第7話「戦場に香る料理人」
辺境の村を出発し、馬車は戦火の喧騒へ突入する――。
リオは「野戦隊専属料理人」として、初めて戦場の炊事場に足を踏み入れる。
限られた食材と熾き火、傷兵の呻き声。
スキル【料理】の力を問われる、第7話「戦場に香る料理人」、どうぞご覧ください。
薄曇りの朝。村の大通りには見送りの人々が立ち並び、蹄の音が静かに響いた。リオは馬車に積まれた大鍋一式と食材箱を見渡し、深呼吸する。ロッタが涙目で手を振り、ミラがにこりと笑って最後の干し果実を差し出した。セリアは無言で背中を押し、旅商人のアランがにやりと頷いて同行を約束した。
「行ってこい、リオ。お前の一皿が戦場を変える」
一言に、村の絆と期待の重みを感じながら、リオは馬車に身を委ねた。
大地を駆ける馬車はやがて野戦陣営に到着した。木の柵と簡易テントが並ぶキャンプは、傷兵の呻き声と行き交う兵士たちで喧騒に満ちている。フレデリク大佐――背に十字の紋章を掲げた指揮官が、厳しい視線でリオを迎えた。
「これほど料理で人が変わるとは聞いたが、本当か?」
大佐は煙が立ちのぼる炊事場を指し示す。そこには食材も水も限られ、兵士たちは疲労困憊の表情を見せていた。
「はい、大佐殿。全力を尽くします」
リオは頭を下げ、すぐに鍋の準備に取りかかった。
だが、野戦の炊事は村とは勝手が違った。乾ききった野菜は芯が硬く、保存の効いた干し肉は塩気が強すぎる。風と戦火の灰混じりの空気に、熾き火は何度も消えかけた。リオは苦心して薪を寄せ、〈素材魔素再構成+10%〉の魔力で野菜の内部に水分を補い、干し肉の塩分を和らげる工夫を施す。すると、鍋底に穏やかな煮え音が戻り、湯気は淡い甘みを帯び始めた。
「なるほど……!」
周囲の炊事兵たちも驚きの声を上げる。リオは額に浮かんだ汗を拭い、再び火加減を調整した。
正午、傷兵や兵士たちが列を作った。リオは木杓子で一杯ずつスープを注ぎ、兵士たちに手渡す。口に含んだ瞬間、硬い表情がほどけ、痛みが緩むように肩の力が抜けていく。野戦医のカトリーナが目を丸くし、近づいて声をかけた。
「これは……ただの滋養食ではない。疲労と痛みが和らいでいく!」
〈潜在能力開放+30%〉の数値を胸に刻みながら、リオは静かに頷いた。兵士たちの笑顔が、戦場の緊張をひととき忘れさせる。
夕暮れ、フレデリク大佐がリオを呼び出した。荷台から取り出されたのは羊皮の書類と筆記用具。
「リオ・ガルド――正式に貴様を『野戦隊専属料理人』と認めよう。次は移動炊事も含め、前線全体を支える頼みだ」
軍の命令書にサインをするリオ。震える指先で文字を結ぶたび、心に新たな責任が刻まれていく。
「承知しました、大佐殿」
視線を上げると、遠くの灰色の塹壕が夕陽に照らされて黒い影を伸ばしていた。大きな戦火の中で、リオの鍋から立ちのぼる湯気は、一筋の希望の灯りのように、静かに夜空へ溶けていった。
お読みいただき、ありがとうございます!
リオは戦火の中で、鍋一つが生む“癒し”を証明しました。
次回、第8話では――
大佐の期待を背に、前線を渡り歩くリオの奮闘をお届けします。
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第8話でまたお会いしましょう!