第2話「壊れたかまどに、初めての火を」
灰に埋もれたかまどから、小さな“火種”が立ち上る――。
追放され、空腹と寒さに震えるリオは、壊れた台所で何とか火を起こす。
そこに舞い込んだのは、一人の少年と――遥か遠くから響く鎧の足音。
絶望の底で生まれた一杯のスープが、静かな奇跡を呼び込む。
第2話は、“無能”と呼ばれた料理人の最初の一歩を、どうぞご覧ください。
ぐぅぅ――。
腹の底が鳴った音で目を覚ます。床板の冷たさが背中に染み、寝袋から起き上がるのも一苦労だ。昨夜の疲労が全身に残り、喉は乾き、頭もぼんやりしている。
――ああ、そうだ。俺は追放されたんだった。
痛む腹をさすりつつ、台所へ足を引きずる。ひび割れた鍋、崩れた棚、煤だらけのかまど。ここで、何とか生き延びるしかない。
「……火床、まだ大丈夫か?」
かまどの灰をかき分ける。石材に大きな割れは見当たらない。僅かな枯れ枝と、冒険者時代に買った小型マグマ石を取り出し、一か八か火を起こす。
ぱちっ、ぱちっ。火花が枝に飛び移り、小さな炎が生まれる。煤の匂いと、わずかな暖気が俺を少しだけ安心させた。
近くの棚には干し肉の切れ端と、乾燥豆が残っている。ほこりを払って鍋に水を張り、豆と裂いた肉を投入。野草の根をすりつぶして軽く塩気を足し、鍋に蓋をした。
――〈素材魔素再構成+2%〉
視界の隅にチラリとシステム風の文字が見えた気がしたが、疲れ目の幻覚だろうと首を振り無視する。
やがて鍋からは、湯気と共にほのかな塩気と出汁の香りが立ち上り、空き家に静かな活気を運んできた。
匙で一口すすると、口当たりは温かく、干し肉の旨味がじんわりと体を巡る。凍えていた内臓が確かに“目覚め”た感触があった。
「……うまい」
唇の端でつぶやいた瞬間、扉の隙間からかすかな足音がした。振り向くと、小柄な少年が顔をのぞかせている。頬はこけ、服は擦り切れ、足元も頼りない。
「……すみません、ここで……」
少年は声を震わせながら一歩踏み出した。目が合うと、声は弱々しく続く。
「昨日は村でくずパン一切れと水だけで、夜を過ごして……それでも何とか耐えたんですけど……匂いに、誘われて」
昨夜の粗末な食事で体力は限界に近いらしい。目の下にはクマがあり、顔色も土気色だ。にもかかわらず、必死にこちらを見つめている。
俺はためらいながら、空いた木椀を取り出し、匙ですくったスープを半分そっと差し出した。
少年は震える手で受け取り、慎重に一口含む。目を閉じ、しばらく味わったのち、驚いたように息をついた。
「……あったかい……体が、ずいぶん楽になります……!」
声には力がなかったが、確かにさっきより筋肉の震えが収まり、肩の力が抜けていくのが見て取れた。乾いた頬に少し血色が戻り、その頬を手ですりながら少年は柔らかく笑った。
「ぼく、ロッタ。父さんが病気で動けなくて……もう薬代も尽きてて、村のみんなに迷惑かけっぱなしで……でも、これなら父さんにも飲ませてあげたい」
弱々しい笑顔に、胸の奥が締め付けられる。俺は黙って鍋をかき混ぜ、水を足してさらに温めた。
「好きなだけ飲んでくれ」
細い声で答えるロッタに、俺は小さく頷いた。
ロッタは木椀を胸に抱えながら、ふらつく足取りで外へ出ていった。その背中はまだ不安定だったが、鍋の前に残る俺を見返し、しっかりと一言を残した。
「ありがとう、お兄ちゃん。また来るね!」
その声が途切れた瞬間、屋外の路地で甲高い鎧音が響いた。鉄のぶつかる金属音が、静まり返った集落に冷ややかに鳴り渡る。
――次は、子どもではない訪問者だ。
壊れたかまどから立ち上る湯気が、静かに新たな幕開けを告げていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
リオの“料理”が初めて誰かの命を温め、ほんの少しだけ世界が優しく見え始めました。
ロッタという小さな命との出会いから、やがて騎士――セリアの足音が聞こえてきます。
次回、第3話では「空き家を改装しようとした瞬間」に、真の訪問者がドアを叩きます。
感想やご意見がありましたら、ぜひお聞かせください!
それでは、次話でお会いしましょう。