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第14話「北国の都に響く風の香り」

雪解けの朝、リオは王都を後に馬車へと乗り込み――。

厳しい寒風が迎える北国スノリスで、彼は初めて異国の食材と対峙する。


凍結リンゴの甘み、雪下人参の歯ごたえ、塩蔵昆布の旨味を駆使した「北国鮭鍋」は、

凍える漁師たちの体温をゆっくりと溶かし、港町に温かな絆を紡ぐ。


だが、その裏では北国の食料事情や権力争いが蠢き、

リオは料理人としての誇りと恐怖の間で揺れる――。


第14話「北国の都に響く風の香り」、どうぞご覧ください。

 夜明け前の王都は、まだ深い静寂に包まれていた。石畳に残る鐘の余韻を背に、リオは馬車のそばで最後の荷物を詰め込む。ジュリアンが心配そうに囁く。

「先輩、凍える港町でちゃんと生き延びられるんでしょうか…?」

 リオは包帯で巻かれた腰の包丁に軽く手を触れ、深呼吸をひとつ。そして、カトリーナが肩にそっと手を置いて励ます。

「お前なら大丈夫。王都で培った力を信じなさい」

 レイナもにっこり笑って頷く。馬車の幌がはためき、遠くで鐘楼の影が薄明かりに浮かび上がる。リオは旅立ちを決意しながら、カールから手渡された航路の地図を改めて見つめた。険しい山脈、氷結する海路が赤い線で示されている。彼は包丁を腰に当て、静かに頷いた。


 雪がちらつく山道を越え、馬車は北国の港町スノリスへ到着した。凍えた海風が頬を刺すように吹きつけ、岸壁には氷塊同士がぶつかる「パチパチ」という音がこだまする。木製の屋台では鮭が豪快に焼かれ、その香ばしさが冷気に混ざる。漁師たちは震える手で網を扱い、子供たちはマントにくるまりながら、男の子が小声で叫んだ。

「お母さん、温かいものがほしいよ…!」

 屋台の主人は薪の火をあおりながら、鍋の湯気から聞こえる音に応えてリオを見た。

「お前はどこの国の料理人か?」

 リオは雪がちらつく視界の中で答えた。

「王都から来た料理人です」

 主人は頷きながら、並んだ鮭の切り身を指さす。

「寒さに凍えた体には、この塩気と脂が効く。今度の氷結港開放祝いには、一皿頼むぞ」


 リオは「わかりました」とだけ返し、凍結リンゴや雪下人参の並ぶ八百屋へ足を進める。凍結リンゴは冬でも甘みを失わず、皮が薄く凍ったままカットできる。雪下人参は凍ってもシャキッとした歯ごたえが特徴で、雪解け水を吸って引き締まった甘みがあると聞いた。リオはその特性を確かめながら、「北国鮭鍋」の構想を頭に描いた。しかし北国の塩蔵昆布や鮭の脂の強さを目の当たりにし、額にうっすら汗を浮かべる。


 市場横の小屋へ移ったリオは、試作の準備を始めた。まず鮭の切り身を取り出し、〈素材魔素再構成+65%〉を心で念じる。鍋に入れた鮭は、脂分が軽く整えられ、上品な旨味だけを残したように見える。次に凍結リンゴをすりおろし、鍋に投入する。凍ったままのリンゴは、だしとしてほのかな甘みと酸味を与えるはずだ。さらに、シャキシャキとした食感を求めて薄切りにした雪下人参と、白ネギを加える。最後に、地元の塩蔵昆布を細かく刻んで鍋に投入し、鮭の旨味を引き締める。


 沸騰し始めた鍋からは勢いよく湯気が立ち上り、「ジューッ」とかすかに音を立てる。リオは唇をかみしめた。「胸の奥が寒さで締めつけられる…」そう感じながら、味見用の木杓子でひと口すくい、口へ運ぶ。すると地元の漁師が声をかけてきた。

