時を待つ
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白き爪痕の連絡端末に、淡々と声を送るユリウス。
「報告。コードネーム“ジータ”は、バイオンとの戦闘にて顕著な力を発揮。推定ランクS以上、従属契約済み。詳細ログを添付」
「……やはり奴か。今度こそ、確保せねばなるまい」
返答の音声に、ユリウスは一礼し、フードを深くかぶる。
「計画は進行中です。次の段階へ」
そう報告したユリウスは、一人、低く呟いた。
「……ジータ、奴こそが“完全なる召喚獣”への鍵に違いない」
端末をポケットにしまうと、白いローブを脱ぎ、何事もなかったように学園へと戻っていった。
ユリウス、そして白き爪痕は、静かに次なる行動を始めようとしていた。
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スカーレットへの告白が空振りに終わった翌朝。
オレは、気の抜けた靴紐のような足取りで学園へと向かっていた。
「……やっぱりオレなんかじゃ、ダメだったのかな」
空は晴れているはずなのに、何も見えない。
視界が霞んで、胸の奥に重くのしかかるものがある。
気づけば、昨日から何度もスカーレットの顔が頭に浮かんでは、胸が締めつけられるように苦しくなる。
振られたわけじゃない……けど、受け止めてもらえなかったことが、何より堪えた。
そんなオレの背に、いきなり腕が回される。
「よっ、スタン!」
「うわっ……って、ダリオか」
「なんだその顔、ゾンビでも見たのかと思ったぜ」
「放っといてくれよ……」
オレがうなだれながら歩き続けると、ダリオは何かを察したらしく、声を潜めて寄ってきた。
「……なんかあったのか? 話なら聞くぜ?」
その言葉に、オレは少しだけ、胸の内を吐き出す気になった。
「……昨日、スカーレットに……告白したんだ」
「はあっ!? おまっ、マジで!?」
「しーっ! 声でけぇよ!!」
驚愕で目をひん剥くダリオの口を慌てて塞ぎながら、オレは昨日の出来事を簡単に説明した。
「……でも、走って逃げられた。返事もなく……それっきり」
「それって……振られたわけじゃないよな?」
「……分かんねぇよ。期待してただけに、すっげー……情けなくなった」
不意にこみ上げてくるものがあって、目元を拭うオレに、ダリオはそっと背中を叩いてくれた。
「諦めんのはまだ早えよ。スカーレットだって、お前に好意持ってるように見えたぜ?」
「……ホントに?」
「マジマジ。お、ほら、あそこにいるじゃん!」
ダリオが指差した先――うつむき加減で歩く、あの二つに結んだ緋色の髪。
「スカーレット……」
小さく呼びかけたオレの声が聞こえたのか、スカーレットは一瞬だけ顔を向ける。
けれど、すぐに視線を逸らして駆け出していった。
「あっ……」
胸に、チクリと冷たい針が刺さったような痛み。
やっぱダメなんじゃねえかって……そんな思いが頭をよぎる。
「元気出せって、スタン。まだ何も終わっちゃいねえよ」
「……でも」
「ちゃんと気持ちを伝えたんだろ? なら、今度はスカーレットの気持ちを聞いてやれよ」
「……スカーレットの、気持ち……」
オレは拳を握りしめて、うなずいた。
「そうだな……逃げるのは、オレの方じゃない。もう一度、向き合ってみるよ」
「よし、それでこそスタンだ!」
ダリオがニッと笑って親指を立てる。
まだ答えはもらっていない。
けど、オレはもう逃げたくない。
スカーレットの本当の気持ちを、この手で確かめたい。
ほんのわずかな希望を、胸の奥で強く握りしめながら――オレは前を向いた。
そして昼休み、オレはダリオに腕を引かれて食堂のテラス席に連れてこられた。
「連れてきたぜ、シルヴィア嬢」
そこで待っていたのは、予想外の人物――シルヴィアだった。
彼女は意味ありげに微笑んでいて、オレの胸がざわつく。
まさか、シルヴィアも告白のことを……!?
「シルヴィア、どうしてここに……?」
「ダリオくんから伺いましたの。スカーレットへの告白、うまくいかなかったそうですわね?」
「うぐっ……」
改めて口にされると、胸の奥がずしんと重くなる。
「悪いな、スタン。俺だけじゃ力になれそうになくてさ。スカーレットのことをよく知るシルヴィア嬢に助けを求めたんだ」
「そっか……そういうことか……」
「とりあえず、お二人とも座ってくださいまし」
促されるままに、オレはダリオの隣に腰を下ろした。
用意してくれたサンドイッチに手を伸ばすと、シルヴィアは遠慮なく核心を突いてくる。
「スタンくん。スカーレットのこと、どれくらい本気なのですか?」
「むぐっ!?」
あまりに直球すぎて、喉にサンドイッチが詰まりそうになった。
「あら、ごめんなさい。いきなりでしたわね」
「い、いや……シルヴィアは悪くない。……でも、他の人には言わないでくれよ?」
「もちろんですわ。わたくし、口は堅いのですもの」
唇に指を添えるシルヴィアに、オレは少しずつ気持ちを打ち明けていった。
「最初は正直、ちょっとウザい娘だなって思ってた。言葉きついし、何かと噛みついてくるしさ。けど……付き合っていくうちに、オレのことを思ってくれてるんだって、気づいたんだ」
話しながら、自分の中の想いが整理されていくのを感じた。
「いつの間にか目で追ってて、何しても気になって、……気づいたら、好きになってた」
「……まあ!」
シルヴィアが目を細める。
「それで告白したのに……逃げられちゃって」
その瞬間、胸に詰まっていた何かがこぼれ落ちそうになった。
情けなくて、悔しくて、でも――それでも。
「オレ、あいつの本当の気持ちをちゃんと聞きたいんだ」
真っ直ぐな想いをぶつけると、シルヴィアは優しくうなずいた。
「スカーレットは強がりですから。小さな不安を隠すために、自分を大きく見せようとするのですわ」
「……うん、確かに。どこかで無理してるの、分かる時がある」
「だからこそ、焦ってはなりませんわ。彼女が落ち着いて、心を整理できるように、静かにそばにいてあげるのが一番」
確かな言葉だった。
「……ありがとな、シルヴィア。オレ、少し気が楽になったよ」
「お二人のこと、わたくし本当に応援しておりますわ」
そう言って微笑むシルヴィアの隣で、控えていたメイドのアレッタさんがぽつりと口を挟む。
「お嬢様も、スカーレット様のことが大好きですものね」
「ちょ、ちょっとアレッタ!? 余計なことを言わないでくださいまし!」
「ふふっ……」
思わず笑ってしまった。
シルヴィアは、やっぱりシルヴィアだった。
「とにかく焦らずに。自然と会話ができるタイミングを待つのですわ。きっと、その時が来ます」
「ああ。オレ、もう一度ちゃんと向き合いたいからさ」
こうしてオレは、彼女の言葉に背中を押されて、再びスカーレットと向き合う覚悟を決めたんだ。