2 異世界からの感謝状が届いたんですが、内容がバグってました
書いてて思った。
書き過ぎたな。
分量を減らせる気がしないでござる
朝。
日差しが斜めから差し込む静かな時間帯。
通学の準備を終えた私は、いつものように玄関の鍵を回し、
アパートの共同ポストまで階段を降りていった。
小鳥のさえずり。パン屋の焼きたての香り。
どこにでもある普通の朝。
だった、はずなのに。
「……は?」
私はその場で固まった。
郵便受けの口から、何かがはみ出していた。
赤銅色の金属、竜のレリーフが彫られた重厚な板。
それはまるで、ゲームの宝箱の“蓋”部分だった。
「うそでしょ……?」
手を伸ばすと、確かに本物だった。木と金属が混ざった重量感。
スチームパンク風味なデザインの装飾が、なまじ完成度が高すぎて現実感がない。
苦労して引っこ抜くと、ポストの中から「ガコン」と重い音を立てて
縦30センチ、横40センチほどの箱がごろんと転がり落ちた。
蓋には蝋で封をした跡があり、そこに書かれていた異世界文字らしきものの隅に、
かろうじて読めるように添えられた翻訳文があった。
「To:マミヤユウマサマ および その伴侶候補様」
「候補ってなんだ。私だよ。彼女だよ」
真顔でツッコミながら、宝箱を抱えて階段を上った。
この時点では、私はまだ甘く見ていた。
異世界からの感謝なんて、どうせ儀礼的な書面か、妙な石ころ程度だろうと――。
私は、世界の“フタ”がもう開きかけていることに、まったく気づいていなかったのだ。
〜〜
「ただいまー……いや“ただいま”じゃないか。てかなんで私は朝から宝箱を小脇に抱えて登校準備してんのよ……」
ぶつぶつ独り言をつぶやきながら玄関を開けると、
部屋の中から、ふんわりとした甘い香りが漂ってきた。
「あ、つぐみ。おはよう。もうちょっとでパンケーキ焼けるよ」
振り向いた祐真くんは、エプロン姿だった。
黒いTシャツにシンプルなエプロン、手にはフライ返し。
いつもの穏やかな笑顔で、ホットプレートの前に立っている。
「……なんで、こんなときに限って“朝の理想の彼氏像”みたいなムーブしてんの?」
「ん? 食べない? チョコソースも用意したけど」
「そういうことじゃない!!」
私は持ってきた宝箱を“ドン”とテーブルの上に置いた。
重い音が部屋中に響く。
「ねえ、祐真くん……これ、ポストに入ってたんだけど」
「ああ、それ。異世界の王国からってやつだね。送るって言ってたから、そろそろ来る頃かなって」
「軽いな!? 宝箱サイズで届いてるんだけど!? 郵便局泣いてるよ!?」
彼はパンケーキをひっくり返しながら、悪びれもせず続けた。
「異世界郵便って、結構アナログなんだよね。飛んでくることもあるし、落ちてくることもあるし」
「“落ちてくる”って言った!? 爆撃じゃんそれもう!?」
私がヒートアップする横で、パンケーキがふわりと美しく皿の上に着地した。
その見事なフォームがまた腹立たしい。
「でも、中身は感謝状とかじゃない? 前に話した“功績記録制度”で、一応俺たち登録されてるし」
「……“一応”ってなんだ。どうせまた“英雄”とか“神話級”とか妙な称号つけられてんでしょ」
「そうだね、“次元越境共鳴者”って書かれてた」
「それぜったい治安悪いタイトルじゃん!!!」
私は泣きそうな顔でパンケーキを見た。
美味しそう。めちゃくちゃ美味しそう。でも今食べるべきかどうか、ものすごく迷う。
「……でも」
私はそっと、隣に座った祐真くんの横顔を見た。
変わらない。
この人は、いつだって変わらない。
空が裂けても、異形が攻めてきても、世界が終わりかけても。
「……やっぱ、あんたってずるいわ」
「え?」
「異世界から“候補”とか呼ばれても、唐揚げの話しかしないでしょ」
「だって、俺はつぐみの彼氏だから」
「そっか……じゃあ、今日は許してやる」
フォークを手にとり、焼きたてのパンケーキにかぶりついた。
ふわふわで、甘くて、バターが香って、なんだか泣きたくなるくらい“普通”だった。
〜〜
異世界からの“感謝状”が届いた日を境に、
我が家の周辺環境は、少しずつ――確実に――壊れはじめた。
最初は、玄関前だった。
朝、登校のためにドアを開けると、
