シルヴィア・スノウ
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医務室でどうにか魔力を回復したオレは、いそいそと教室に戻る。
「おっ、スタン。もう大丈夫なのか?」
気楽に声をかけてきたのは、親友のダリオ。オレは軽く手を挙げて答えた。
「ああ、おかげでなっ」
そう言いながら席についた瞬間、スカーレットと目が合う。
「あ……」
だが彼女はすぐにプイッとそっぽを向いてしまった。
「あははは……」
「あいつも相変わらずだよな~」
ダリオは呆れたように言うが、オレはさっきスカーレットと交わした約束を思い出していた。
「誰にも負けるな、か。オレも頑張って強くなんねーとなぁ」
まさか、あのスカーレットとこんな縁ができるとは思いもしなかった。……これもジータのおかげなのかもしれない。
『せいぜい我を真の姿にできるようになることだな』
「はいはい、分かってるよ、ジータ」
頭に直接響くジータの声に、オレは肩をすくめて返す。
そんなことを考えながら、午前の授業を終えたオレは、ダリオと一緒に食堂へ向かった。
この学園の食堂は、ビュッフェ形式。好きなものを好きなだけ取れるシステムだ。
「スタンも相変わらず牛乳好きだよな~。そんなに背を伸ばしたいのか?」
「うるせえ、余計なお世話だ」
牛乳瓶を多めに取ったあと、肉料理を中心にトレイに盛る。
成長期だからな、オレだってまだまだ伸びる……はずだ。
トレイを持ち、テーブルへ向かおうとした時――ふと、上品な雰囲気を漂わせる気配を感じた。
思わずそちらを振り向くと、すぐそばを白い髪の女子生徒が通り過ぎていく。
「……きれいだ」
つい口から漏れてしまったオレの声に、その女子生徒が立ち止まる。
「あらあら、嬉しいお言葉ですわね」
「えっ、いや! オレの方こそ、変なこと言って悪いっ」
慌てて頭を下げるオレに、彼女はにこやかに微笑んだ。
「あなたがスタンくんですわね?」
「え? まあ、そうだけど……」
オレが戸惑いながら答えると、彼女は優雅に手を差し出し、そのままオレの手を握った。
「やはりそうでしたのね! お噂はかねがね。あのスカーレットのレッドドラゴンを破った方とか!」
「は、はあ……」
間抜けな声を漏らすオレの耳元で、ダリオが小声で囁く。
「おいおい、あの人シルヴィア嬢じゃないか!」
「知ってんのか?」
「知ってるも何も、スノウ公爵家のご令嬢だぜ!?」
「え!?」
改めて見てみると、確かに彼女の所作や気品は只者ではない。
違うクラスだから知らなかったけど、この学園にはあんなお嬢様もいるんだな……。
「あら、自己紹介が遅れましたわね。わたくし、シルヴィア・スノウ。どうぞ気軽にシルヴィアとお呼びくださいませ」
「お、おう。シルヴィア……」
貴族のご令嬢が、オレなんかに興味を持つとは――と、その時。
背後からメラメラと燃え上がるような気配を感じた。
「ちょっと、スタン……?」
「げっ、スカーレット!?」
慌てて振り向くと、腕を組みながら鬼の形相のスカーレットが立っていた。
「あらあら、スカーレットもおいでになりましたのね」
にこやかに微笑むシルヴィアに、スカーレットはテーブルをドン!と叩く。
「シルヴィアもシルヴィアよ! あんた、アタシの獲物を横取りする気じゃないでしょうね!?」
「誰が獲物だよ!?」
オレがツッコミを入れるが、シルヴィアは余裕の表情を崩さない。
「まさか。わたくしは、少しスタンくんにご挨拶をしようと思っただけですわ」
「……それならいいわ。ええ、いいわ」
スカーレットは髪の先をいじりながら、どこか納得しているようだった。が、次の瞬間――
「時にスカーレット、あなた、先日スタンくんに負けたそうですね?」
「なっ……!?」
「図星のようですわね」
シルヴィアがニヤリと微笑むと、スカーレットの顔が一気に赤くなる。
