約束
「あ~、ゴードン先生の説教マジでキツかった……」
肩を落としながら男子寮に戻ったオレは、そこでクラスメートのダリオと顔を合わせる。
「よっ、今日は災難だったな」
気さくに手を挙げるダリオに、オレはげんなりとした態度で応えた。
「ほんとにな……まさか、あんなのを召喚しちまうなんて……」
さっきの無双劇を思い出したオレは、重くため息をつく。
あんなとんでもないのを召喚してしまうなんて、聞いてないってばラホール先生。
そんなオレにダリオは馴れ馴れしく肩に腕を回す。
「まあまあ、おまえにもようやく相棒ができたって訳だよな。俺も安心したぜ」
「ありがとな、ダリオ」
ダリオと拳を突き合わせると、頭にあのティラノサウルスの声が届いた。
『ふっ。我を手懐けたこと、光栄に思うがいいぞ』
「お前な……どこまで上から目線なんだよ……」
ティラノサウルスの尊大さに、オレはまたげんなり。
ちなみに今はそいつも召喚獣用の亜空間に収容してある。
「それじゃあ部屋に戻るわ」
「その前に、おまえの召喚獣をもう一回だけ見せてくれよ」
「え、あいつを……?」
暴虐なティラノサウルスの顔を思い浮かべてオレは気が進まないのに、ダリオの奴はグイグイと来る。
「そーだよ! さっきはパニックになっててよく見れなかったからさぁ! 頼む!」
手を合わせて頼み込むダリオに、オレはため息をついて応じた。
「分かったよ。けどまたあいつが暴れたらおまえにも責任あるからな?」
「分かってるって」
ニカッと笑うダリオの前で、オレは紋章の刻まれた右手をかざして詠唱を始める。
「我、汝を呼び求む。時空を超えて我が呼び声を聞け。古の暴君よ、顕現せよ!」
詠唱するなり、オレの前に紫の魔法陣が展開したんだけど。
「あれ?」
いつの間にか魔法陣が縮んでる。
「魔法陣って、こんなに小さかったか……?」
そして――
「ギャーオウ!」
甲高い鳴き声とともに、現れたのは……小さい。とにかく小さい。
さっきまでの巨大な暴君はどこへやら、小型犬くらいのサイズのティラノサウルスが立っていた。
「「……え?」」
オレとダリオは、同時に目を点にするしかなかった。
「どうしたんだよティラノサウルス! さっきまでのデカさはどこ行ったんだ!?」
『ふんっ、それは貴様のせいだ』
「オレ?」
「……おいおーい、何を喋ってるんだ?」
その声が聞こえないダリオをよそに、オレはティラノサウルスを抱え上げて問い詰めた。
「どういうことだよティラノサウルス!?」
『貴様が召喚者としてあまりに未熟だからだ、このたわけが。貴様の元では我もこの大きさでいる他ないのだ』
「マジかよ……!」
プイッとそっぽを向くティラノサウルスを持ちながら、オレは落胆でがっくりと膝を落とす。
あの最強無双はまぐれだったのかよ……!
『それと、いつまでも種族の名前で呼ばれるのも好かん』
「そうだ、名前をつけなきゃだったよな。んー……」
ちっこいティラノサウルスにそう指摘されて、オレはその場で考え込む。
召喚獣に命名する、それはただ呼び名をつけるだけにとどまらない。
場合によってはさらなる強化や変化をもたらすことになるって、授業でも習った。
どうせなら強そうな名前がいいよな、どうしようかな……。
そうだ、この名前がいい。
「ジータ、お前の名前はジータだ。いいな?」
ジータ、それはオレの故郷に伝わる偉大な女騎士の名前。
『ジータ、か。悪くない名だ、気に入った』
「それじゃあこれからよろしくなっ、ジータ」
『ふんっ、それで我を従えたつもりか。まあよい』
そうしてオレはティラノサウルスのジータの頭に手を添えて、正式に召喚獣契約を交わしたんだ。
「……そのサイズ変化、魔力の循環に原因があるかもしれないな」
「えっ?」
振り返ると、いつの間にか廊下に立っていたのは――ユリウスだった。
「ああ、ユリウス。見てたのか」
「たまたま通りかかっただけだ」
彼は何気ない口調でそう言いつつ、小型のジータをじっと観察する。
「君の召喚獣、面白い反応をするな。……名前はつけたのか?」
「ああ、ジータって名前にした」
「ジータ……なるほど」
ほんの一瞬だけ、ユリウスの目が何かを読み取るように細められる――が、それもすぐにいつもの無表情へ戻った。
「きっと強くなるさ。君次第だけどね」
「お、おう……ありがとう?」
