白き爪痕との決戦
オレはスカーレットと共に、迷いなく校門を飛び出した。
「……ひでぇな……」
校庭に立った瞬間、崩落した校舎の無残な姿が目に飛び込んでくる。
瓦礫が散乱し、煙がくすぶるその光景に、思わず息を呑んだ。
魔術学科の教師や生徒たちが、必死に魔法障壁を展開して校舎を守っていた。
だが次の瞬間、上空から強烈な魔力光線が降り注ぎ、障壁と衝突。
轟音とともに炸裂する光と衝撃が辺りを包んだ。
「な、何あれ……!?」
「ジータだ……!」
「は!? ジータって、あんな光線出せたっけ!?」
「違う。……アイツは、もう改造されちまったんだ。オレの声さえ、届かないくらいに……!」
込み上げる怒りに、拳が震えた。
その時だった。
周囲に響き渡る、凍りつくような音声。
『愚かな学園の諸君。今より、我ら白き爪痕の進攻を開始する。降伏すれば、命の保証くらいはしてやろう。……だが、逆らうのなら――』
声が終わらぬうちに、再び空から放たれる魔力光線。
魔法障壁と衝突し、空間が振動するような凄まじい爆音と衝撃が走った。
「ううっ……!」
ふらついたスカーレットを、オレは咄嗟に抱きとめる。
「大丈夫か!?」
「……うん、ありがと」
彼女の体は小刻みに震えていた。けれど、その目は決して挫けていなかった。
オレはその姿に、改めて覚悟を決める。
「行こう。……今度こそ、ジータを取り戻すんだ!」
「ええ!」
「――お待ちなさーいっ!」
その声に振り返ると、駆けてくる二つの影。
シルヴィアとレン先輩だった。
「スタンくん、わたくしを置いていくなんて!」
「白き爪痕が学園を狙ってるんだ。生徒会長として、見過ごすわけにはいかないさ」
二人の頼もしい姿に、オレの胸は熱くなる。
「イリヤから伝言がある。“必ずジータを取り戻せ”と」
「……イリヤまで……!」
オレたちは、決して独りじゃない。
「行こう、みんな!」
「「ええ!」」
「ああ!」
駆け出した先、学園と遺跡の中間――そこに“奴ら”がいた。
「ほう、来たか。思った通りだな」
待ち構えていたのは、あのキラ。
その隣には、漆黒の拘束具をまとう、かつての“ジータ”の姿があった。
「ジータ……!」
「返してもらうぞ、オレの相棒を!」
「無駄だ。ジータはすでに完全なる召喚兵器と化した。貴様の呼びかけなど、何の意味も持たん」
「やってみなきゃ分かんねえだろッ!」
怒声を上げた瞬間、ジータが一歩、重く地を踏みしめた。
その巨体から漏れ出す魔力の圧に、全身の毛が逆立つような錯覚を覚える。
「グルルルル……!」
ただ一歩動くだけで、周囲の空気が震える。
まるで生き物というより、暴力の塊だ。
その威圧に、オレの足が自然とすくみそうになる。
だけど――
「スタン!」
スカーレットが、オレの右手をギュッと握った。
「ジータを取り戻すんでしょ? ……今こそ勇気を見せる時よ!」
「……ああ、ありがとう、スカーレット」
左手を添えたのは、シルヴィア。
「スタンくん、あなたならできる。……信じていますわ」
「シルヴィア……!」
「私のことを忘れてもらっては困るな」
カタナを肩に担いで前へ出たレン先輩が、にやりと笑う。
「もちろん頼りにしてますよ、レン先輩!」
オレはもう、ひとりじゃない。
この仲間たちと一緒なら、きっと――!