「う、うるさいわね! 確かにアタシは昨日負けたわ、こいつの召喚獣にね!」
「まぁ、それならわたくしならどうなりますかしら?」
「はぁ!? アタシが言うのも変だけど、スタンの召喚獣は化け物みたいな強さなのよ! アンタなんかに勝てるわけないじゃない!!」
「それはやってみなければ分かりませんことよ」
――うげ、やっぱりイヤな予感がする。
「スタン・レクシーくん。わたくしと、模擬戦をしませんこと?」
「……やっぱりそう来たか」
だよな、この流れだとそうなるよな。
「ごめん、シルヴィア。今お前の申し出を受けることはできない」
「何故ですの?」
不思議そうにキョトンとするシルヴィアに、オレは説明をする。
「確かにオレのジータは昨日、スカーレットのレッドドラゴンを打ち負かした。……けどそれは今となっちゃまぐれみたいなものなんだ」
「それどういうことよ?」
と、疑問を口にしたのはスカーレット。
「とにかく見てくれよ。――我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け。古の暴君よ、顕現せよ」
オレが紋章の刻まれた右手をかざして召喚の呪文を詠唱すると、小さな魔法陣からすっかりちっこくなったジータが出現する。
「ギャーオ!」
「……まあ」
「ちょっと、何なのよこれ……?」
目を丸くするシルヴィアと、歯をギッと噛み締めるスカーレット。
「どうやらオレが未熟なばっかりに、ジータは今全力を出せないみたいなんだ。今ならスカーレットもラクショーだと思うぜ」
自嘲気味にオレがそう言うと、スカーレットが机をバン!と叩いた。
「冗談じゃないわ! こんなのに勝っても意味ないじゃない!!」
「そう言うわけだ。だからシルヴィア、今決闘を受けることはできないし、受けても何の自慢にもならないって」
「そうですの、それは残念ですわ」
一瞬落胆の顔を見せたシルヴィアだったけど、次の瞬間にはなぜかオレにぎゅっと密着してくる。
「ちょっと、シルヴィア!?」
「あの、シルヴィアさん?」
どうしよう、シルヴィアの胸が肩に当たってるんだが。
……やっぱスカーレットのよりずっと大きいし、その……柔らかい。
「それならわたくしがあなたを鍛えて差し上げますわ。それも……手取り足取り、ね」
そう言いながら、シルヴィアはオレの腕にそっと手を絡め、至近距離で微笑む。
柔らかく、甘い香りが漂う。
「ちょっ……!?」
「ふざけんじゃないわよシルヴィア! 何アンタだけ抜け駆けしようとしてんの!? それと今すぐスタンから離れてちょうだい!!」
「……仕方ないですわね」
キーキーわめくスカーレットに呆れた様子のシルヴィアは、渋々オレを解放した。
ふー、これで安心……。
そう思ったのもつかの間、今度はスカーレットが密着してきた。
「ちょっと、スカーレット!?」
「スタンはアタシの獲物なんだから、アタシが鍛えるの!! シルヴィアは手を出さないでちょうだい!!」
そう言いながら、スカーレットも身体を絡ませてくる。
華奢で細身な中にも確かな柔らかさが……って、何を考えてるんだオレはぁ!?
「あら、そんな貧相な身体でくっついてはスタンくんが可哀想ですわ」
「なっ……!?」
スカーレットの顔が一気に赤くなった。
「うっ……っさいわね! アタシはスタンのことをよく知ってるんだから、アンタなんかよりずっと適任なのよ!」
勢いよく詰め寄るスカーレットに、シルヴィアは上品にクスクスと笑う。
「まぁ、それはどうかしら?」
「どういう意味よ!!」
スカーレットが声を荒げると、シルヴィアはさらりとした髪をかき上げ、オレに寄り添いながら囁いた。
「……わたくしは、スタンくんの"可能性"を伸ばせると思っておりますの」
「はぁ!?」
訳知り顔のシルヴィアに、スカーレットはさらにカッとなる。
おいおい……いつまで続くんだよこれ……?
途方に暮れるオレを前に、ジータは興味なさそうに大あくびしていた。