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1 異世界転送されてしまいました。情緒はどっかいきました

https://ncode.syosetu.com/n9647kv/


こちらは連載版です。

上の短編がプロローグ的なものになっております。

一話完結型の物語を目指しているので見なくてもいいけど是非見ていって下さい!!

放課後の街は、やさしいオレンジ色に染まっていた。

真夏の名残が道路の端に揺らめいていて、空気の中には夕立の気配が潜んでいる。

商店街のアーケードを抜ける風は、昼間の暑さをまだ少し残していたけど、

それでもどこか、季節の終わりを感じさせるような、しんみりとした心地よさがあった。


私は制服の胸元を軽く指でつまみながら歩いていた。汗がじっとりとにじむ場所を、何気なく誤魔化すように。


「ねぇ、祐真くん。今日の夕飯どうする? ハンバーグ? カレー? それとも……タピオカ?」


私が冗談混じりに言うと、隣を歩いていた彼――真宮祐真は、片手に持ったカップのタピオカを一口すすってから、ふ、と微笑んだ。


「タピオカは飲み物であって主食じゃないって、何度言えばわかってくれるかな」


「ええー。なんか最近、SNSで“タピオカごはん”とか流行ってるらしいよ? カレーに入れてもいけるらしい」


「それは人間が踏み込んではいけない領域だと思う」


「哲学!? それ、食レポじゃなくて哲学!!」


そんな風にふざけながら、私たちは並んで歩いていた。


帰宅部と帰宅部。ふたり揃ってただの帰宅部。

ただ、彼はちょっとだけ特別だった。


――世界一強い、私の彼氏。


それが誇張じゃないことは、つい数日前の“空が割れた事件”で身をもって知った。

鋼の怪物を一撃で殴り飛ばした彼の姿は、今も瞼に焼き付いている。


でも、そんなとんでもない力を持ってるくせに、祐真くんは普段通りの、優しくて、ちょっと天然で、

そして何より、私のことをまっすぐに見てくれる“普通の男の子”だった。


「ねぇねぇ、そういえばさ」


私が次の会話を切り出そうとした、その瞬間だった。


空気が――張り詰めた。


まるで、部屋の窓が割れたときのような音が、現実の境界を裂いた。


「……え?」


足が止まった。時間も止まったような気がした。


目の前の景色が、ガラス細工のようにひび割れ、空間がゆがむ。

道路が波打ち、看板の文字が滲み、まるで誰かが世界に雑なエフェクトをかけたみたいに。


「つぐみ」


低く、けれど穏やかに、祐真くんが私の名前を呼んだ。


「この世界、今から終わるっぽい」


「ちょ、まっ――」


その声を最後に、世界が白く、ぱあっと、弾けた。


〜〜


ふわりと浮いたような感覚がした。

次に目を開けたとき、私はどこかの“真っ白な部屋”にいた。

いや、“部屋”というには何かが足りない。

天井も壁もない。床の感触もない。

ただ、どこまでも白い世界が広がっている。


「あれ……? ここ、どこ?」


「異空間転送、って感じだね。おそらく異世界系」


冷静にそんな分析をしたのは、隣に立っていた祐真くんだった。


なぜか制服の上に、金属の肩当てみたいなものをつけている。

そして背中には、どこから出したのか知らないけど、剣(たぶん本物)が刺さっていた。


「ちょ、なにその装備!?」


「いや、勝手に装備された。異世界側の仕様っぽい」


「仕様って何よ!?」


私が混乱していると、白い空間の向こうから、ゴゴゴ……と音がして、なにかが近づいてきた。

それは――


「おお、異界の勇者よ!! ようこそ、この《アルセラグ=レム=ディア》へ!!」


出てきたのは、明らかに“異世界の賢者”といった風体の、ローブを着たひげもじゃのオッサンだった。

杖に宝石、片目にモノクル。フードの下から覗く顔は、やたらテンプレ感が強い。


「我が名はバルバロッサ・フェルドナイン・ルルガーン・オメガ・アークドラゴン三世!」


「長いわ!!」


「だいたい“ドラゴン”って名字なの!?」


私は思わずツッコまずにいられなかった。

祐真くんは困ったように笑いながら肩をすくめた。


「それで……僕たちをここに呼んだ理由は?」


「お主らを召喚したのは……この世界を救ってほしいからじゃ!」


オッサンの声がやたらとエコーする。

大事そうなことを言ってる割に、背景は真っ白なまま。

臨場感とか皆無。雑だ。色々と。


「魔王が、目覚めてしまったのじゃ……。このままでは世界が、終焉を迎える……!」


あっ、これ聞いたことあるやつだ。


「それで、なんで私たちなの?」


「召喚魔法が“強そうな人”を自動選出する機能付きだったのじゃ。まあ、うっかり発動してしまって……」


「うっかり!?」


もうツッコミが追いつかない。



かくかくしかじかまるまるもりもり



「――というわけで、この“転送水晶”に触れれば、魔王の居城に転移できるのじゃ!」

「……え、もう?」


話が雑すぎて、こちらの心の準備がまったく追いつかない。


「せめて装備品とか支度とか……旅立ちのBGMとかないの?」


「準備は不要じゃ! なにせ、お主らは“異界から来し最強の戦士”。特典として自動でスキルと装備が配布される!」


「それソシャゲのチュートリアルじゃん……」


呆れつつも、横を見ると、祐真くんは興味深そうに水晶を覗き込んでいた。


「綺麗な石だね。レアドロップ感ある」


「感想そこ!?」


私が言う間もなく、祐真くんが指をそっと水晶に当てた。


ヒュオォォォォ――ッ!!


