繋がり
それから数日というもの、オレは男子寮の自室にてジータと心を通わせようと努力していた。
「なあジータ、何か食べたいものがあるか? それとも何か欲しいものでも?」
『今は空腹ではないし、欲しいものもない。……あまり構ってくれるな、鬱陶しい』
オレがアプローチしても、こんな感じで煙たがられるだけに終わってしまう。
「は~、どうすればいいんだろうな……」
素っ気ないジータに、オレはうなだれた。
それというのも、シルヴィアと対戦した後にこんなことを指摘されたからだ。
「確かにジータはとてもお強いですわ。それだけに、主人のスタンくんが全く手綱を握れてないようにお見受けられます」
……要はジータをコントロールできていないということ、痛いところを突かれたものだぜ。
それでまずはジータと仲良くなろうと試みてるものの、この通り全く相手にされてないって訳。
「ジータ、お前さ……もうちょっとオレの言うこと聞いてくれないか?」
『断る』
「もうちょっとこう、絆とか……相棒感みたいなものをだな……」
『鬱陶しい。貴様が何を考えようと、我は我のやりたいようにやる』
「ぐはっ……!」
突然、膝から崩れ落ちるオレ。
体が重い……っていうか、魔力が急速に抜けてる!?
『……む? どうした、貴様?』
「お、お前が勝手に魔力使うからだろうが……!」
目の前がぐらりと揺れ、オレはそのままベッドに倒れ込む。
『……ふむ、確かに主の魔力量は低すぎるな。貧弱すぎて困る』
「うっせぇ……!」
こんなんで本当にジータを使いこなせるのか? ますます不安になってきた――。
「どうしたものかな……」
白い天井を眺めながら途方に暮れるオレは、ジータを亜空間に収容してから食堂に向かった。
いつも通り牛乳を数本と肉料理を取り分けてテーブルに運んだオレは、半ば自棄になって食事をかきこむ。
周りの生徒たちがこっちを見てる気がするけどそんなの関係ない、オレは無性に腹が減ってるんだ。
「それもこれもジータが事あるごとに魔力をごっそり持っていくからだ」
牛乳を一気飲みしたところで、ふと白衣姿の女教師がいつの間にか向かい合うように座ってることに、オレは気づく。
「あれっ、ラホール先生? 珍しいですね、こんなところで会うなんて」
ラホール先生といえば、いつも薄暗い実験室に籠っているイメージしかなかったから、食堂にいるのが意外に映った。
「なんだ、スタン・レクシー君。私とて食事はするぞ」
「それもそうですね。……じゃなくてっ、どうしてオレのところに?」
オレがそう問いかけると、ラホール先生は瓶底眼鏡の奥でギランと眼光を光らせる。
「教師たるもの、生徒の様子を伺うのもまた仕事だ。……それはそうと、古の召喚術はうまくいったようだな」
「はい、おかげさまで……」
こっちはあれからいつも疲労困憊が続いてるけどな!
そんな心の声はおくびにも出さず、オレがその場を取り繕うと、ラホール先生はふっと笑う。
「スタン・レクシー君。魔力量を少し測らせてもらおうか」
「えっ?」
突然、ラホール先生は懐から黒光りする魔道具を取り出し、オレにかざした。
すると、魔道具がギギギ……と低いうなりを上げ、怪しげな光を放つ。
「……ほう。これは、なかなか興味深い数値だな」
「ちょっ、先生? 何ですかそれ?」
「ふむ。やはり、"古の最強種"とはただの伝承ではなかったか。……面白い」
ラホール先生は何やら不気味に笑っている。
『あの女、只者じゃないな。怪しい気配がプンプンするぞ』
「うん、オレもそう思う……」
なんか、とんでもないものに目をつけられた気がする――。
「後で実験室に来るといい。私も古の召喚獣とやらを見てみたいものでな」
そう言ってサンドイッチを少しつまんだラホール先生は、そのまま去っていった。
「何だったんだろう……?」
ふと驚きの歓声が食堂一帯に響き渡る。
「何だ?」
『この気配、炎上小娘か』
炎上小娘、ジータはスカーレットのことを最近そう呼んでいる、彼女も今ここにいるのか。
気になって様子を見に行くと、周りがドン引きしてるのをよそに、スカーレットが巨大なパフェをやけ食いしていた。
「あーもう! シルヴィアってばもう~!!」
バケツかと思う大きな容器に山のように盛り付けられた巨大パフェを、スカーレットはみるみるうちに平らげていく。
あの華奢な身体のどこに、あんな量が入るんだ……?
唖然としていたら、スカーレットがこっちに気づく。
「……何よ?」
「いやー、よく食べるな~って思ってさ」
しどろもどろになりながら弁解すると、スカーレットの深紅の瞳がギロリとにらみをきかせた。
「ふんっ、だ! どーせアタシの身体は貧相だって言うんでしょ!?」
「な、何を言ってるんだよ!? スカーレットだってきれいな身体してると思うぜ!」
慌ててオレが取り繕うと、スカーレットは頬をポッと赤く染める。
「……それ、ホント?」
「ああ! 黙ってれば紛れもないお嬢様に見えるぜ!? ――アタッ!?」
そしたら今度はスカーレットにぶん殴られた、ひでぇ。
「一言多いのよ、アンタは! どーせアタシはお転婆よ!」
プンスコと腹を立てるスカーレットに、オレは質問する。
「なあスカーレット、オレが言えたことじゃねえけど。どうしたんだよ、そんなやけになってさ。らしくねえよ」
「……聴いてくれるの?」
うっ、不意の上目遣いは反則だろスカーレット。
「ああ、オレでよければ聴いてやるぜ」
「……ありがと。実はね」
それからスカーレットが話したのは、シルヴィアとの過去のことだった。
かつて親友だった二人——だが、スカーレットがレッドドラゴンを契約して「最強の召喚士」として振る舞うようになったことで、関係は変わってしまった。
「調子に乗りすぎたアタシが悪いんだけど……それでも、シルヴィアは昔みたいに戻れないのかしら」
そう呟くスカーレットの表情は、どこか寂しげだった。
「……そっか」
オレは何も言えず、ただ彼女の話を聞いていた。
——そして、オレは席を立ち、ラホール先生の実験室へと向かうのだった。