異形の化物
「スカーレット!!」
オレはすぐさまスカーレットに駆け寄り、その華奢な肩を必死に揺する。
「おい、しっかりしろよスカーレット!」
——だが。
スカーレットは虚ろな瞳のまま、まるで人形のようにぐったりとしたまま動かない。
「……くそっ、一体何だってんだよ……!?」
額に滲む冷や汗。
まさか、間に合わなかったのか……!?
そのとき——
パチンッ!
突然、指を鳴らす音が響く。
「やあ、招かれざる客人よ」
低く、不快なほど滑らかな声。
オレが反射的に振り返ると——
そこにはモジャモジャの白髪頭に白衣を纏った男が、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべて立っていた。
「……お前の仕業か……!」
オレが憤怒の形相で睨みつけると、白髪の男は肩をすくめながら、まるで他人事のように軽く笑う。
「おお、怖い怖い。そんな目で僕を見ないでおくれよ」
「おい、スカーレットに何をした!」
オレが詰め寄ると、男はゆっくりと白衣のポケットから赤い結晶を取り出した。
その瞬間——
オレの心臓が嫌な音を立てて跳ねる。
「……そ、それは……!?」
目を凝らすと、赤い結晶の中に——
スカーレットの召喚獣であるレッドドラゴンが閉じ込められているのが見えた。
「これを取り出すのは大変だったんだよ~?」
男は嗜虐的な笑みを浮かべながら、結晶を弄ぶように指で転がす。
「彼女も召喚獣も目一杯抵抗してくれちゃってね。だけどねえ……召喚獣というのは、所詮術者の魔力が生んだもの。繋がりさえ断ち切れば、あっけなくこうなるのさ」
「てめえ……!!」
拳が震える。
怒りで視界が歪む。
オレは目の前の男に掴みかかろうと——
「ぐっ……!?」
その瞬間、背後から複数の腕が絡みつき、羽交い締めにされる。
「は、離しやがれ!!」
「ガキが生意気にドクター・エイルに歯向かうとはな……」
白づくめの男たちが、オレの腕を抑え込みながら嗤う。
「そいつをつまみ出せ、君たちよ」
エイルの命令が飛ぶ。
が——
『……そろそろいいな?』
その瞬間、頭の中に、獣じみた声が響いた。
「ジータ……!」
『ああ、我の出番だな』
次の瞬間——
「グオエエエエエエエエ!!!」
ジータが獰猛な咆哮を轟かせる。
——その音は、まるで巨竜が闇を裂く咆哮のように。
「う、うわぁっ!?」
白づくめの男たちがビクッと震え、反射的にオレを解放する。
「……ほう」
エイルは、興味深そうにジータを見つめ、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。
「なるほど、そいつも強力そうな召喚獣だ。完全なる召喚獣の糧にふさわしい」
「お前……何言ってんだ……?」
「すぐに分かるさ」
エイルは指をパチンと鳴らす。
その合図と同時に、白づくめの男の一人が戸惑いながらも何かの装置を操作する。
「……しかし、あれは未完成で……」
「構わん。未完成だろうと、そいつを食うには十分だろう」
「はっ!」
その瞬間——
ゴゴゴゴゴゴゴ……!!
——部屋の奥。
重苦しい振動が響き渡る。
「ズオオオオオ……!!」
鉄格子の向こう側、厳重に封じられた檻から恐ろしげな唸り声が響く。
そして——
バチバチバチバチッ!!
切断されたコードから火花が散ると同時に、檻の中から何かが姿を現す。
「今こそ完全なる召喚獣、バイオンの目覚める時!」
エイルの宣言と同時に、檻の中から現れたのは——
「ズオオオオオオオオオン!!」
巨大な肉塊。
グチャグチャと不定形に蠢く塊に、八本の異様に長い脚が生えた化け物。
異形。
醜悪。
その全身が黒い魔力に包まれ、異様なまでの圧を放っている。
「な、なんだ……こいつは……!?」
悪寒が走る。
その異形の怪物は——
「ズオオオオオオオオオオ!!」
耳を裂く咆哮を上げながら、ジータに向かって殺意を漲らせる。
「まずはこれをやろう!」
ヒュンッ!