「……話は終わったようだな」
キラが右手を掲げる。
「ならば、“絶望”を与えてやるがいい。ジータ」
「ギイイイイイイオオオオオオウウウウウ!!」
地鳴りのような咆哮が、空を裂いた。
「あたしたちも行くわよ、シルヴィア!」 「ええ、覚悟はできてますわ!」
二人が互いに頷き合うと、力強く響き渡る詠唱の声が重なる。
「我、汝を呼び求む――」
「業火の息吹を操る赤竜よ、顕現せよ!」
「白き翼はためく雪原の賢者よ、顕現せよ!」
地を揺るがす魔法陣が二つ、閃光と共に現れ、そこから現れたのは――
「グウウウウウウウン!!」
「ポッホーーーウ!!」
紅蓮の咆哮を放つドレイクと、冷気を纏って舞い上がるワイズ。
空と地を両断するように、戦場の空気が張り詰める。
「行けっ、ドレイク! 業火の息吹!」
「ゴオオオオン!!」
「ワイズ、極寒の吹雪ですわ!」
「ポッホーーーウ!!」
灼熱と氷結、二つの極が交錯し、ジータの黒き装甲へと迫る――!
だが。
「……我が完全なる召喚獣に、そんなものが通用するか」
キラが指を弾いた瞬間、ジータの背部から蜘蛛脚型の魔装が展開。
空間をゆがめるような魔力障壁が生まれ、炎も氷も空しく弾かれる。
「っ……魔法が、通じない!?」
「諦めるには、まだ早いわ! ドレイク、さらに火力を上げて!」
「グウウウウン!」
「ワイズ、風を巻いて吹雪の圧を高めなさい!」
「ポッホーー!」
二体の召喚獣が火力と冷気を一気に加速させる。
障壁が軋む。ジータの身体が一歩、後退する。
「いまだ……!」
刹那、レン先輩が地を駆け、ジータの懐へと切り込んでいた。
「雷切――!」
鋼のような脚を斬りつける電撃の斬閃。ジータの足がよろめく。
「ギィ……グオオ……!」
だが即座に反撃の蹴りが放たれ、レン先輩の体が地面を転がる。
「レン先輩ッ!!」
「大丈夫だ……私はまだ、やれる……!」
紅く濡れた口元でそれでも立ち上がろうとする姿に、オレの胸が震えた。
「……オレに、できること!」
震える足を前に出し、ジータの前へと走り出す。
「ジータ! オレだ! スタンだッ!! 目を覚ませ!」
ジータが、一瞬動きを止める。
「思い出してくれ、お前はオレの相棒だろ!? あんな奴に操られるような、お前じゃないはずだ!」
「……踏み潰せッ!」
キラの叫びで、ジータの脚が振り上げられる。
「スターーーンッ!!」
スカーレットの悲鳴。
――だが、踏み下ろされることはなかった。
「……ジータ」
ジータの巨体が震え、振り上げた足をわずかに止める。
「わかってるよな、お前なら……」
オレがそっとその脚に手を添える。ジータが、低く唸った。
「なにをしている……出力を最大にしろッ!!」
装置が悲鳴を上げるように稼働し、ジータが頭を押さえて呻く。
「グルル……ギィィィィ!!」
「今よ、ドレイク! 頭の装置を破壊して!」
「ゴオオオオオンッ!!」
赤き竜の黄金の爪が閃き、ジータの頭部装置を打ち砕く!
火花を散らし、拘束具が一斉に外れ落ちる――
「ドゥルル……ルゥウウ……!」
完全なる姿を取り戻したジータが、その巨体を起こす。
「ま、まさか……洗脳が、解けた……!?」
キラが一歩、後退する。
『貴様らが我に与えたこの屈辱……忘れはせぬ』
ジータの低く、重く、心の底に響くような声。
「ひ、ひいいいっ……」
キラの背筋が凍りつくような殺気が、戦場を包む。
「も、もう一度! 拘束を……!」
「遅いッ! ジータ、覇王の大咆哮!」
「グオオオオオオオオオオオオオオンッッ!!!!」
大地を裂くほどの衝撃波が、白き爪痕の構成員たちをまとめて吹き飛ばす!
その場にいた誰もが、圧倒的な咆哮に身体をすくませた。
「ば、馬鹿な……なぜ、なぜだ……」
膝をついたキラが、怯えと共に崩れ落ちる。
「これが――オレたちの、絆の力だ!!」
オレは叫んだ。かつての相棒と、信じてくれた仲間たちと共に。
ジータが静かに吠えると、キラは泡を吹いてそのまま気絶した。
戦いは――終わった。