光が弾け、風が巻き、白い空間が一気に色を取り戻していく。

見上げた先、歪んだ空間が裂け、夜空のような、闇のような――まるで奈落が口を開ける。


その奥から、うねるような力があふれてくる。


「つぐみ、手、握ってて」


「う、うん」


私たちはしっかりと手を繋いだ。

その温度が、どんな世界よりも確かだった。


〜〜


目を開けると、そこはまるで――

悪夢と神殿を融合させたような場所だった。

真っ黒な大地。

紫色にゆらめく空。

空間全体が歪み、遠くで雷のような音が鳴り響く。


一面に敷かれた石畳には、怪しげな文字が刻まれ、

巨大な塔がその中心に突き刺さるように建っていた。


「これが……魔王の居城……?」


「うん、ボス部屋って感じするね」


祐真くんは剣を肩に担ぎながら、塔を見上げた。

さっきから自然に武器を使いこなしてるけど、本人曰く「自己解釈で装備できた」らしい。

なにそれ怖い。


「それにしても、空が……気持ち悪い……」


空は、星空のようでいて、星の一つひとつが目のようにこちらを睨んでいた。

ぞくりと背筋を這う冷たい感覚が、異世界の“異常さ”を容赦なく叩き込んでくる。


塔の扉は閉ざされている……と思ったら、ノブが普通についていた。


「……え、開けるだけ?」


「いくよ、つぐみ」


「うん……って、えっ、ノックとかしないの!?」


ガチャ。


祐真くんはためらいなくドアを開けた。

その中には――


「我が名は、混沌大王アルゴ=ス=ヴェルゼバブ=デルタ=グレンノイド!!」

耳が裂けるような大音声とともに、塔の天井が崩れ、空からラスボスが降ってきた。


「うわ、出たァ!!!」と私は叫んだ。


その姿は、人型ではない。

いや、何かの合成獣だ。

頭が3つ、翼が6枚、尾が蛇で脚は蹄。全身は煙のようにたゆたう黒い布で覆われていて、

そこからときおり“目”のようなものが瞬く。


「滅びよ、異界の者ども……貴様らの干渉により、我が計画は狂った。ならば――貴様らごとこの世界を喰らうのみ!」


「おお……なんかすっごいテンプレ……」


「でも、ちゃんと威圧感あるね。レイドボスって感じ」


「軽ッ!!!?」


私は震える脚を押さえながら、隣の彼を見る。


「……祐真くん、勝てるの……?」


彼は、私の手をぎゅっと握った。


「うん。たぶん一瞬で終わる」


言い切った彼の目に、迷いはなかった。


祐真くんが一歩、前へ出た。

剣を構えるでもなく、拳を振るうでもなく、

ただ、コンビニ袋の中から――割り箸を取り出した。


「……それ、まさか……」


「うん。唐揚げ弁当についてきたやつ。使い忘れてた」


「だからそれ武器じゃないって!!」


しかし次の瞬間――


祐真くんが、割り箸を構えた。

その動きと同時に、空が、塔が、大地が――共鳴して震えた。


「奥義、第一式――」


祐真くんの周囲に、不可視の魔法陣が展開される。

それはまるで、彼の“存在そのもの”が異世界とリンクして拡張されていくようだった。


「――《昇天割り箸双牙穿そうてんばし・そうがせん》」


彼が割り箸を空へ向けて投げた、その刹那。


割り箸が、光の槍へと変化した。


ズドォン!!!!!!


塔が貫かれ、空が裂け、魔王は割り箸によって真っ二つにされた。


無音。無風。

そして、轟音。崩壊。眩い光。


すべてが、祐真くんの“割り箸”によって終わった。


……。


…………。


「……え、なにこれ。嘘でしょ。割り箸で勝ったの?」




空が晴れた。

紫に染まっていた空が、ゆっくりと蒼へ戻っていく。

塔は消え、眼下の大地も輝きを取り戻し――


いつのまにか、私たちは光の空間に浮かんでいた。


「これが……帰還ルートか」


祐真くんが私の手を取る。


「つぐみ、帰ろう」


「……うん。でも……ねぇ?」


「なに?」


「ほんとに割り箸で倒しちゃう?」


「うん。意外と強いよ?」


その言葉に、私は小さく笑った。


この人といれば、どんな世界でも、たぶん大丈夫。

そんな根拠のない確信だけが、やけにリアルだった。




ピンポーン。

風鈴の音が揺れる商店街に、私たちは戻ってきていた。


空は夕焼け色。

さっきと変わらない風景が、まるで異世界なんてなかったかのように広がっていた。


「……あれ?」


「おかえり、つぐみ」


祐真くんが、タピオカをひとくちすすった。


「うん。まだ冷えてない」


「うん、じゃないわよ!!!」


「魔王、倒したし」


「割り箸で!!!」


そして今日も私は、恋人に言うのだ。

「……私の彼氏、強すぎる」


でも、たぶんそれは――

世界でいちばん、安心できる言葉でもある。

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