第1話「スキル【料理】は無能と呼ばれ、俺は世界から捨てられた」
「無能だ」と切り捨てられたスキル【料理】。
剣も魔法もない青年リオは、仲間に背を向けられ、夜の森へ放り出されました。
追放、空腹、孤独――世界から捨てられた男が辿り着くのは、地図にも載らない辺境の村。
壊れたかまどしか残らない空き家で、彼はただ座り込み、何も始められずにいます。
──けれど、物語はここから静かに動き出す。
まずは“絶望だけ”の第1歩目を、ご覧ください。
「悪いな、リオ。お前、今日でパーティーから外れてもらうわ」
その言葉が、焚き火の弾ける音とともに夜空に消えていった。
俺、リオ・ガルドはSランク冒険者パーティー《紅牙の誓い》の一員だった。……だった、というのが今となっては正しい。
焚き火を囲む4人の仲間。リーダーのグランが口火を切り、他の3人は一言も発さず、ただ目を逸らした。
「……理由を聞いても?」
わかっていた。聞くまでもない。だが、俺の心がどうしても一言だけ問いかけていた。
「戦力にならない。これに尽きるな」
グランは無表情だった。むしろ、事務的ですらある。
「スキル【料理】……それだけじゃ、もう俺たちには必要ない」
俺の持つスキル。それは戦闘にも魔法にも関係ない、ただの【料理】だった。
それでも今までは、旅の食事担当として、道中の健康管理や士気維持に貢献してきたつもりだった。だが、それすら“役に立たない”とされた。
「保存食を大量に仕入れたし、村で買えば済む話。もう飯炊きは不要ってことで、全会一致だ」
ダリオが鼻で笑い、ミナは黙ってうなずく。エリスは視線を下に落としたままだ。
……こんなに一瞬で、俺は「いらないもの」になるんだな。
「荷物も置いてけよ。それ、共有の備品だしな」
俺が取り出した寝袋と食料にまで、グランの言葉が突き刺さる。
……共有? いや、それ全部、俺が自腹で揃えたやつだが。
言い返す気力もなかった。ただ、冷えた空気と仲間の無言が、何より雄弁だった。
「わかった。じゃあな」
俺は荷物の一部だけを肩にかけ、森へと歩き出した。
誰も声をかけてこなかった。誰一人、振り返る俺の名前を呼ばなかった。
◆ ◆ ◆
夜の森は、底冷えするような静けさに包まれていた。
ときおりフクロウの鳴き声がして、それすらも自分がひとりであることを強調する。
足元の土は湿っていた。風は冷たく、腹は空っぽ。
「……料理なんて、誰が欲しがるんだろうな」
ぽつりと漏れた声が、木々に吸い込まれて消えた。
今さらだが、思い知る。俺のスキルは“誰かのため”にはならなかった。戦場では剣も魔法も持たない俺に、価値はないのだと、ようやくわかった。
ああ、情けない。悔しい。けれど、その感情すら、今はもう湧いてこない。
ただ、空腹と眠気と寒さに身体を任せて、ひたすら歩き続けた。
◆ ◆ ◆
朝日が差し始めたころ、森を抜けて見えてきたのは、小さな村だった。
村というより“集落”という言葉の方が似合う。馬車の通り道にもなっていないような、地図にすら載っていない場所だろう。
人影はまばらだった。家畜の鳴き声が遠くに聞こえ、どこかの煙突から細い煙が昇っていた。
俺は何かに導かれるように、ゆっくりと村に足を踏み入れた。
誰も俺を見ない。誰も声をかけない。ただの流れ者。おそらく、そういうのが珍しくない土地なのだろう。
路地裏に足を進めると、崩れかけた空き家が一軒、目に入った。
屋根は傾き、窓には板が打ち付けられ、扉は半分壊れていた。
「……住んでる人、いなさそうだな」
手で押すと、扉は軋んだ音を立てて開いた。
中には埃が積もったテーブル、焦げ跡の残るかまど、そしてひび割れた鍋が転がっていた。
人の気配はない。ここは、確かに“忘れられた家”だった。
俺はそっと荷物を下ろし、床に腰を下ろした。
この数日間の疲労が、一気に押し寄せてくる。脚は棒のようで、背中はこわばり、目の奥がじんわりと痛む。
それでも、久しぶりに「誰にも追い立てられない空間」にいることに、ほんのわずかにだけ救われる思いがした。
「……こんな場所でも、まだマシか」
天井を見上げながらつぶやいた。
空っぽの胃袋。重い身体。何もない、何もできない場所。
けれど、ここには誰もいない。
それだけが、今の俺にとっての“安らぎ”だった。
そして、壊れかけたかまどをぼんやりと見つめながら、俺はもう一度、心の中で自分に問いかける。
――料理なんて、何の意味があったんだろうな。
誰に届くでもなく、誰に求められるでもなく。
ただ、世界の隅に流れ着いた俺が、再び何かを始めるには――まだ、その日は遠かった。
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
リオに光はまだ射しません。追放され、ボロ家にたどり着いただけ。
正直、救いの欠片すらない導入ですが、ここで諦めずに見守っていただければ嬉しいです。
次回――空き家のかまどが、ほんのわずかに火を灯します。
「料理なんて無意味だ」と呟いた男が、もう一度鍋を握るきっかけとは?
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