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第12話「王妃の前で揺れる鋼と影」

正午の鐘が王宮を震わす――。

リオは兄弟弟子ジュリアンとともにその音に背を押され、

最高峰のスキルを駆使して王妃へ料理を捧げる。


「春の朝露のようなコンソメゼリー」と「深海の香りのポタージュ」、

その味は外交のカードとなり、

宮廷の影を揺らす。


第12話「王妃の前で揺れる鋼と影」、どうぞご覧ください。

 正午の鐘は、宮廷の大理石を揺さぶるように重々しく鳴り響いた。その振動は厨房の奥まで届き、リオの胸にはまるで鼓動が重なるかのように感じられた。兄弟弟子のジュリアンと並び、リオは鍋を前に深く息を吸い込む。ジュリアンの手を見ると、汗でわずかに指先が滑り、鍋の縁に添えた手がわずかに震えている。リオはそっと背中を叩き、声にならない声で「大丈夫だ」と伝えた。


 王妃の控え室に案内されると、空気は緊張と静謐が混ざり合った香りで満たされていた。扉の前に立つリオの肩に、侍医カトリーナがそっと手を置き、小声で囁く。

「陛下は最近、食欲が落ちています。油分は抑えつつ、栄養はしっかり確保しましょう」

リオはペンを取り、小さなメモ帳に書き込む。心臓が高鳴り、手がわずかに震えて文字が歪みかける。


 侍女エリサは控え室の隅で王妃を待ちながら、リオへ小声で伝えた。

「陛下は色鮮やかな皿を好まれます。特に春野菜の緑と淡いピンクの花びらが映えるものがお気に召します」

エリサの声には静かな優しさがあったが、リオは肩の力が引き締まるのを感じた。


 老臣リスターが、ひんやりとした石の床に杖をつきながら近づき、落ちついた声で囁いた。

「この昼餐はただの饗宴ではない。両国使節へのアピールでもあるのだ。料理ひとつで王国の威信を示さねばならん」

リオは言葉を飲み込み、胸の奥がひりつくような緊張を覚えた。


 リスターはさらに、袍の裾を押さえながら左手で内ポケットに手を伸ばした。銀色の封蝋のついた小さな書簡を取り出し、そっと確認してからリオの視線をわずかにうかがった。その動作には、王妃の意思を確かめた上での策略が込められているように見えた。


 数度の深呼吸を経て、リオは勇気を振り絞り、ゆっくりと扉を押し開けた。


 大広間に足を踏み入れると、王妃は薄紫の絹のローブをまとい、真珠の飾りが首元でかすかに揺れている。壁にかかった絵画や調度品の間をすり抜け、王妃は優雅に腰掛けて香炉から立ち上るジャスミンとバラの香りを鼻先で楽しむように目を閉じた。その横顔に、リオの鼓動は一層高まった。


 リオは震える手で最初の前菜「鱗鮫のコンソメゼリーと王都春野菜のマリネ」を運んだ。琥珀色に澄んだコンソメは、昆布と海草の旨味を凝縮し、皿の縁には新鮮なアスパラガスの緑、薄紅色のラディッシュ、そしてほんのり黄色い花びらが彩りを添える。リオは〈素材魔素再構成+50%〉を心で唱え、鍋の中で凝縮した旨味をさらに引き上げた。


 王妃は金縁のスプーンでそっとコンソメゼリーをすくい、一口含むと、曲線を描く優雅な動作でゆっくりと目を閉じた。彼女の視線は下がり、薄紫の長いまつ毛が頰に影を落とす。数秒後に目を開け、そっと頬杖をついてから囁いた。

「まるで春の朝露を飲んでいるようだわ……」

その言葉とともに、リオの胸の中で氷が溶けるような喜びが広がった。


 次に、「白トリュフ風味の甲殻類ポタージュ」を差し出す。深紅色に濃厚なとろみを帯びたスープは、甲殻類のエキスがほのかに漂い、その表面には白トリュフオイルがわずかに浮かんで輝いている。リオは再度〈素材魔素再構成+50%〉を思い浮かべ、料理が最高の状態であることを確信した。


 王妃は斯くっとスプーンを手に取り、ポタージュを口元へ運ぶ。その瞬間、目を一瞬見開き、スープの香りをゆっくりと堪能するように小さく息を吐いた。

「これは……まさに深海の香り」

言葉は低く、しかし確かな感嘆を伴っていた。


 侍医カトリーナは王妃の頰の血色を確かめるため、そっと頰に手を当て、小声で報告する。

「陛下、すでに血色が安定しておられます」


 一方、王宮の奥座敷に控える老臣リスターはわずかに微笑み、傍らにいた貴族にそっと頷いた。その貴族は軽く拍手を送り、王妃の満足を静かに称えた。


 昼餐が一息ついたとき、老臣リスターは王妃の側近としてそっとリオに近づいた。そっと囁く声には策略の影が匂う。

「この料理の評判は他国にも伝わっている。南方の使節団は特に、この味を求めておる。次の迎賓では、陛下のお許しのもと、彼らにも振る舞っていただきたい」


 リオはその言葉を背後で聞き、胸の奥がヒリヒリと痛むように感じた。王妃の一声で料理が外交の道具にされるとは思わなかった。


 そのとき、黒いエプロンに身を包んだスウェインが静かに歩み寄り、低い声で忠告した。

「リオ、あの老臣の策略には気をつけろ。お前の料理は高く評価されても、あくまで“道具”と見なされる。料理人は誇りを持て。しかし、利用されぬよう用心せよ」

スウェインはリオの肩にそっと手を置き、険しい目でじっと見つめた。その視線に、利用されることへの警戒と同時に、料理人としての誇りを忘れるなという覚悟が込められていた。


 リオは声を飲み込み、わずかに俯いて弟子のジュリアンと目を合わせた。ジュリアンは青ざめた顔で小さく呟いた。

「先輩、僕たちの料理が、こんな形で利用されるとは思いませんでした……」


 リオは唇をかみしめ、胸に湧く悔しさと使命感を同時に受け止めた。


 昼餐を終え、リオは厨房へ戻る途中だった。細長い廊下に漂う夕暮れの光が、窓から射し込んで朱に染まった。カールが控え室の扉を軽くノックして顔を出した。

「お疲れ、リオ。今夜の祝賀晩餐のメニュー開発を命ず」


 カールの言葉に、リオの胸は再び鼓動を早めた。

「祝賀晩餐……陛下の昼餐よりも大勢をもてなすということか」

リオの声には緊張と期待が入り混じり、手のひらに汗がにじんだ。


 窓から差し込む西日の光がリオの影を長く廊下に伸ばし、鐘の余韻が淡く響いていた。朱い光を浴びる王宮の塔が、威厳をたたえながらそびえ立つ。


 リオはぎゅっと包丁を握りしめ、拳を固く結んだ。

「宮廷の夜は、さらなる試練を呼んでいる……」

鼓動は高鳴り、胸の中で新たな決意が揺らめく。リオはその足で、夜の厨房へと踏み出した。

お読みいただき、ありがとうございます!

リオは王妃の前で二皿を供し、その才能が外交に利用されることを知ります。


昼餐の成功とともに生まれた陰影が、

彼の胸に新たな覚悟と悔しさを灯しました。


次回、第13話では――

祝賀晩餐の舞台へ進み、華やかさと陰謀が交錯する夜の宮廷で、

リオはさらなる試練に挑みます。


ご感想やご意見をお寄せください!

第13話でまたお会いしましょう。

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