恋と召喚術
放課後、オレはスカーレットのことは一旦置いといて、たまっていた課題を終わらせるために図書室へと向かった。
「学園の図書室って、いつ来てもすげーな……」
視界いっぱいに広がる本棚に、オレは思わず息を呑む。
これ全部読めって言われたら泣くしかないぞ……。
えーと、確か参考書はこの辺――
扉が開く音。何気なく振り返ると、そこには……スカーレットの姿があった。
「あいつも課題か……?」
不意に鼓動が早くなる。思わず身を引きかけたその時、彼女と目が合った。
「……何よ」
ぎこちない声。そのまま背を向けられるかと思ったけど、なぜかスカーレットはゆっくりとこちらへ歩いてくる。
この空気、やっぱ気まずい……でも。
逃げるんじゃなく、向き合おう。チャンスだと信じたい。
「なあ、スカーレット。お前も課題やりに来たのか?」
声をかけた瞬間、スカーレットの華奢な肩がビクッと跳ねた。
「……そ、そうよ! 悪い!?」
語尾は尖っているのに、どこか挙動不審。……やっぱり意識してるよな、これ。
「よかったら一緒にやろうぜ。オレもだいぶ溜めててさ、スカーレットと一緒にやれば少しはマシになるかなーって」
そう言ったら、スカーレットは顔を背けて、耳まで真っ赤にしながら小さく呟いた。
「……べ、別にいいわよ。暇だし……」
よっしゃあ!!
思わずガッツポーズしかけたのを、なんとか耐えて参考書探しに集中する。
「……ほら、あったわよ。これでしょ?」
「おお、さすがスカーレット! マジ助かる!」
「ふんっ、褒めたって何も出ないんだから」
言葉と裏腹に、二つに結んだ髪の先をくるくるいじってる。……完全に照れてるじゃねえか。
同じ参考書を開いて、隣同士で机に向かう。
近すぎず遠すぎず――けど、距離がちょっとだけ縮まった気がした。
「うげっ……文字の洪水に思考が飲まれそう……」
「はぁ……。スタンってほんとしょうがないわね。ほら、ここはこうするのよ」
「なるほど! そういうことか!」
丁寧に教えてくれる彼女の姿は、いつもよりちょっとだけ優しく見えた。
結局、ほとんど教えてもらいっぱなしだったけど、なんとか課題は終わった。
「ふ~っ、終わったー!」
「ほんと、どれだけサボってたのよ……」
「だって最近は色々あっただろ……」
オレがぼやくと、スカーレットは小さく笑って――ふと、真顔になる。
「……でも、よかった。いつものスタンに戻ってて」
「……そっか。ありがとな」
その言葉が、胸にじんわりと沁みた。
「じゃあ、アタシ行くわ。その……誘ってくれて、ありがと」
照れくさそうに視線を逸らして、それでもしっかりお礼を伝えてくれるスカーレット。
まだ、ぎこちない。けど……ちゃんと前に進んでる。
「またな、スカーレット」
手を小さく振る彼女の背中を見送って、オレは一人ぽつりとつぶやいた。
「……焦らず、少しずつだな」
それからふと、あることが気になった。
――あれから、ジータを呼んでなかったな。
今呼んだら、どんな反応をするんだろう?
そんな思いつきに背中を押されて、オレは図書室をあとにし、裏庭へと向かった。
裏庭に着いたオレは、そっと息を整え、いつもの召喚の呪文を唱えた。
「我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け。古の暴君よ、顕現せよ!」
紫の魔法陣が足元から展開し、眩い光とともに現れたのは――
あの時と同じ、雄大で圧倒的な姿を持つティラノサウルス、ジータだった。
「おお……! まぐれじゃなかったんだ……!」
思わず飛び上がりそうになる。
全身が喜びで熱くなるのを感じた。
その時、ジータがズイと顔を寄せてきて、いつもの尊大な声を響かせる。
『……どうやら貴様も、我に見合う力をつけてきたようだな、スタンよ』
「……!」
その言葉が嬉しくて、胸の奥が熱くなった。
今回ははっきり名前を呼んでくれた。
ちゃんと、認めてくれたんだ。
「うんうん! それでこそオレの相棒だ!」
堪えきれずに、ジータの大きな顔に思いきり抱きつく。
『なっ……勘違いするな! 我は貴様と必要以上に馴れ合うつもりなど――ない!』
「へへっ、ツンツンしやがって。……けど、ありがとな」
その照れ隠しみたいな態度が、どこかスカーレットを思い出させた。
そうだ。オレはまだ……彼女の本当の気持ちを、ちゃんと聞けていないんだ。
スカーレット……。
このままでいいのか? もし彼女の想いが、オレに向いていたなら――
そんな風にうつむいていた時、不意に背後から声がした。
「やあ、どうしたのかな? 落ち込んでる顔してるよ」
「うわっ、ユリウス!? ……いつの間に!」
オレが慌てて振り返ると、ユリウスはいつものように無表情な笑みを浮かべていた。
「……そりゃ、こんなに巨大な召喚獣を呼べば誰だって気づくさ」
「あ、まあ……そりゃそうだよな」
「それよりスタン君、最近スカーレットさんとうまくいってないんだって?」
「えっ……!? な、なんでそれを……」
「クラスでは、もうちょっとした話題さ。二人とも様子が変だったからね。みんな気づいてるよ」
……マジか。やっぱり周囲にバレてたのか。
途端に顔が熱くなって、思わず視線を落とした。
「……そっか。なんか……恥ずかしいな」
そんなオレを見て、ユリウスがぽつりとつぶやく。
「恋の傷も、召喚獣の契約と似ているよ」
「は?」
唐突すぎて、思わず変な声が出た。
「相手の本質を知らずに求めても、力にはならない。けど、相手の心に手を伸ばすのを恐れていたら、何も始まらない。違うかな?」
「……なんでそんなに詳しいんだよ」
「勉強熱心なだけさ。それに……君も最近、自分の“気持ち”をよく見つめてるように見えるからね」
その一言が、やけに胸に引っかかった。
けど同時に、ジータにも、スカーレットにも、ちゃんと向き合わなきゃいけないって気づかされた気もする。
「……ありがとな、ユリウス」
「どういたしまして」
そう言ってユリウスは、静かに立ち去っていった。
……あいつ、なんか不思議な奴だよな。
どこか違和感は残る。けど今は、それよりも――スカーレットの想いを、ちゃんと知ることの方が、ずっと大事だった。