目の前の地面に奇妙な碑文が出現していた。
つややかな黒曜石の板。
中央には銀色の装飾、そして見慣れない文様が光っていた。
「えっ、なんか、道端に……石碑?」
祐真くんを呼びに行く間もなく、碑文が自動起動した。
「エイユウノタマシイ、コノ地ニ留マルコト、我ラ誇リ……」
スピーカー音質の悪い電子音とともに、
周囲にチカチカと光の粒が舞いはじめる。
「勇者サマァ~~~! ファイトォォ~~~!!!」
「いやうるさい! テンション軽いな!?」
さらに、碑文は5分おきに勝手に再生される仕様だった。
やむなく、祐真くんが物理的に地面から引き抜いて庭の隅に埋め直した。
「祐真くん、あれ、まだ動いてる……」
「埋めただけじゃ止まらないみたい」
「じゃあ次元のゴミ回収業者とか呼んでよ!!」
次に届いたのは、浮いていた。
朝、祐真くんの机にポンと置かれていたそれは――
金色の小さな魚だった。
宙に浮かんで、ゆらゆら泳ぐ。
まるで風船のように漂いながら、突然喋り出す。
「こんにちは。言語翻訳式通信装置No.74、通称“アクアくん”です☆」
「元気系かよ」
「同梱されていた説明書によると、この魚を連れておくと異世界語も全部翻訳されるらしいよ」
「……その代わりに深夜2時に一人で喋りだすのやめて?
『勇者サマ今日もお疲れ様でーす☆』じゃないのよ、こっちは眠いの!!」
極めつけは、裏庭に発生した。
ある日、洗濯物を干していると、突然空気がビリッと裂けた。
パチン、という静電気のような音とともに――
空間が楕円形にねじれ、中心がぼんやりと光りはじめる。
「え、なにこれ。鏡?」
次の瞬間、異世界ポータルゲートが開いた。
しかも、ナビ表示付き。
【テンソウゲート・オンライン】
【現在の接続状況:良好】
【対象エリア:魔王討伐後リゾート地/ゴブリン保護区/神竜墓所(観光可)】
「いやいや観光とかいらんわ!!」
「でも便利そうだよ? 行ってみる?」
「やめとこ!? 私一応受験生だからね!?」
ゲートは、夜になると自動で閉じる。
だが、起動音はやっぱりうるさい。
「テンソウゲート、オープン☆」
「イセカイ、ゴー!!」
「語尾に『☆』つけてくるやつにろくなのいない!!」
他にも――
郵便受けに入っていた“喋る香水”(異世界王族の香り)
冷蔵庫に出現した“時空を超えるチーズ”(勝手に賞味期限を改竄してくる)
つぐみのスマホに送られてくる“謎のスタンプ”(異世界文字で“あなたを監視しています”)
日常が、徐々に“異世界ノイズ”に侵食されていくのが分かった。
ご近所からは、
「なんか最近、君んちの上だけ空が青紫だよね」
「夜中にホタルみたいなの飛んでるけど大丈夫?」
と、さりげない通報が増えていく。
でも祐真くんは、そんな日々を受け入れていた。
まるで、最初から“こうなる運命”だったように。
「……だから私が受け入れるしかないのか」
私は呟きながら、アクアくんを手のひらで裏返しにした。
「ギャッ!? 逆さにしないでください! 目が回りますぅ!!」
「回る目、無いでしょあんた!」
〜〜
異世界からの贈り物ラッシュが一段落した頃――
私たちのもとに、日本政府がやってきた。
それは、平日午後の昼下がり。
私は部屋でレポートを書いていて、祐真くんは庭の“次元ゲート”を掃除していた(既にそれが日常化していた)。
インターホンが鳴った。
「はーい……って、え?」
ドアを開けると、そこには黒スーツにサングラス、無線マイクとイヤホン完備の男女が3人。
背後には黒塗りの車が2台。しかもナンバーに“公用”の文字。
「……なにこれ、映画?」
先頭にいた女性職員が、無表情で名刺を差し出した。
《内閣直属・国際次元災害対策庁》
D-Force(Dimension Frontline Operations Response Coordination Service)
「長っ!? どこの英語略称だよ!? しかも強そうな名前!!」
女性職員はぺこりと頭を下げて言った。
「真宮祐真様、および如月つぐみ様。
本日は“次元越境による影響とその再接続性の可能性”について、直接のご説明とご協力のお願いに参りました」
