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暴走する赤竜

 手を繋ぎ合ったまま、オレはスカーレットと静かに気持ちを交わしていた。

 その手のひらから伝わるぬくもりと、かすかに汗ばむ柔らかな感触が、あまりにも愛しくて。


 ――だけど。


 突如、スカーレットの手の紋様が脈動するように妖しく輝き始めた。


「えっ、ちょっと!? なにこれ……!?」


 怯えた声を上げる彼女の掌から、紅い魔法陣が展開される。


 そこから現れたのは、紅蓮の鱗を持つ召喚獣――レッドドラゴンのドレイク。


「グゥウウウウウウン……!!」


 その咆哮はまるで苦悶に満ち、けれどどこか獰猛さを帯びていた。


「う、嘘……! アタシ、呪文なんて唱えてないのに!?」


 戸惑うスカーレットの前で、ドレイクがいきなり大口を開く。


「危ないっ!」


 反射的にオレはスカーレットを抱き寄せて飛びのいた――直後。


 轟音と共に火炎が吐き出され、ベンチが瞬く間に燃え上がった。


「スカーレット、大丈夫か!?」

「う、うん……アタシは平気。でも……ドレイクが、どうして……!?」


 ドレイクの咆哮が再び裏庭に響き渡る。


「ゴオオオオオオン!!」


 火焔の奔流が四方八方に撒き散らされ、手入れの行き届いた花壇が容赦なく焼き払われていく。


 赤く燃え盛る花々の残骸が、ゆっくりと灰になって舞い上がる。

 美しかった裏庭が、いまや地獄のような光景へと変貌していた。


「戻って、ドレイク! ……きゃあっ!?」


 スカーレットが亜空間への帰還を命じるが、力が弾かれたように弾き返され、その場に尻もちをつく。


「うそ……ドレイクが、アタシの言うことを……聞かない……?」


 怯えと混乱の入り混じった瞳で、暴れる相棒を見つめるスカーレット。


 その時、緊急の学園放送が校舎全体に鳴り響いた。


『至急、避難! 召喚学科の召喚獣が暴走しています! 繰り返します、全生徒は速やかに避難を!』


「暴走……まさか……」


 言葉を飲み込む暇もなく、目の前で火を撒き散らすドレイクの姿は、確かに“理性”を失っていた。


「スタン、逃げて! このままだと巻き込まれるわ!」


 切羽詰まったスカーレットの叫び声に、オレは真っ直ぐに答えた。


「バカ言え! お前を置いて逃げられるかよ! 今度はオレの番だ、あいつを止めてやる!」


 炎がはぜ、灰が舞う裏庭。灼熱の渦の中で、オレは右手をかざし、紋様を輝かせる。


「我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け――古の暴君よ、顕現せよ!」


 紫の魔法陣が展開され、地を揺るがす音と共に、ティラノサウルスの巨体――ジータが現れる。


「グルルルルルルル……!!」


 だが、そのジータも様子がおかしかった。頭を振り乱し、苦悶のうなり声をあげる。


「ジータ!? 大丈夫か!?」


『頭が痛い……どうやら、この場に強い“悪意の波動”が漂っているようだ……!』


 頭の中に響いてくるジータの声が、苦しげに揺れる。


 波動――これがドレイクを狂わせた原因か!?


「ジータ、お前は……持ちこたえられるか?」

『ふん、我を誰だと思っている。こんな小細工で屈するものか! ……ぐっ……この程度……ぬるいわ……!』


 苦しみながらも、ジータは巨体を安定させ、ぐっと地を踏みしめた。


「頼んだぞジータ! 悪いけど、力ずくであいつを止めてくれ!」

『我に任せよ!』


 吠えるジータの咆哮が、燃える裏庭に響き渡る。


「ギイイイイイイイイオオオオオオオウウウッ!!」


 その声に反応するように、ドレイクが獰猛な瞳をギラリと光らせ、ジータに向き直った。


「こっちだ、ドレイク!」


「ちょっとスタン、危ないってば!」


 スカーレットの制止も振り切り、オレはジータと並んで、一歩も引かずに立ち向かう。


 裏庭は、今や召喚獣同士の死闘の舞台となっていた――!


「ゴオオオオオオン!!」


 ドレイクの口から、さらに熾烈な火炎が迸る。

 地面を焼き尽くすようなその熱波を、ジータは躊躇なくその身で受け止めた。


 辺りの空気が歪み、炎の咆哮が空を切り裂く。

 その熱気はここまで届くほどで、オレは無意識に顔を覆っていた。


「くそっ……火力が前より明らかに上がってる……!」


『構わぬ。トカゲ風情がいくら火を吹こうが、この我には通じぬ!』


 威風堂々と一歩踏み出すジータ。

 だが、その紅蓮の熱はジータの鱗すら焼き焦がし始めていた。


「ジータ……!」


 それでもジータは後退らず、鋭い視線でオレに目配せをする。


「……ああ、信じてるぜ相棒! いっけえええええッ!!」


「グオエエエエエエエエ!!」


 咆哮と共に、ジータが炎を突き抜けて疾駆する!


 その巨体がまっすぐにドレイクの懐へ突っ込み――

 渾身の頭突きが、ドレイクの巨躯を弾き飛ばした!


「ゴオオオオオ……!?」


 揺らぐドレイクの巨体。ジータは一瞬の隙も逃さない。


「ギイオオオオオオオオウウウ!!」


 牙をむき出しにしたジータが口を開いたその時、オレの脳裏に、あのフレーズが浮かぶ。


「……これは、ジータとの共鳴……!」


 オレは直感に従って叫ぶ。


暴君破砕牙(ティラノバイト)だ――いけぇえええッ!!」


 その言葉に呼応するように、ジータの牙が白銀に閃き、一直線にドレイクの首元へ――


 ゴギィッッ!!


 鋭く突き立てられた牙が、咆哮と共に食い込み、ドレイクを地に叩き伏せた。


 噛み砕かれたドレイクの体がゆっくりと崩れ、やがて陽炎となって霧散していく。


「……ドレイク……」


 スカーレットの震えた声が、消えていく彼の名を呼んだ。


 彼女はその場にへたり込み、虚ろな瞳で空を見上げる。

 燃え尽きた花園の中で、唯一残った彼女の手には、深く亀裂の入った召喚紋が痛々しく刻まれていた。


「大丈夫か、スカーレット!?」


 駆け寄ったオレの声に、彼女はわずかに頷く。


「ええ……アタシは……でも……ドレイクが……」


 スカーレットはその場に座り込んだまま、そっと紋様に手を添え、涙をぽろりと落とした。


「ごめんね……ドレイク……アタシ、あなたを……守ってあげられなかった……」


 その声はひどくかすれて、今にも途切れそうだった。


 ……スカーレットを守るためとはいえ、あれが彼女にとってどれだけ辛いことだったか。

 それは、誰よりもオレが分かってる。


 だからオレは、彼女の小さな肩を、そっと抱き寄せた。


「大丈夫。ドレイクは……お前を傷つけたくなかっただけだ。お前の中にずっといるよ、スカーレット」


「……スタン……」


 スカーレットの震える肩が、少しずつ落ち着いていくのを、オレはただ、黙って見守った。

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