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愛しの彼女


 白き爪痕の研究室。

 そこには、沈黙を守ったまま地に伏す、鎖に縛られたジータの姿があった。


「洗脳処置は完了しました。これでこの召喚獣も、キラ様の意のままです」


 研究主任のエイルが報告する。キラはその横顔を見て、不敵に唇を吊り上げた。


「そうか……ようやく古の最強種が我が軍門に下ったというわけだな」


 そして彼は、忌まわしき計画の第一歩を口にする。


「まずは王立魔法アカデミーを攻め落とす。あそこが陥落すれば、白き爪痕の存在も世界に知らしめられる」

「準備は整っております」

「……ふふ、世界はもう間もなく、我が理想の元に統べられる」


 誰にも知られぬ地下で、侵略の歯車が今、静かに回り出そうとしていた――。



 翌朝。


 怪我も癒えたオレは、久々に学園への道を歩いていた。

 空は高く澄み、まるで何事もなかったかのような朝の風景が広がっている。


 でもオレの心は、ぽっかりと何かが抜け落ちたようだった。


 ……ジータがいない。

 その事実が、ずっと胸の奥で疼いていた。


 そんなときだった。

 校門のそばに立つスカーレットの姿が目に入る。


「あ、おはよー! スタン!」


 いつもよりちょっと明るめの声。


「おはよう、スカーレット」


 笑顔を返したつもりだけど、自分でも気づくくらい、それはぎこちなかった。


「身体はもう大丈夫? 痛むところはない?」

「うん。ほら、このとおり完治だぜ!」


 軽く拳を振って見せると、スカーレットはホッと胸をなでおろした。


「良かった……本当に心配だったんだから」

「悪かったな、心配かけて」

「全くだわ」


 そう言いながら、彼女は不意にオレの腕にそっと絡みついてきた。


「うわっ、スカーレット!? こ、ここ人通り多いぞ……!」


 通学路で見せるにはあまりに大胆なその行動に、オレはたちまち顔が火照る。


「いいじゃない、付き合ってるんだし」


 上目遣いに微笑んでくるスカーレットが、もう可愛すぎてどうしようもなかった。


 背後からは女子たちの黄色い悲鳴が聞こえる。


「いや~ん、見てあれ!」

「ラブラブすぎでしょ~!」


 オレは気恥ずかしさに耐えながら、それでも彼女の体温がじわじわと心の隙間を埋めていくのを感じていた。


「……どうやら順調のようですわね」


 振り返ると、シルヴィアがニヤニヤと笑って立っていた。

 メイドのアレッタさんまで後ろにぴたりと付き添っている。


「お嬢様の読み通りでしたね。スカーレット様は行動で示すタイプと」

「アレッタ、それは言わない約束でしたでしょう!」


「ふふっ……」


 そのやりとりが微笑ましくて、自然と顔がほころんだ。


 でも、その時だった。

 ふと、オレの視線は自分の右手へと吸い寄せられる。


 紋様の消えた手のひら。

 ジータとの絆の証だったはずの、それが今は、ただの手だ。


「ジータ……」


 思わず、名をこぼしていた。


「……スタン」


 オレの気持ちを察したのか、スカーレットが真剣な表情になる。


「焦らなくていいのよ。きっと、必ずジータを取り戻せる日が来る。……その時は、アタシも一緒に戦うって決めてるんだから」

「スカーレット……ありがとう」


 心の奥に沈んでいた悲しみが、少しずつ溶けていく。

 仲間がいる。支えてくれる人がいる。

 それだけで、もう一度前を向こうと思えた。


「その時になったら……頼むぜ、スカーレット」

「ええ。絶対なんだから!」


 オレはその約束を胸に、もう一度歩き出すと決めた。

 ジータを、あの絆を、必ず取り戻すために。



 午前の授業が終わり、オレが食堂に向かおうとした時だった。

 どこからともなく、青い蝶がふわりと舞い降りてきた。


 ……この蝶、どこかで見覚えがある。


 蝶はヒラリと宙を舞い、オレの机に小さな紙片を落としていった。


「これは……?」


 拾い上げて広げると、そこには丁寧な筆跡で、ユリウスからのメッセージが綴られていた。


『スタン君。まずは君に謝らなければならない。白き爪痕のスパイとして、君とジータを危険に晒してしまったこと、本当にすまない』


 たったそれだけの文面なのに、ユリウスの言葉は重かった。

 紙越しにも、彼の悔恨と真剣さがにじみ出ていた。


「ユリウス……」


 自然とその名を口にした時、不意に背後から声がかかる。


「なに読んでるの?」


 振り向くと、スカーレットがいつの間にか隣に立っていて、手紙を覗き込んでいた。


「へえ、ユリウスからの手紙? ……あの子なりに償おうとしてるのね」

「……ああ。たぶん、あいつはただの裏切り者じゃなかった」


 そう伝えて、オレは続きを読んだ。


『お詫びといっては何だけど、僕の知っている情報を伝えるよ。ジータは頭部に付けられた制御装置で洗脳されている。それさえ外せば、元に戻る可能性がある』


「……なにっ!?」


 思わず声を張り上げて立ち上がる。周囲の生徒が驚いた目でこちらを見たが、すぐに座り直して続きを読んだ。


「スカーレット、ジータは……まだ戻れるかもしれないんだ!」

「でも、それ本当かしら? ……罠ってことはないの?」

「いや、あいつは……ユリウスはそんなやつじゃない。オレは信じたい。アイツだって、ギリギリで自分の信念を選んだんだ」


 オレの言葉に、スカーレットがふっと柔らかく微笑んだ。


「スタンのそういうとこ、好きよ」

「え……?」


 さらっと放たれた「好き」の破壊力がでかすぎて、オレは思わず固まる。


 慣れねえな……本当に。


 紙の最後には、こうも書かれていた。


『恐らくキラーー僕の義父さんは近いうちに学園を攻撃する。その時が、ジータを取り戻せる最後のチャンスになるかもしれない』


 その一文が、胸に冷たい刃のように突き刺さった。

 ジータと、あの姿で再び向き合うことになる。

 今度こそ、対話ではなく戦いになるかもしれない。


 オレの手が、無意識に震えた。


「スタン……」


 スカーレットが、そっとその手に自分の手を重ねてくれる。


「手、また震えてたわよ」

「あ……悪い、つい……」


 だけど、こうして隣に彼女がいる。

 それだけで心の芯に火が灯った。


 その瞬間だった。


 ーーゴゴゴゴゴゴォォン!!


 轟音が響き、教室が大きく揺れた。


「うわっ!?」

「きゃっ!」


 オレは反射的にスカーレットに覆い被さって、彼女を守る。


「大丈夫か、スカーレット! オレが……!」

「だ、大丈夫よ……って、ちょっと、スタン……近すぎ……」

「へ?」


 気づけば顔の距離が数センチもない。

 スカーレットの頬は真っ赤で、オレも鼓動が跳ね上がっていた。


「ご、ごめん!」


 慌てて身体を離したところで、緊急放送が鳴り響いた。


『校舎に強大な魔力光線が被弾! 魔術学科の生徒および教職員は至急、集合してください!』


 ……始まった。

 ついに、キラが動いたんだ。


 オレは拳を握りしめ、覚悟を決めた。


「スカーレット。オレ、もう迷わない。ジータを……必ず取り戻す」

「ええ。その時はアタシも一緒に戦うって、言ったでしょ?」


 二人の視線が重なる。


 オレはもう、後ろを振り返らない。

 失ったものを、取り戻すために。

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