ドクターエイルがスカーレットのレッドドラゴンを封じた赤い結晶をバイオンに向かって放り投げる。
「待てっ、お前……!」
オレが叫ぶよりも早く、バイオンは爛れた肉体にそれを取り込んだ。
次の瞬間——
バチバチバチバチッ!!
バイオンの肉体が変異する。
肉塊の内部から、まるで破裂するようにドラゴンの首が突き出し、背中には漆黒の翼が不気味に広がる。
「ズオオオオオオオオオン!!!」
地鳴りのような咆哮が地下空間を揺るがす。
エイルが高笑いする。
「ははは! いいぞ、これでバイオンはさらに強くなった! さあ、あそこの召喚獣を喰らえ!!」
——バイオンのドラゴンの眼窩が、ジータを捉える。
まるで"獲物"を見据える捕食者の目だった。
「ズオオオオオオオオオン!!」
咆哮とともに、ジータが前に出る。
オレを背に庇うように。
『我を喰う? 面白いことを言ってくれる』
「ギイイオオオオオオウウウ!!」
ジータの獰猛な咆哮と、バイオンの異形の咆哮がぶつかり合う。
そして——戦闘開始。
「ギイイオオオオオオウウウ!!」
「ズオオオオオオオオオン!!」
ジータが先に動いた。
巨体を活かした突撃!
地面を大きくえぐるほどの勢いでバイオンに突進する。
「ズオオオオオオオオオン!!」
だが——
バイオンの爛れた胴体から、無数の触手がうねるように飛び出した。
「ジータ、気をつけろ!」
『指図せんでも分かっている!』
ブチッ!
一本、また一本——
ジータが触手を噛み千切っていく。
「ほう、バイオンの鋼鉄の触手を、ああも容易く……」
エイルの声が、僅かに興奮を帯びる。
「ジータ、いいぞ! そのまま——」
「くくくっ、触手を千切ったくらいで勝ったと思うなよ?」
エイルの不敵な笑みとともに——
ゴォォォォォォォォッ!!
バイオンの口から灼熱の火炎が噴き出した!
「熱っ……!」
火炎の余波だけで、オレの肌がチリチリと焼かれるようだ。
「ジータ!」
だが——
ジータは動じなかった。
無防備に炎を浴びながら、堂々とその場に立ち尽くしていた。
『火炎なら、もっと熱いものを知っている。それに比べれば、これはぬるいわ』
「なにっ?」
ジータの冷徹な眼光がバイオンを射抜く。
「よし、そのまま首を噛み千切れ!」
『……だから我に指図するなと言っているだろう』
口ではそう言いながらも——
ジータは、バイオンの首に食らいついた。
だが——
「——ジュゥウウウウウ……!!」
異変が起こる。
ジータの牙から煙が立ち上る。
「キエエエエエンッ!?」
『ぐっ……!?』
ジータは慌ててバイオンの首から口を離す。
その牙は、まるで強酸に浸したようにボロボロと崩れ落ちていた。
「ジータ、大丈夫か!?」
『これしき……問題ない。しかし……』
——そのとき、オレの目に映ったのは——
バイオンの再生する肉体。
噛まれた首の傷が、まるで時間を巻き戻すように再生していく。
「再生持ちかよ……!」
エイルが、楽しそうに笑う。
「どうやら君の召喚獣では、バイオンに勝つのは難しいようだなあ」
「くそっ……!」
「今度はこちらから行かせてもらう。やれ、バイオン」
「ズオオオオオオオオオン!!」
バイオンの無数の触手が、ジータの首に絡みつく。
「ジータぁ!!」
「ギギギギ……!」
バイオンが、ジータを懐に引きずり込もうとする。
ジータは脚を踏ん張り、懸命に抵抗するが——
「くくくっ、君の召喚獣では、我々のバイオンには勝てない。どうやら、ここまでのようだなあ」
エイルが勝ち誇ったように笑う。
「トドメだ、バイオン」
「ズオオオオオオオオオン!!」
バイオンが触手の一本を——まるで槍のように尖らせた。
それを——ジータの心臓へ向けて一直線に突き出す!
「マズい……!」
オレは——反射的に動いていた。
ジータを庇うように、身を挺して——
「ぐっ……!!」
バイオンの槍のような触手がオレの腹を掠め、深く裂く。
鮮血が舞う。
「……っ、がはっ……!」
膝をつく。
視界が揺れる。
だけど——
ジータだけは守った。