古びた遺跡のアジト
「ところでスタン、白き爪痕のアジトの場所が分かったと先ほど言っていたが……本当なのか?」
「……ああ。ラホール先生が教えてくれたんだ、これがその地図」
オレが巻物を広げると、古びた羊皮紙の上に描かれた地図を見て、イリヤが息を呑む。
「これ……学園の外れにある古遺跡……! まさか、あんな場所が奴らの本拠地だったなんて……!」
「まさに、灯台もと暗しってやつだな」
けれどその遺跡には、強固な結界が張られているとレン先輩が渋い顔で呟く。
「外からの侵入は難しい……下手に近づけば、結界に弾かれてしまうだろう」
その時、イリヤが一歩前に出て、きっぱりと言い切った。
「ならば、私の転移魔法で内部へ直接転送します! 理論上、結界の外から中へ一方的に跳ぶなら可能なはずです」
「そんな芸当……できるのか!?」
驚いたオレの問いに、イリヤは小さく自信を浮かべ、杖を掲げた。
「任せてください――光よ、送りたまえ。転移!」
純白の魔法陣が足元に展開し、眩い光に包まれた――
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一方その頃、白き爪痕のアジトでは、地響きのような苦悶の咆哮がこだましていた。
「ギィエエエエエエ!!」
雷魔力が注がれるたびに、ジータの巨体が暴れ、鎖を鳴らす。
「ふははは! もっとだ、魔力出力を最大に! こやつの自我が崩壊するその時まで!」
キラの狂気じみた高笑いが、実験室の冷たい壁に反響する。
「もうやめてください……義父さん……っ!」
見るに堪えない光景に、ユリウスは耐えきれずに顔を背けた。
ジータが誰のものでもなく、“スタンの相棒”だったことを、彼は誰よりも理解している。だが――
「これも……必要なことなんだよな……?」
自分に言い聞かせるように呟くその声に、迷いが滲んでいた。
その時、緊急ブザーが実験室に鳴り響く。
「何事だ!?」
「キラ様、報告! 結界内に複数の侵入者を確認しました!」
「何っ……!?」
キラの表情が険しくなる。
「仕方あるまい……コードネーム“ジータ”の洗脳を開始しろ!」
「し、しかしまだ抵抗が――」
「構わん。多少強引でも支配してしまえばこちらのものだ!」
ユリウスの顔が青ざめる。
「待ってください! ……僕が迎撃に出ます。時間を稼ぎますから、今はまだ……!」
そう言い捨て、ユリウスは踵を返して駆け出した。
キラはその背に目を細め、静かに呟く。
「……やはり甘いな、ユリウス。だが構わん、予定通りだ」
そう言うと、キラはジータの前に立ち、部下に命じる。
「洗脳装置を装着しろ」
「はっ!」
黒い魔導拘束具が浮かび上がり、ジータの頭部にガチャンと嵌め込まれる。
「グゴアアアアアアア!!」
悪意と支配の波動が、ジータの精神を引き裂くように襲いかかる。
(我は、我は……誰のものでも……ない……!)
「あと少しだ。もうすぐ貴様は我が兵器となる」
邪悪な笑みを浮かべるキラ。
その声に、ジータの心は、揺らぎながらも必死に抗っていた――!
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光が晴れると同時に、オレたち三人は古びた遺跡の一角に転移していた。
「……まさか本当に、転移魔法で結界を突破できるとはな」
周囲を見渡したレン先輩が、驚きと感心の混じった声で呟く。
苔むした石柱、崩れかけたアーチ、風化した壁面に刻まれた古代文字……。まるで時に忘れ去られた聖域のような場所だ。
「こんなところに、奴らのアジトが……?」
オレが息を呑んだその時、イリヤが何かに気づいたように指を差す。
「見てください。あそこ……あの縦穴、ただの空洞じゃありません。魔力の気配が強いです……!」
見下ろすと、ぽっかりと空いた穴が闇の底へと続いていた。
ほんのりと漂う魔力の残滓が、確かに“誰かの気配”を示している。
「この感覚……間違いありません。アジトの入り口です!」
「でかした、イリヤ。ここから侵入する!」
「了解です」
「おう!」
レン先輩の号令に従い、オレたちは縦穴に設置された錆びついたハシゴを伝って、静かに内部へと降りていく。
底にたどり着いた頃には、周囲はうっすらと魔導灯の光に照らされていた。
重厚な鉄壁に囲まれた地下通路。吐き出される空気は冷たく、どこか生臭い。
「……これが、白き爪痕の本拠地か」
「ジータの魔力反応が、この先から微かに感じられます!」
「本当か!?」
弾かれたように反応したオレに、イリヤはこくりとうなずいた。
だがその直後、通路の奥から地鳴りのような轟音が響いてきた。
「ドドドドドド……!」
「な、なんだ!?」
「……あれは、ゴーレム?」
「いえ、上位型……アイアンゴーレムです!」
イリヤが叫ぶと同時に、通路の奥から鋼鉄で覆われた巨体が何体も姿を現す。
全身を黒鉄で固め、歯車のように軋む音を立てて迫ってくる群れ。
「キュイイイイイイイン!!」
「こいつら……魔術なしじゃ太刀打ちできない!」
剣を抜こうとしたオレに、レン先輩が腕を伸ばして制した。
「スタン、君は先へ行け! ここは我々が引き受ける!」
「でも……!」
「いいから行けっ! ジータを救うのは、君しかいない!」
「スタンさん、任せてください。私たちが時間を稼ぎます!」
迷っている場合じゃない。ジータが今、どんな目に遭っているのかを思えば――。
「……分かった! 二人とも、無事でいてくれよ!」
「光よ、照らし降りたまえ――星降る神光!」
イリヤの放った光が五月雨のように降り注ぎ、アイアンゴーレムたちを照らす。
「さあ来い、鉄クズども! お前たちの相手はこの私だ!」
レン先輩の咆哮が、響き渡る。
オレはその隙に、息を詰めながら通路の奥へと走り出した。
――ジータがいる、あの場所へ。