針のむしろ
放課後になって、オレは結局シルヴィアの特訓に付き合わされることに。
トボトボと重い足取りで校庭に向かうと、当然のようにシルヴィアが待っていた。
……隣にいるのはメイドさんか? なんかずいぶん若そうだけど。
「あ、来ましたよお嬢様~」
メイドさんがオレに気づいたところで、シルヴィアも上品に手を振る。
「お待ちしてましたわ、スタンくん」
「約束は守らねーとだからな。オレのためにやってくれてるわけだし……。それで、隣にいるのはメイドさんだよな?」
「ええ。こちらはわたくしの専属メイド、アレッタですわ」
「あ、アレッタです! よろしくお願いします……」
緊張しているのか、メイドのアレッタさんはいそいそとお辞儀をした。
後ろでシニヨンにまとめた栗色の髪に、フリフリのメイド服がとても似合ってる。
「さすがは公爵家のメイドだな、すごい可憐で絵になるよ」
「お、お褒めに頂けて光栄です~」
ペコペコと頭を下げるアレッタさんをよそに、シルヴィアは目を細めてこう言う。
「……いるのでしょ、スカーレット。隠れてないで出てらっしゃい」
「え、スカーレットが?」
シルヴィアの冷静な指摘に、オレは背後を振り向く。
まさか……いや、さすがに……。
そう思った瞬間。
「……チッ、バレたか」
物陰からズカズカとスカーレットが登場した。
「お前も来てたのかよ!?」
「当たり前でしょ! アンタをシルヴィアの奴と二人きりになんてさせたら、何が起こるか分かったものじゃないんだから!」
「いや、なんでオレが怒られてるんだよ!?」
プンスコと膨れっ面なスカーレットに対して、シルヴィアはにっこり笑顔で告げる。
……なんだろう、笑顔のはずなのにすごい威圧感だぜ。
「あなた、今レッドドラゴンを呼び出せないのでしょう? くれぐれもお邪魔はなさらないでくださいまし」
「……わ、分かってるわよ」
そっぽを向くスカーレットの右手を見てみると、紋章に亀裂が刻まれていた。
「……オレのせいだよな?」
申し訳なさそうに漏らしたオレに、スカーレットは腰に手を添えて噛みつく。
「アンタが気にすることじゃないわよ! アタシのドレイクがアンタの召喚獣に負けた、それだけだもの」
「……スカーレットにしては素直に物事を判断できてますのね」
「うっさいわねぇ!」
にらみあって口喧嘩を始めるスカーレットとシルヴィアの二人を、アレッタさんが割って入って止めようとした。
「お二人ともケンカはやめてくださ~い!」
アレッタさんが仲裁に入ろうとするが……。
「「うるさい!」」
同時にキレた二人の声にビクッと肩をすくめ、バランスを崩してしまう。
「わっ!?」
オレは反射的にアレッタさんを支えようとした。
――次の瞬間。
「え?」
柔らかい感触が、両手に広がっていた。
「……っ」
アレッタさんの顔が、みるみる赤く染まる。
「あ、あの……手をどけていただけますか?」
「……は?」
視線を下げた瞬間、理解する。
……オレ、アレッタさんの胸、思いっきり掴んでる!?
小柄な彼女の華奢な身体。それでも十分に膨らんだ柔らかさが――って、考えてる場合じゃねえ!!
「ああっ、ごめんなさい!!」
慌てて手を離す。
アレッタさんは両腕で胸を隠しながら、しどろもどろに言った。
「い、いえ……アレッタはよいのです……っ」
全然良くなさそうなんだけど!?
そんな様子を見て、シルヴィアとスカーレットが冷めた目でオレを見ていた。
「スタンの破廉恥具合も相変わらずね」
「彼、いつもああなのですか……?」
「ち、違うから!! ――そんなことよりシルヴィア、オレを鍛えてくれるんだろ?」
「ええ、もちろんですわ。まずはもう一度召喚してくださいます?」
「分かったよ。――我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け。古の暴君よ、顕現せよ」
紋章の刻まれた右手をかざして呪文を詠唱すると、展開した小さな魔法陣からちっこいジータが出現した。
「ギャーオ!」
「やはり可愛らしいですわね~。こんな子にスカーレットのレッドドラゴンが負けたとは、信じられませんわ」
「うっさい! 言っとくけど、昨日のこいつはこんなものじゃなかったんだからね!?」
「なあシルヴィア、いちいちスカーレットに喧嘩売るのやめないか?」
「これは失礼いたしました、スタンくんがそうおっしゃるのなら、わたくしも従いますわ」
オレの指摘でシルヴィアは口許を隠して上品に笑う。
「それにしても不思議ですわね。スタンくんの未熟さでこの姿になってるとお聞きしましたが、具体的には何が足りないのでしょう?」
ジータを撫でながら、首をかしげるシルヴィア。
……あれ? こいつ、なんかめっちゃ気持ちよさそうな顔してね?
オレに対してはすげー偉そうにガンを飛ばしたりしてたのに、今は完全に甘えモードだ。
「そいつはオレの召喚獣なんだからな?」
「ええ、分かっていますとも。……よしよ~し、いい子ですわね~」
「クグルルル」
ジータが喉を鳴らして、お腹を見せている。
さらにシルヴィアは、耳の後ろを優しくカリカリすると。
「ク~ガァ~!」
『う、ぬぬぬ……ああ、そこだ……っ!』
おい……!!
『ち、違うぞ貴様! これは決して甘えているのではない! た、ただこの小娘の撫で方が……ぬふぅ……』
「めっちゃ懐柔されてるじゃねえか!!」
「あの化け物を子犬扱いなんて……どうかしてるわ」
「今ならお前も同じようにできそうだぜ? スカーレット」
「――それはともかく。スタンくん、この子に詳しい理由を訊いてもらえます?」
シルヴィアがそう言うので、オレはジータに意識を集中させた。
「なあジータ、昨日オレが未熟だって言ったよな。具体的に何が足りないんだ?」
『全部だ。魔力も足りない、技量も足りない。そして度胸もまだ足りない』
「そうかよ……っ」
ここまで全否定されると、オレもさすがに堪える。
「何か分かりました?」
「……魔力と技量、それから度胸も足りないってさ」
「まあ……」
「それって要するにスタンが召喚者としてダメダメってことじゃない」
「おいスカーレット、なんでわざわざオレの心を抉るんだよ?」
これは前途多難になりそうだぜ……。