伝えたい気持ち
「スタン、スタン……! しっかりしなさいよ!」
……ん、んん……っ。
意識がぼんやりと浮上していく。
重い瞼をゆっくり開けると、そこにはスカーレットの顔があった。
「……スカーレット?」
まだ朦朧とした頭で状況を理解しようとするが——ふかふかとした温もりが、身体の下から伝わってくる。
そして周囲は白いカーテンで仕切られている。
(……ここは……医務室、か)
どうやらオレは学園の医務室に運ばれたらしい。
「オレは……どうしてここに……むぐっ!?」
言いかけた瞬間——
ぎゅっ!!
「スタン!!」
スカーレットが勢いよく抱きついてきた。
ふわりと香る甘い匂いと、ほのかに柔らかな感触——
照れ臭いながらも、どこか安心感がこみ上げてくる。
「も~っ! 死んじゃうんじゃないかって、すっごく心配だったんだから!!」
スカーレットがオレの胸に顔を埋めながら、絞り出すように訴える。
その震える声に、どれほど心配をかけたのかが伝わってきた。
「……心配かけちまったみたいだな」
オレはスカーレットの頭を優しく撫でてやる。
彼女の髪は、触れるとほんのりと温かかった。
すると、そのやり取りを見ていたレン先輩が呆れたように口を開く。
「まったく、君はいつも無茶しすぎだ」
レン先輩は腕を組み、困ったように息をつく。
「あはは……ごめんなさい、レン先輩」
オレが苦笑いすると、レン先輩はさらに厳しい声で続けた。
「もしイリヤが転移魔法でここまで運び、治癒魔法を施していなかったら……君の命は本当に危なかったんだぞ」
「……そうだったのか……」
改めて、自分がどれほどの無茶をしたのかを実感する。
「ありがとな、イリヤ」
医務室のベッドの反対側、少し離れた場所に立っていたイリヤに目を向ける。
イリヤは少し顔をそらし、とんがり帽子のつばを引き下げた。
「……礼には及びません。友達なのだから当然のことです」
その声は、どこか照れくさそうだった。
——友達。
その言葉が、胸の奥をじんわりと温める。
その時、亜空間からジータの声が直接頭に響いた。
『まったく、命があったからよかったものの……もし貴様が死んでいたら、我も危うかったのだぞ』
「あ……そうだったな」
契約した召喚獣は、召喚者が死ねば共に消滅する運命。
ジータにとっても、それは決して他人事じゃなかったはずだ。
「……悪かったな、ジータ」
『ふんっ……』
一瞬の沈黙——
そして、ジータは低く言った。
『……とはいえ、貴様の勇気は大したものだ。褒めてやるぞ、スタン』
「……!」
驚いて目を見開く。
今、ジータは——
「なあ、今初めてオレの名前を呼んでくれたよな!?」
『きっ、気のせいだ!』
ジータは慌てたように語尾を荒げた。
——だけど、もう遅い。
「ははっ、やっとオレを認めたってわけか!」
『貴様……! 調子に乗るな!!』
ジータの反応が面白くて、思わず笑ってしまう。
でも……また一歩、信頼を築けた気がする。
後から聞いた話によると——地下空間に囚われていた生徒たちは、保安官たちの手で無事に救出されたらしい。
何はともあれ……一件落着、ってところか。
イリヤの治癒魔法のおかげで傷がすっかり癒えたオレが医務室を出ると、すぐそばの壁に寄りかかっていたのはユリウスだった。
「……無事で何よりだよ。生徒会長から聞いたよ。君がそんな戦いをしていたなんて、正直、驚いた」
「お、おう」
……クラスメートとして心配してくれた、ってことか?
