第15話「砂漠の熱風、命を紡ぐ一皿」
砂嵐の余韻が残るオアシス都市ダルサン――。
リオは王都から届いた書状を胸に、酷暑と乾きに満ちた砂漠の地へ降り立つ。
熱風に焦がされながらも、ナツメヤシの甘みと香辛料の香りで紡ぐ「ラクダ肉とナツメヤシの香辛料煮込み」が、
干上がった喉と凍える心を温め、命をつなぐ一皿となる。
砂嵐迫る砂漠の夜に、リオは次なる試練を胸に刻む――。
第15話「砂漠の熱風、命を紡ぐ一皿」、どうぞご覧ください。
砂嵐の余韻を残す夕暮れ、馬車はオアシス都市ダルサンに到着しようとしていた。車輪は細かい砂に埋まりかけ、頬を焼くような熱風が吹きつける。リオは胸に抱えた書状(金箔で描かれた王都外務省の紋章と紫の羽根飾りがほんのり光る)を抑え、滴る汗をぬぐった。干上がった井戸の跡には「シューッ」という風の音が響き、子供が母親にすがりつく声が耳に届いた。
「お腹がすいたよ…」
その震える声に、リオの胸は締めつけられた。包丁に手をかけ、深呼吸をひとつ。背筋を伸ばし、覚悟を固めて馬車を降りた。
翌朝、砂塵を踏みしめながらリオは市場へ向かった。ナツメヤシの乾いた実が並ぶ屋台の隣に、ドライラムを並べた行商のテントが並び、香辛料を石臼で挽く女性が「ガラガラ」と臼を回していた。遠くからラクダ商隊のラッパ音が「ポーホー」とかすかに聞こえ、「カツン、カツン」と履き物が砂を踏む音がリズムを刻む。行商の女性が木箱からナツメヤシを一粒かじりながら教えてくれた。
「乾いた砂地でも甘みは失われないのよ」
リオはうなずき、塩水を扱う露店へ足を進める。そこではラクダ乳を塩水で発酵させたヨーグルトが並び、王族の側近がそっとリオに告げた。
「この砂漠では数日水が手に入らないこともある。井戸水は塩分が強く、命の糧だ」
すると、停まっていたラクダ商人がリオを一瞥し、短く言った。
「砂漠の味に耐えられるか、見せてもらおう」
近くで遊牧民の代表が頭を下げて訴えかける。
「砂嵐で交易隊が足止めされ、食料が底を尽きかけている。どうか、あなたの一皿を待っている」
リオは乾いた熱気を吸い込み、砂漠特有の食材で人々を助ける決意を新たにした。
試作の場は簡素な石造りの厨房。リオはまずドライナツメヤシを水で戻す。干上がった砂地でも蜜のような甘みを保持する特性があるため、濃厚なだしを引き出せるはずだ。次に、香辛料――クミン、コリアンダー、カルダモン――を鉄鍋の底で軽く乾煎りし、「スーッ」とスパイスの香りを立てる。
砂漠ラクダ肉は塩井戸水で下茹でし、余計な臭みを抜いて旨味を閉じ込める。だが、この井戸水は塩分が強く、加減を間違えれば味が濃くなりすぎる。リオは漆喰土鍋に肉を移し、香辛料とナツメヤシを加えた。火は炉の端で余熱を利用し、「ジューッ」と湯気を立たせながらじっくり煮込む。汗で額が滲み、視界がわずかに揺れた。
味見の結果、行商の女性が匙を下ろした。
「甘すぎるわ。ラクダ肉の強い風味と合わない」
リオの胸には幼い頃、母と囲んだ鍋を見つめていた温かな記憶が一瞬フラッシュバックする。「また誰かに利用されるのでは――」という恐怖が胸を締めつけたが、彼はすぐに気持ちを切り替え、ナツメヤシの量を半分に減らした。塩井戸水の塩分も慎重に絞り、香辛料の比率を再調整する。再び鍋を覗き込むと、揺れる湯気からは甘みと塩味、スパイスの香りがバランスよく漂い、身体の芯まで温かさが染み渡る一皿が姿を現した。
夜になり、市場広場は“砂漠オアシス祭”の慶びに包まれていた。砂の上には鮮やかな青い絨毯が敷かれ、テントの中から笛の旋律が「ツイー、ツイー」と優しく響き渡る。履き物の「タタタッ」という音が砂粒を踏むたびに会場全体が微かにざわめく。リオは大鍋を二人がかりで運び、「ラクダ肉とナツメヤシの香辛料煮込み」を据えると、湯気がほのかにスパイスの香りを伴って夜空に消えた。群衆からは待ちきれない様子で「早く、早く」と小声が飛び交う。
キャラバン隊長は杖で立ち上がり、「一杯貸してくれ」と鍋の縁を箸でそっとすくった。ひと口含むと、目を細めて言った。
「まるで夜のオアシスに吹く涼風を口にしたようだ」
その言葉に拍手が起こり、砂埃が灯りに照らされて黄金に輝いた。遊牧民の母親は子供に一匙ずつ食べさせ、涙をぬぐいながら微笑んだ。
「こんなに温かい汁は、久しく味わっていない」
隣の遊牧民は頷き、王族の使者が高い鼻をひくひくさせて短く宣言した。
「砂漠の命をつなぐ料理だ」
周囲からは「次はデーツとチーズを」とリクエストが飛び交い、拍手と歓声が夜空に溶け込んだ。リオの胸には深い達成感がゆっくりと広がった。
祭が終わりに近づくと、遠くの夜空に砂塵の渦が現れ、「シューッ」という刺すような音を立てながら近づいてきた。オアシスの井戸端では、微かな風で「タプン、タプン」と水面が揺れる。キャラバン隊長がリオの肩をそっと叩きながら、低い声で警告した。
「交易路は次の嵐で寸断されるかもしれない。余分な水と食料を備えておけ」
その背後で、砂漠王族の使者が忍び足で近づき、紫色の羽根飾りの書状を差し出した。書状には王都外務省の紋章入りで、「東の山岳地帯には新たな食材がある」と記され、東方ルート開拓の正式指令として細やかな署名が刻まれている。触れると羽根飾りがかすかに煌めき、書状の重みが手に伝わった。
リオは包丁を握り直し、砂嵐の近づく夜風を浴びながら顎を軽く上げた。鼓動は高鳴り、胸の奥で新たな決意が煮え立つ。
「料理で人々をつなぎ、命を紡ぐ旅は、まだ終わらない」
心に誓いながら、リオは砂嵐の気配を背に馬車へと歩み出した。その背中には、北国で培った温かさと砂漠で得た知恵、そして次なる試練への覚悟が揺らめいていた。
お読みいただき、ありがとうございます!
リオは砂漠のオアシスで、極限の暑さと乾きに挑み、「ラクダ肉とナツメヤシの香辛料煮込み」で
人々の命をつなぎ、心に温かさを届けました。
ナツメヤシの蜜の甘み、塩井戸水のコク、香辛料の温かい風――
砂漠の過酷さを乗り越えた一皿は、乾ききった砂の上でも人々を結びつける力を証明しました。
しかし遠くの夜空に渦巻く砂嵐の気配は、新たな危機の前奏。
東の山岳地帯への書状が示す未知の食材と試練が、リオを待ち受けています。
次回、第16話では――
東方の険しい山岳地帯で、リオは新たな食材と文化に挑む。
厳しい高地の気候と険路の中で、「命を紡ぐ一皿」が再び繋ぐものとは……。
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第16話でまたお会いしましょう。