第9話「砂漠を駆ける移動厨房」
灼熱の砂丘を越え、馬車は砂嵐と熱気を突き進む――。
水が尽きかけ、鍋の中はかろうじて残る一滴の命の源すら脅かされる。
それでもリオは〈素材魔素再構成〉で水と素材を蘇らせ、
砂漠の恵みを一皿のスープに変える。
第9話「砂漠を駆ける移動厨房」、どうぞご覧ください。
砂丘を越えるたび、馬車の車輪が砂を巻き上げた。灼熱の太陽が頭上で照りつけ、視界はゆらぎ、リオは荷台の縁にしがみつきながら、額の汗を手の甲でぬぐった。
「この熱さで鍋の中身が傷まないだろうか……」
日が高く昇ると、水袋の重みが確かに減っていることに気づいた。同行のカトリーナも青ざめ、小声で告げる。
「もう、この水袋も半分を切っています…」
二人は馬車を停め、小型の水筒を取り出した。残った最後の一滴を前にリオは深呼吸して、『素材魔素再構成+20%』を心で唱えた。水滴は淡い光を帯びて純化され、小さな水筒と鍋にそれぞれ分けられた。飲料用はほんのひと口だけ、残りは砂漠スープのベースとして使う。
水を確保すると、リオは砂丘を下り、岩陰で生えるトゲウチサボテンを見つけた。棘に注意しながら果肉をそっと削ぎ取り、乾燥豆の欠片も集める。鞄から鍋を取り出し、すすけた石を熾き火にして調理を始めた。再び魔力を込める。
――〈素材魔素再構成+10%〉
果肉は滑らかなペースト状に戻り、豆はふっくらと戻って具材に最適な食感を取り戻した。木杓子でかき混ぜると、湯気はほんのり甘い香りを帯びて立ち昇る。リオはひと口すくい、舌の奥に広がる滋味に目を閉じた。砂漠の過酷さを一瞬忘れさせる温かさだった。
遠く、揺れる影が見えた。ラクダの隊列を先頭に、砂色のテントと人影が近づいてくる。リオは鍋を慌てて馬車の横に置き、湯気を立てたまま待機した。やがて隊長を名乗る中年女性ノアが現れる。砂埃をはらい、一口のスープを口に運んだ。
「……これは」
ノアは思わず息を呑んだ。目の前で、渇きにうちひしがれた隊員たちの顔が和らぎ、体を休める様子が見て取れた。
――〈潜在能力開放+40%〉
リオの視界に一瞬、数字が浮かんだ。ノアはスープの器を地面に置き、両手で額の汗をぬぐった。
「こんな一杯が……まさかこの砂漠で」
ノアは鞄から羊皮紙を取り出し、リオに差し出した。そこには「王都への緊急供給任務」の紋章が押されている。
「あなたの料理は、この砂漠を越えて王都に届くべきだ。私たちキャラバンが運ぶ食料に、ぜひ加えてほしい」
地図には緑豊かな都から王都へ続く長い交易路が示されていた。リオは砂粒混じりの風の中で地図を見つめ、ゆっくり頷いた。
黄昏時、砂丘に馬車の影が長く伸びた。リオは鍋の蓋を閉じ、肩越しの包丁の柄をそっと掴んだ。
「次は、王都へ」
乾いた熱風が馬車列を包み込む。旅商人とカトリーナがその背中を見守る中、リオは新たな大舞台へと歩を進めた。
お読みいただき、ありがとうございます!
限られた一滴の水から生まれた“砂漠スープ”は、仲間の渇きを癒し、
やがてラクダ隊を率いるキャラバン隊長の信頼を勝ち取りました。
次回、第10話では――
王都への緊急供給任務が正式に発動。
リオは緑豊かな都を目指し、新たな旅路を歩み始めます。
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第10話でまたお会いしましょう。