そう思っているうちに、ユリウスは壁を離れて静かに背を向ける。
「それじゃあ、僕はこれで」
それだけ言い残して、淡々と歩き去っていった。
……そういやこの前、どこかでこいつの声を聞いたような気もしたけど。
今の様子を見た感じだと――気のせいだった、のかもしれない。
それから、オレは学園の裏庭へと向かった。
いつもは静かで心落ち着く場所のはずなのに、今日は妙にざわついている。
胸の奥が、まだ熱を帯びている気がするのは、なぜだろう。
「白き爪痕……あいつらは一体何者だったんだろうな……」
ベンチに腰を掛け、何気なく呟いた。
スカーレットを襲い、ジータとも激闘を繰り広げた敵。
まさか、そんな組織が学園の影に潜んでいたなんて。
この平穏な日常が、ほんの一瞬で壊れるかもしれないことを、痛感した。
そんな考えに囚われていた時——
「……ここにいたのね」
聞き馴染んだ声が、心の奥まで響く。
オレが顔を上げると、そこにはスカーレットが立っていた。
「スカーレット……」
彼女はオレの隣にそっと腰を下ろした。
「もう怪我は平気なの?」
「ああ。イリヤの治癒魔法のおかげで、もう全快だぜっ」
試しに腕を振り上げてみせると、スカーレットは心底安心したように微笑んだ。
「……よかった」
その小さな声には、どれほどの安堵が詰まっているのか、考えずとも伝わってくる。
不意に、胸の奥がじんわりと温かくなった。
「デートがこんなことになっちまって、ごめんな。埋め合わせは絶対するからさ」
「別にいいわよ。……スタンが無事なら、それでいいの」
そう言いながら、スカーレットは二つに結んだ髪の先を指先でいじる。
何かを迷っているような、もどかしげな仕草。
やがて、彼女はぽつりと呟くように口を開いた。
「……ねえ、スタン。アンタがアタシを助けようと、すっごく頑張ってくれたのよね?」
「ま、まあな」
頬を赤く染めるスカーレットの純情な表情に、オレは思わず胸が高鳴る。
それと同時に、これまで自分の気持ちをはっきりと自覚できなかったことを痛感する。
——オレは、スカーレットを助けるためなら、どんな危険でも構わないと思った。
それが、どういう意味なのか——ようやく、理解した。
ふと、スカーレットがオレの手にそっと触れた。
「……助けてくれて、ありがとう。スタンが来てくれなかったら、アタシ……どうなってたか分からないわ」
その指先はかすかに震えていた。
怖かったんだ。
彼女は、あの時、本当に恐怖のどん底にいた。
「大切な友達がピンチだったんだから、当然だろ」
「大切な、友達……」
スカーレットは繰り返すように呟く。
その瞬間、オレの胸の奥で何かが引っかかった。
“友達”——それだけで、本当にいいのか?
彼女の耳の縁まで赤く染まり、ぎこちなくオレの手を握る力が少し強まる。
まるで、言葉にできない感情を、触れることで伝えようとしているみたいに。
——今、言わなきゃいけない気がした。
「……なあ、スカーレット」
「何よ?」
鼓動が早まる。
胸の奥で絡まった言葉を、どうにか整理しながら——オレはたどたどしくも言葉を紡ぐ。
「オレ……お前を失いそうになって、やっと気づいたんだ」
スカーレットが驚いたように顔を上げる。
「スカーレット、オレの中で——お前のことが、かけがえのない大切な存在になっていたんだよ」
「へっ……?」
深紅の瞳が、まんまるになる。
そのまま続ける。
「お前は、いつもツンツンしてて、素直じゃなかったよな」
「な、何よ?」
スカーレットがむっとした表情を浮かべる。
でも、オレは笑った。
「でも、その強がりの奥には……誰よりも優しさがあった」
「…………」
「オレは、その優しさに支えられてたんだって、今なら分かる」
スカーレットが、戸惑いの色を滲ませる。
彼女にこんな顔をさせるのは、きっとオレの言葉が真実だからだ。
だから——
オレは、勇気を振り絞って言葉を紡ぐ。
「スカーレット—ーお前が、好きになっちまったんだ」