まるで“普通のクラスメート”のように笑った彼に、オレは少しだけ肩の力が抜けた気がした。
「じゃあ、僕はこれで」
手を軽く上げてユリウスはその場を去っていく。
背中越しに、彼が何か小さく呟いたような気がしたけど、それは聞き取れなかった
✳
女子寮の一室にて、スカーレット・フレアーは膝を抱えてベッドに横たわっている。
「……信じられない」
スカーレット・フレアーは、ベッドの上で膝を抱えながら小さく呟いた。
「このアタシが、負けた……?」
何度も思い返す。あのティラノサウルスの圧倒的な強さ。
「スタンの奴、なんて化け物を召喚してるのよ!?」
そして――
破廉恥な出来事が脳裏をよぎり、スカーレットの顔が一気に真っ赤に染まる。
「あーもう! 何なのよあいつ、許さないんだから!! ……でも……」
そう言いかけてスカーレットは右手の紋章を見やった。
揺らめく炎が象られた紋章は今、亀裂が走っており、レッドドラゴンが多大なダメージを負ったことを示している。
それほどの相手が目の前に迫ったとき、身を挺して守ってくれたのは、他でもないスタンだったのだ。
「もしあいつが助けてくれなかったら、アタシは今頃……」
思い出して頬を染めたかと思えば、スカーレットはブンブンと首を振り乱す。
「あいつが何なのよ!? アタシは、アタシは……」
そして彼女は小さく呟いた。
「明日、あいつに謝ろっかな……」
そして翌日、スカーレットはクラスの前でスタンが来るのを待つことに。
「……遅いわね、早くしないと遅刻じゃないっ」
懐中時計を手にそんなことを呟くスカーレット。
そんな彼女の元に、彼はようやくやってきた。
「あ、スタン! 待ってたわ……」
しかしそのスタンは、げっそりとやつれた顔でフラフラと足元が覚束ない様子で。
「どうしたのよ、アンタ!?」
「す、スカーレット……。聞いてくれよ……ジータの奴が夜中にオレの魔力を根こそぎ吸いやがって……」
そう告げ終わる間もなく、スタンはスカーレットの胸にもたれかかるように意識を失った。
「ちょっと、スタン!? スタ~ン!!」
それからダリオの力も借りてスカーレットがスタンを医務室に運ぶと、彼はベッドの中で意識を取り戻す。
「ん、んん……っ」
「スタン! ……やっと気がついたのね……!」
「スカーレット……なんでお前が?」
キョトンと首をかしげるスタンに、傍らのダリオが簡単に説明した。
「スカーレット嬢がここまでお前を運んだんだよ。もちろん俺も力を貸したけどな」
「スカーレットが?」
「ああ。それじゃあ俺は戻るぜ」
ダリオが席を外すと、スカーレットがぶつぶつと漏らす。
「……別にっ! アンタに謝るために待ってたわけじゃないんだからね!」
スカーレットはぷいっと顔を背ける。
(でも、本当は……)
胸の奥がモヤモヤして落ち着かなかった。
スタンは、あの時、自分を守ってくれた。
「……ありがとう、とは改めて言わないわよ」
ポツリと呟いたその声は、かすかに震えていた。
「スカーレット……」
スカーレットのほのかな思いやりに、スタンは微笑んだ。
「ごめんな、スカーレット。昨日はお前も巻き込んじゃって」
「ううん! アタシだって悪かったわ! アンタにドレイクをけしかけちゃって……!」
謝りつつうつむくスカーレットに、スタンはにへらと笑ってこう話す。
「聞いてくれよスカーレット、あのティラノサウルス、ジータが夜中にオレの魔力を根こそぎ持っていきやがってさ。朝からこのザマだ」
「ふふっ、スタンってば。それも召喚獣との契約したてにありがちなことね」
「スカーレットもなったのか!?」
食いぎみに反応するスタンに、スカーレットはベッドの隣に腰を掛けた。
「ええ。……でもアンタほどひどくはなかったかしらね」
「そっか、それは良かった」
「……ねえ、スタン」
それから改まったように、スカーレットはこう言い出す。
「昨日は負けちゃったけど、次は絶対負けないわ! だから、アタシがアンタたちをぶっ潰すまで誰にも負けちゃダメなんだから!!」
そう告げて拳を突き出したスカーレットに、スタンは乾いた笑いで応じた。
「それはキツい頼みだな……。でもいいぜ、オレとジータはこれからもっと強くなるんだからな!」
「ええ、約束よ!」
スタンはスカーレットと拳を突き合わせた。
これが二人の絆が結ばれた瞬間だった。