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第16話「高嶺の香り、命をつなぐ山の一皿」

霧に包まれた高嶺の朝、リオは薄氷のような空気を胸いっぱいに吸い込む――。

東方山岳地帯の険しい峰々が迫り、その冷気が魂を揺さぶる。


ナツメヤシとは対極的な冷たさが支配するこの地で、

リオは高山ハーブと山鳥、野生キノコを手に、

「高山ハーブ煮込み」を編み出すべく、命の火を灯す。


冷えきった山里にこだまする鼓の音の下、

一皿が村人の絆を蘇らせ、過酷な自然を超えて温もりをもたらす――。


第16話「高嶺の香り、命をつなぐ山の一皿」、どうぞご覧ください。

 薄い霧が張りつめた早朝、リオを乗せた馬車は東方山岳地帯の険しい山道をゆっくりと登っていた。標高が上がるごとに風は冷たく鋭くなり、息を吸うと「ヒューッ」と胸に刺さる感覚が走る。馬車の車輪が岩を乗り越えるたびに「ギュル…ゴロゴロ」という軋みが響き、遠くでは岩石が転がる「ゴロゴロ」という鈍い余韻が山峡に漂った。小石が馬車の側面にぶつかり「チリッ」と頬に痛みを走らせるほど、空気は乾ききっている。


 リオは凍える息を整え、震える手で包丁の柄を握り締めた。胸の奥で鼓動が高鳴り、視界のかなたに小さな集落の旗がわずかに見えた。「東方山岳地帯へようこそ」と書かれた村長の旗が、冷気に凛とたなびいている。雪をかぶった頂が霧の合間にちらりと顔をのぞかせ、リオは深く息を吸い込んだ。


 馬車が集落の入口に近づくと、リオはゆっくりと馬車から降り立った。手に抱えていたのは、カールから託された書状だ。金箔で縁取られた羊皮紙には、触れると凹凸が感じられるほど精緻な紋章が描かれ、その先には紫の羽根飾りがかすかに煌めいていた。書状を手に伝わるひんやりとした質感が、これから挑む世界の厳しさを予告しているかのように思えた。


 村の市場に足を踏み入れると、赤い炭火が揺らめく棚の上に野生キノコや乾燥山鳥の肉が所狭しと並んでいた。薬草師は手にした高山ハーブを風に吹かせ、その清涼感をリオに確かめさせるかのように顔の前で揺らした。ミントのような香りがふわりと立ち上り、凜とした冷気と混ざり合う。遠くで「バーン」という猟師の銃声が響き、リオは耳をそば立てた。視界の隅で、猟師が獲物を解体しながら肉を棚に並べる姿があった。


 村長がゆっくりと近づき、リオの肩にそっと手を置いた。

「この標高では夏が短く、収穫は限られる。高山ハーブと山鳥の肉は、村人にとって貴重な栄養源だ」


 村長の背後には霧に隠れた山肌が広がり、空気がさらに薄く感じられる。リオはその冷気に身を震わせながらうなずいた。薬草師は小さな麻布の袋を取り出し、中からミントに近い苦みのある草を差し出す。

「これが高山ハーブだ。少量で十分、寒気を抑える力がある」


 その横で、老猟師が朽ちたオオカミの骨を手にし、声を低く響かせた。

「この肉は幻の味だ。次に手に入るかも分からん。だから大切にしろ」


 さらに、鍛冶屋の若い男が杖をつきながら声をかけてきた。

「お前の料理、山賊の襲撃で疲弊した俺たちを救ってくれ。集落はもう限界だ」


 リオは乾いた高地の風を吸い込み、「ここでも料理で人々を支えたい」と目を固めた。


 小屋のかまどを借りたリオは、試作に取りかかる準備を始めた。まず、山鳥の肉を〈素材魔素再構成+70%〉で下茹でし、余分な脂と血合いを取り除く。冷たい空気とは裏腹に、鍋からは「ジューッ」と湯気が勢いよく立ち上り、リオの顔に赤みを帯びた汗がにじむ。


 次に、高山ハーブを少量だけ鍋底で「パキパキ」と炙り、香りを立たせた。ふわりと漂う清涼感を確かめながら、野生キノコを薄切りにし、シャキッとした食感を残すために最後に鍋に加える。かまどの余熱を利用し、「ジュワッ」といった湯気が静かに立ち上る。


