秘伝のツボ
「それでさ、シルヴィア。これからどうすんだよ?」
オレが問いかけると、シルヴィアは上品に指を立て、余裕たっぷりに微笑んだ。
「まずはできることを試しましょう。スタンくんの魔力量は、やはり少なめですわね」
痛いところを突かれた。
オレは入学時の検査で、魔力量が人より少ないことを思い知った。
ましてやシルヴィアの潤沢な魔力と比べたら、オレなんて井戸水と海くらい違う。
「確か魔力量を増やすには、瞑想とか地道な鍛練が必要なんでしょ?」
「その通りですわ、スカーレット。でも――もっと効率のいい方法がありますのよ」
「ホントか!?」
思わず前のめりになるオレに、シルヴィアは艶やかに唇に指を添えた。
「何を隠そう、わたくしのスノウ家に伝わる秘伝のツボがございますの。そのツボを刺激すれば、魔力の流れが劇的に改善されるかもしれませんわ」
「スノウ家秘伝のツボ……!」
伝統と実績を感じる響きに、オレはごくりと喉を鳴らす。
しかし、横でメイドのアレッタさんが小声で困惑していた。
「し、しかし……お嬢様がそれを殿方に試すのは……」
「気にすることはありませんわ、アレッタ。わたくしに任せてくださいませ!」
シルヴィアの自信に満ちた声に、オレも乗ることにした。
「それじゃあ、頼むよ」
「はい。それでは――ちょっと失礼」
瞬間、オレの背後に回り込んだシルヴィアが、柔らかな腕でオレの体を包み込んだ。
「なっ……!? ちょっ、シルヴィア!?」
「シルヴィア、アンタ何してんのよ!?」
「お二人とも、落ち着いてくださいませ。ええと……スタンくんのツボはどこかしら~?」
シルヴィアの手が、オレの全身を這うように撫でる。肩、腕、背中――そして腰。
軽く押されるたびに、じんわりと熱が広がる。
魔力がどうこう以前に、指先が繊細すぎて変な感覚になりそうだ。
「ひゃっ……!?」
思わず声が漏れた瞬間、背中越しにシルヴィアの体温が伝わる。
しなやかで、柔らかくて……いい匂いまでしやがる。
「あーもう! 何してんのよアンタたちは~~!!」
スカーレットが真っ赤な顔で大暴れしているが、シルヴィアはまるで気にしていない。
「ここですか? それとも、ここ……?」
耳元で囁かれる息遣いが、オレの理性を揺らす。
「ちょっ……くすぐった……」
「――ここですわ!」
ピンポイントでツボを押された瞬間、オレの全身がビクンと跳ね上がった。
「うぁああああ……っ!?」
股間にじわりと熱が広がり、頭が真っ白になる。
ゾクゾクと背筋を駆け上がる未知の感覚に、膝がガクッと崩れた。
「だ、大丈夫ですか、スタンくん?」
「は、はぁ……」
息も絶え絶えに地面に手をついたオレを見て、スカーレットが慌てて駆け寄る。
「シルヴィア! アンタ、スタンに何したのよ!?」
「あら、スカーレット。あなたの目は節穴ですこと?」
「……は? 何が……えっ!?」
スカーレットの驚愕の声に、オレもそちらを見た。
「ジータ……大きくなってる!?」
ついさっきまで小型犬サイズだったジータが、今は大型犬くらいにまで大きくなっている。
『フン、貴様の魔力量が増えたからだ。とはいえ、まだまだ足りぬがな』
どこか誇らしげに胸を張るジータを見て、オレは呆然とするしかなかった。
「すごい……! 魔力量が増えたってことなのね!?」
「どうです? 実感はありますか?」
小首をかしげるシルヴィアに、オレはぐったりと肩を落とす。
「正直……よく分かんねぇ……」
「まぁ、急激な変化に意識が追いつかないのは仕方ありませんわ」
そんなオレを横目に、スカーレットがバツが悪そうに言った。
「……悪かったわ、シルヴィア。正直アンタのこと疑ってた」
「分かればよろしいのですわ」
シルヴィアは優雅に微笑み――そして、唐突に背筋をピンと伸ばす。
「さて! では次に、技量と度胸の鍛練を兼ねて――わたくしと手合わせ願いますわ!」
「結局それがやりたかったんじゃないの!?」
スカーレットが鋭いツッコミを入れるが、シルヴィアはまるで気にせずサファイアのような瞳を輝かせていた。
こいつ、純粋に戦いたかっただけじゃねぇか……。
とはいえ、今の借りもあるし。
「分かったよ。オレたちでよければ受けてやる」
「ありがとうございます、スタンくん」
嬉しそうにウインクするシルヴィアに、オレの心臓はまたしても跳ね上がる。
――まったく、魔性の女だぜ……。
「それでは召喚いたしますわ、わたくしの相棒を! ――我、汝を呼び求む。白き翼はためく雪原の賢者よ、顕現せよ!」
右手の紋章を青く光らせるシルヴィアの詠唱とともに、青い魔法陣が展開される。
そこから飛び上がったのは――白いフクロウのような召喚獣だった。
「ポッホーウ!」