら、心配そうに眉をひそめている。呼吸は安定しており、脈拍にも異常は見られない。しかし、いかなる声も届かないかのように、つぐみは目覚める気配を見せなかった。
(まさか、また“向こう”に……?)
脳裏に浮かんだのは、数ヶ月前の“異世界転送事件”。奇妙なキーホルダーが発光し、つぐみが異世界へと意識ごと転送されたあの出来事だ。まさか、同じことが――
その時だった。
『共鳴反応、確認。緊急ログインプロトコルを起動します』
予兆もなく、リビングのテーブルに置かれていた例のキーホルダーが再び光を放った。
「へ?」
不意を突かれた祐真が声を上げる間もなく、電子音のような女性の声が続けた。
『あなたの“ツッコミ精神エネルギー”が閾値を超えたため、異世界に転送します』
「おかしいだろ!? ツッコミで異世界行きってなんだよ!?」
当然のツッコミを放った次の瞬間、祐真の視界は一面の白に包まれ――。
――そして。
「さむッ!!!!?」
目を開けた先には、見渡す限りの草原。青々とした草が風に揺れ、どこか爽やかな香りを含んで鼻腔をくすぐる。だが、状況はそれどころではない。
「いやッッッ!? 何このサービスカット!? 製作者出てこいッ!!」
祐真の姿は、なんとタオル一丁。立っているだけで風が肌を刺し、羞恥心という名の凶器が精神を削り取っていく。
草むらの向こうから、軽快な声が響いた。
「てろーん☆」
その声に、聞き覚えしかない。
「お、おまえ……スライム!?」
草を掻き分けて現れたのは――ぷよぷよとした丸い身体に、どことなく見覚えのある表情を浮かべたスライムだった。
「違う、私だ!!」
見た目は完全にスライムなのに、声は確かにつぐみのもの。
「……声はつぐみなんだよな……中身もつぐみなんだよな……」
現実が歪んでいることを祐真が理解する前に、再び機械音声が響く。
『パートナー確認。祐真様は“強制共鳴者”としてログインされました』
「勝手にログインすんな!! 利用規約読ませろッ!!」
抗議も虚しく、システムは進行を止めない。
『ツッコミエネルギーを検知。環境補正を開始――』
次の瞬間、タオルがふわふわのショールに変化した。……が、面積的にはたいして変わっていない。
「……恥ずかしい見た目のままかよ!!」
やり場のない怒りと羞恥を抑えきれず、思わず天を仰ぐ。
そんな祐真に、電子音声がまるで当然のことのように言う。
『当世界では、強力なツッコミは物理法則を上書きすることができます』
「ツッコミが魔法になるの!? 嘘だろ!?」
とりあえず試してみようと、空に浮かぶ巨大カボチャを見つけて叫ぶ。
「その飛行方法、どう見ても反重力理論ガン無視だろ!!」
――ボンッ。
カボチャが見事に爆発した。
「ほんとに爆発した!!?」
あまりに理不尽な世界の法則に頭を抱える祐真。その傍らでは、スライムつぐみが楽しそうに跳ね回っていた。
「見てみて祐真くん、私、ジャンプできるようになったよ!」
ぷよんっ。愛嬌のある音が草原に響く。
「かわいいけど……おまえのアイデンティティどこ行った……?」
ぺちゃっ、ぺちゃっ、と独特の効果音を立てながら歩くスライムつぐみは、なぜか誇らしげだ。
「いやー、これはこれで新しい発見だよ。癖になるかも、この音」
「癖になるなよ……」
システムの音声が、当然のように数値を告げる。
『祐真様のツッコミ、威力+50。つぐみ様の満足度+10』
「満足度ってなんだよ!? この世界のパラメータ壊れてないか!?」
突っ込みを入れるたびにパラメータが動く異世界。スライム彼女と謎の力、そして羞恥プレイの連続。だが、この異常事態の中心にいるのは、いつだって“つぐみ”だった。
――次なる冒険(?)の幕が、いま再び上がる。
考えました。
考えた結果これから2から3話に分ける事にしました