「え、ちょっと待って!? あの一通の感謝状からそんな大事になってるの!?」
「はい。“異世界との直接通信が再開された”という事例は、国内初、かつ前例ゼロの特異事象です」
「うわぁぁぁ……」
職員たちは礼儀正しく部屋に入り、すぐに折りたたみ机とパソコンを設置し始めた。
いつの間にか“臨時調査本部”が結成されていた。
「手慣れすぎて怖い!!」
彼らは私たちに、いくつかの書類を見せた。
中には、異世界と現実世界のエネルギー干渉に関する専門的なレポートや、
異世界から届いた“文書の波長解析結果”なんてのもある。
「異世界の物質が現実世界においてどのような干渉を起こすか――
それを記録・観測し、今後の指針とするのが我々の役目です」
「現在、おふたりは《越境レジストリ対象候補》として、国家的観察下にあります」
「観察って……ペットか私たちは……」
私はうんざりしながら答えた。
それでも祐真くんは、落ち着いた様子だった。
「俺は協力するよ。世界を守るためなら」
「その口でさっきチョコチップ食べてたでしょ!? 真面目な顔すんな!!」
職員のひとりが、モニターをつけながら告げた。
「……とはいえ、深刻なのは**“接続”がまだ続いている**ということです」
「え、終わってないの?」
「はい。つぐみ様の身体からは、いまだに“共鳴波動”が継続検出されています。
おそらく、異世界側のポータルと何らかの“裏ルート”で常時繋がっている」
「裏ルート!? 私勝手にVPN繋がれてるの!?」
「適切なたとえです」
「笑顔で肯定すんな!!」
調査は深夜まで続いた。
異世界物質の鑑定、波動の測定、聴取記録――
部屋中に小型の検査機器が並び、もはやSF研究所みたいな光景になっていた。
「これ、私の部屋、原状復帰できますよね……?」
「保証付きです」
「それって“保証される”って意味ですか? それとも“されるとは限らないけど保証はする”って意味ですか!?」
返事はなかった。
夜、職員たちは帰っていった。
玄関で、ひとりの調査員が言った。
「……一応、祐真様にも“分類名”が付きました」
「分類?」
「“神格外存在群・境界型・Eクラス”。略して《境E》です」
「なんか最終章に出てくるボスみたいな称号つけるのやめて!!」
職員たちは黙って車に乗り込み、黒塗りの影は静かに住宅街から姿を消した。
残された私たちの部屋は、
異世界の残響と、国家の足跡で、見慣れた風景じゃなくなっていた。
けど、それでも。
「……疲れたね」
「うん。でも……つぐみが無事でよかった」
「……ありがと」
〜〜
数日後。
放課後の校門前で、私は職員に呼び止められた。
「如月つぐみさんですね? 異世界側の使節団より、“勲章授与式”の準備が整ったとの連絡がありました」
「……待って? なんで私、使節団にフルネームで把握されてんの?」
「登録されてますので。“並列次元共鳴者・認定者番号0002”として」
「ちょっと待って!?いつの間に!?誰が許可したの!?」
「異世界です」
「日本じゃなかったーーーー!!」
後日。
指定されたのは、駅近くにある文化センターの多目的ホールだった。
そこは普段、カラオケ大会や町内囲碁大会が開かれる、ごく普通の公共施設。
だが、その日だけは違った。
玄関前には、何台もの黒いバンが停まり、
その間をぬうように――金ピカの馬車があった。
「また馬車か……」
私はため息をついた。
もう“異常な光景”に慣れつつある自分が怖い。
祐真くんはというと、
袖に金の刺繍が入った“異世界式礼装”を軽やかに着こなしていた。
なぜかとても似合っている。ムカつくくらいに。
私はというと、
用意された“伝統祝儀衣装(翻訳:神衣)”なるドレスに身を包まされていた。
やたら透け感のある布と、金属の細工が首元にごちゃごちゃしていて、
正直、重いし恥ずかしい。
「ちょっと……これ……肩こる……」
「かわいいよ、つぐみ」
「“かわいい”で済まされると思うなよ」
ホール内はすでに満席だった。
異世界からの使節団、観測員、日本の関係機関――
場違いな空気の中、私はステージの上に立たされた。
司会進行は、例の浮遊魚“アクアくん”。
「オホン。エンジョイしてる皆様ァ! 本日はようこそぉぉぉッ!