 初回の味見では、薬草師が匙を置いて首を振った。

「苦すぎるわ。寒気を抑えるどころか、身体が冷える」


 リオの胸に幼い頃、母が差し出した温かな鍋の記憶が一瞬蘇り、「また利用されるのでは」という恐怖が胸を締めつけた。しかし、彼はすぐに気持ちを切り替えた。鍋を見つめながら、手早くハーブの量を半分に減らし、野生キノコと山鳥の脂でコクを補い、さらに山鳥の肉をゆっくり煮込む。


 再度味見をすると、苦みはすっかり和らぎ、山鳥の旨味とキノコの香りが仲良く口に広がった。最後に残るのは、ほのかな清涼感――まるで高嶺を吹き抜ける風を思わせる透明感と温かさ。一口ごとに寒さがほぐれ、「これだ」とリオはつぶやいた。


 日が傾き、村の広場には「高嶺の祭り」を祝う灯りがともされた。小屋の奥から漏れる橙色の光が凍える暗闇を少しだけ和らげ、鼓の「ドンドン」というリズムが高地の夜に響き渡る。子供たちは「ラーララ」と楽しげに歌を口ずさみ、焚火の「パキパキ」という音が寒気を紛らわせる。テントの周囲には山鳥の羽根が丁寧に飾られ、村人たちはかじかむ手を焚火にかざして温めていた。


 リオは大鍋を二人がかりで運び出し、完成した「高山ハーブ煮込み」を据えた。鍋を開くと、湯気が立ち昇り、ハーブの清涼感と山鳥の深い旨味が夜空にたちこめる。群衆はその香りに誘われるように箸を手にし、一斉に鍋をつつき始めた。


 村長が杖をついて近づき、慎重に味見をすると、目を細めてつぶやいた。

「まるで高嶺を吹き抜ける風のような清らかさと温かさだ」


 隣にいた猟師も頷きながら、山鳥の骨をそっと手に取り、「これで猟師もまた命をつなげる。ありがたい」と微笑んだ。薬草師は高山ハーブの香りをそっと確かめ、「寒気を追い払う力がある」と評した。


 老猟師は目を細めて笑いながら、「この山には珍しいキノコがまだ残っている。次はそれも頼むぞ」と言い、周囲に笑いが広がった。子供たちは鍋を何度もおかわりし、温かさに包まれて歓声をあげた。凍える山里に、料理で結ばれた絆の温もりがじんわりと広がっていく。


 祭りの余韻が静まる頃、リオは夜空を仰いだ。遠くの山頂で雪が崩れ、「ゴロゴロ」という轟音が谷間にこだました。冷たい風が「ヒューッ」と雪片を巻き上げ、頬に「チリリッ」と小さな痛みを与える。星明かりに照らされた山肌は、不穏な裂け目をのぞかせている。


 猟師がそっとリオの肩を叩き、低い声で警告した。

「雪崩が近い。交易路は次の嵐で遮断されるかもしれぬ。余分な水と食料を確保しろ」


 その背後で村長が金縁で縁取られた書状を差し出した。触れると、羽根飾りの縁に刻まれた細かな文字がひんやりと手に伝わる。書状には「北方氷原には絶滅寸前の幻の野生獣がいる。肉と脂には薬効がある」と記され、北方へ向かう正式指令として精緻な署名が添えられていた。


 リオは包丁を握り直し、凍える夜風を胸に受けながら顎をわずかに上げた。鼓動は早鐘のように鳴り、胸の奥で新たな決意が煮え立つ。

「高度がどれほど上がろうとも、料理で人々をつなぎ、命を紡ぐ旅は続く」


 その言葉を心に刻み、リオは雪崩の兆しを背に馬車へと歩み出した。背中には、砂漠と高嶺で培った知恵と覚悟が燦然と揺らめいていた。

お読みいただき、ありがとうございました!


リオは東方山岳地帯で、冷え切った空気と険しい環境に挑み、

「高山ハーブ煮込み」で村人の心と体を温めました。


高山ハーブの清涼感、山鳥の深い旨味、野生キノコの香り――

四方を雪に囲まれた集落に、まるで高嶺を吹き抜ける風のごとき一皿が命を紡いだのです。


しかし、遠くで「ゴロゴロ」と雪崩の音が迫り、村を襲う危機はすぐそこに。

書状が示す北方氷原の幻の獣が、次なる試練と可能性を予感させています。


次回、第17話では――

北方氷原の極寒の大地で、リオは幻の野生獣を求め、

命をつなぐ料理の限界に挑むことになるでしょう。


ご感想やご意見をぜひお寄せください。

第17話でまたお会いしましょう。

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