「この脂の多さは北国でも暴飲暴食に近いぞ」

 リオの胸に過去の記憶がよみがえる。かつて、利用されて傷ついた自分の料理。瞬間、幼い頃つぶれるほど嬉しそうに母の鍋を見つめていた幸せな光景が一瞬フラッシュバックし、「また、誰かに利用されるのではないか」という恐怖が胸を締めつけた。しかし彼は素早く気持ちを切り替え、「申し訳ありません」とだけ返した。鍋をじっと見つめ、再び〈素材魔素再構成〉の数値を微調整する。脂と塩気を抑え、凍結リンゴの甘みと昆布の旨味をより際立たせる配合に変更し、再度味見を繰り返す。すると鍋の中からは鮭の自然な甘みと優しいだしの香りが立ち上り、身体の芯まで温かさが染み渡るようになった。


 夜となり、港の倉庫跡を改装した仮設会場では“氷結港開放祭”が始まっていた。木の床は雪解け水で湿り、蝋燭の灯りが揺らめく中、遠くでは子供たちが笑い声を上げ、かすかに歌声が聞こえた。漁師や商人、近隣諸侯の家臣らがテーブルを囲み、凍える手を温めながらリオの鍋の到着を待っている。馬車の輪の跡が残る砂利道に、時折「カツン、カツン」と靴の音が響いた。


 リオは大鍋を二人がかりで運び、「北国鮭鍋」を目の前に据えた。湯気の向こう側から歓声が上がる。漁師たちは震えた手で木製の箸を取り、鮭鍋をひと口含む。寒さで凍えた体に、ゆっくりと温かさが広がり、自然と頬が緩む。沿岸諸侯の代表である北方公爵の隣席の貴族は、箸を止めてそっと目を閉じた。しばらくして、低く感嘆の声をあげた。

「この味はまるで北の星空を思わせる」

 拍手が起こり、会場は温かい雰囲気に包まれる。


 山岳領主配下の家臣は箸を落としながら、「これで戦士たちも心底温まる」と低く呟き、凍えた体を抱きしめるように視線を鍋に向けた。隣の商人が頷き、「次は凍結ワカサギの唐揚げをお願いしたい」とリクエストを送り、会場はさらに盛り上がった。リオはその光景を見つめながら、胸にじんわりと達成感と温かさが広がるのを感じた。


 開放祭が終わりに近づくと、凍てつく港の夜景が松明の灯りに照らされて妖しく輝いた。リオは人混みを抜けて岸壁へと足を運ぶ。氷塊の隙間に灯る松明が揺れ、月明かりが凍てつく水面にきらめきを映し出す。その風景を見つめるリオの耳に、海水が氷を押し返す「コツン」という低い音が響いた。


 そこへ、街の長老が紫色の羽根飾りの書状を手渡してきた。書状には王都外務省の紋章とともに「南部砂漠地帯・ダルサンの資金援助と交易路開放の正式指令書」が記されているという。リオは書簡を静かに受け取り、緊張した面持ちで表面の紋章を指先でなぞった。


 彼は再び旅支度を確認し、馬車の準備を見届ける。包丁を腰に当て、凍える風の中で真っ直ぐ前を見つめた。鼓動が高鳴り、胸の奥で新たな決意が揺れ動く。

「料理で人々をつなぎ、異国を理解する旅は、まだ始まったばかりだ」


 そう心に誓いながら、リオは夜の冷たい風を一身に受け、馬車へと足を踏み出した。背中には、北国で得た温かさとともに、影に潜む新たな試練への覚悟が揺らめいている。

お読みいただき、ありがとうございます!

リオは北国スノリスで、寒さと食材の壁を越え、「北国鮭鍋」で人々を温めました。


凍結リンゴや雪下人参、塩蔵昆布を組み合わせる応用力は、

異国の地でも通用するという自信を与えたことでしょう。


しかし、豊かな味わいの裏側では、北国の漁業事情や権力争いが待ち構え、

その中で料理が果たす役割の大きさをリオは改めて知りました。


次回、第15話では――

南部砂漠地帯・ダルサンへの旅路が始まります。

乾ききった砂と熱風の地で、リオは新たな食材と文化に挑むことに。


感想やご意見をお待ちしています!

第15話でお会いしましょう。

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