勇者殿と共鳴者様の! 超絶☆光栄☆勲章授与式へぇ~~!!」
「このテンションで国際儀礼ってどういうことなの……」
アクアくんは拍手を促すように尾びれを振り、
会場から謎のファンファーレが流れた。
そこへ、マントを羽織った使節団のリーダーらしき人物が進み出た。
「光の勇者よ。そしてその心に共鳴した者よ。
我らが世界は、貴殿らに深き感謝を抱く。よって、ここに勲章を授与する!」
「はい、聞き慣れましたねそのセリフ」
リーダーは、膝をつき、恭しく箱を開いた。
中に入っていたのは――
しゃべる勲章だった。
「うおおぉぉ!! 真宮サマァァ!! 今日もマジかっけぇっす!!」
「音声……入ってるの……?」
「こちら! モード切替可能でーす! 応援モード! 軍事モード! 敬語モード! 萌えモード!」
「誰得だよそのラインナップ!!!」
つぐみにも、同様の髪飾りが贈られた。
つけた瞬間、声が脳内に響く。
「つぐみ様ァ~~♡ 今日の御姿は銀河よりまぶしゅうございますぅ♡」
「返す!! 今すぐ返すッ!!!」
「返却不可です♡」
「くそっ!!異世界め……!」
その後、ステージ上で「功績の読み上げ」が行われた。
魔王の撃破(使用武器:割り箸)
残響体の消滅(詠唱:覚えてない)
異世界転送の安定回収(本人の自覚なし)
すべて読み上げられるたびに、場内から謎の喝采が上がる。
「自覚のないまま神話になってくの、しんどいわ……」
祐真くんは、「これ終わったら唐揚げ買って帰ろう」と言った。
その姿が妙に“地に足がついて”いて、私は少しだけ安心した。
式典の終盤には、なぜか地元放送局が中継を始めた。
翌日には“異世界式授与式を受けた高校生カップル”としてネットで話題になり、
SNSのトレンドには「#割り箸で魔王を倒した男」とか「#浮遊魚が司会」とかが並んだ。
もはや、取り返しがつかない気がする。
それでも、祐馬くんといれば何とかなる……そんな気がした。
〜〜
式典から帰ってきたのは、もう夜の8時を過ぎた頃だった。
商店街のアーケードにはちらほらと灯りが残り、
唐揚げ専門店の前には閉店間際の割引シールが貼られていた。
「買ってこっか。疲れたでしょ?」
「うん。……あと、心も」
ふたりで並んで歩きながら、私はそっとつぶやいた。
今日一日で、
私は“次元共鳴者”と呼ばれ、
しゃべる髪飾りに追いかけられ、
浮遊魚に司会され、
自分の功績が“割り箸”として全世界に知れ渡った。
……なんだこの人生。
「祐真くんってさ。後悔してないの?」
「何を?」
「私を……巻き込んだこと」
祐真くんは立ち止まり、少しだけ考えるように首をかしげた。
そして、いつものように自然な声で答えた。
「してないよ」
「……即答じゃん」
「うん。俺は、自分だけじゃ“ここ”まで来られなかったと思うから」
「“ここ”ってどこよ?」
「“君の隣”だよ」
不意に、胸が熱くなった。
言葉じゃなく、
こうして手をつないでるこの時間が、
どんな勲章よりも誇らしかった。
どんなに異世界が押しかかってきても、
どんなに世界が変わってしまっても、
この人は、私の隣で笑ってくれる。
「……じゃあさ」
私は空を見上げながら言った。
「今度、もしまた変なことに巻き込まれても――
私はきっと、またあなたの隣にいるから」
祐真くんが、笑った。
「心強いなぁ。……つぐみ、ほんとに強くなったよね」
「ちょっと。前は弱かったみたいな言い方しないで」
「じゃあ、今度は“世界最強カップル”ってことで」
「そのフラグ立てないで!! また何か始まる気がするから!!!」
ふたりで笑い合う。
その瞬間だけは、どんな世界よりも温かい。
遠くで、アクアくんがまた浮かんでいた。
背後で光る異世界ポータルは、ぼんやりと青く静かに脈動している。
でも――今はただ、この日常を大切にしたい。
唐揚げをぶら下げた袋のぬくもりと、
祐真くんの隣にある私の居場所。
それだけで、十分だった。
私の彼氏は、強すぎる。
でも、私はその隣にいる“普通の女の子”でいられるように、
明日も笑って生きていこうと思う。
たとえ、感謝状が次は“彗星サイズ”で届いても。
たとえ、しゃべる勲章が“第二人格”になったとしても。
……たとえ、次の事件の発端が、また“割り箸”でも――
「まあ、なんとかなるでしょ。ふたりなら」
そう、楽観的に私達は笑うのだった。
ブクマと⭐︎5評価何卒お願いします!
後毎日6時投稿目指します