突入
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サマー・ハーバーを一望できる高台。
その岩陰で、白づくめの少年が魔導回転塔を静かに見下ろしていた。
そんな彼のもとにヒラヒラと飛んできた、青い羽の蝶々。
「良くやった、モルフォイ」
モルフォイと呼ばれた青い蝶々を手に留めた少年は、ニヤリとほくそ笑む。
「……これで全て揃ったな。ターゲットの動向を見届けよう」
風にあおられて揺れるフード。その隙間から、銀髪がちらちらと覗く。
ーーその少年の正体は、ユリウスだった。
普段は無口で目立たないクラスメート。だが今、その瞳に浮かぶのは冷たい光。
彼の本当の顔とは一体――?
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まずはイリヤが魔力探知を開始する。
「土よ、共鳴せよ——大地の図面!」
イリヤが唱えると、その足元に淡い黄色の魔法陣が展開され、彼女の身体がぼんやりと輝き始めた。
魔力の波動が地面へと浸透し、地下の構造を探るように広がっていく。
「ほう……地下空間を土魔法で探るのか」
感心したように呟くレン先輩をよそに、オレは焦燥感に駆られてじっとしていられなかった。
——こんなことしてる間に、スカーレットが……!
拳を握りしめ、衝動的に動き出そうとしたその時、肩にそっと手が置かれる。
「落ち着きなさいまし、スタンくん」
シルヴィアだった。彼女は穏やかに微笑みながら続ける。
「イリヤさんなら、必ずスカーレットの居場所を突き止めてくださいますわ」
「けど……!」
「今は彼女を信じましょう」
静かな説得力を持つシルヴィアの言葉に、オレは深く息を吸い込む。
——そうだ、焦っても何も変わらない。今は確実な方法を取るべきなんだ。
しばらくすると、イリヤの光が徐々に収束し、彼女がゆっくりと目を開く。
「——できました。こちらをどうぞ」
イリヤが差し出したのは、淡い光を放つ半透明の地図のようなものだった。
「これは?」
「魔力の濃淡を視覚化した地図です。スカーレットさんは恐らくここにいるでしょう」
イリヤが指し示したのは、一際強い魔力の波動を放つ地点。そのすぐそばに、二番目に濃い魔力の反応がある。
「……ここは魔導回転塔のほぼ真下だな」
「しかもこの地図、貴族たちが知る地下空間の構造図と完全に一致していますわ!」
図面を確認しながら、シルヴィアが驚いたように声を上げる。
イリヤのマッピング精度の高さに、レン先輩も思わず舌を巻いた。
「……すごいな、お前」
「当然です。私は誰だと思っているのですか?」
得意げに平らな胸を張るイリヤ。
オレにはどれほどすごいことなのか分からなかったが、それだけ正確な情報が得られたということだろう。
「居場所は分かったけど、そこまでどうやって行くんだ?」
「それなら私に考えがある。魔導管を伝っていくんだ」
そう言ってレン先輩が指差したのは、光る地図に記された網目状に広がる魔力の筋だった。
「魔導回転塔の地下には、魔導エネルギーを巡らせる管が張り巡らされている。この魔導管を伝えば、監視の目をかいくぐれるだろう」
「なら、どこから潜入する?」
「この地点が適切でしょうわ」
シルヴィアが持参していた貴族専用の地下通路図を開き、指差したのは人通りの少ない区画だった。
「なるほど、ここなら警備が薄い。……いい判断だ」
レン先輩もシルヴィアの意見に同意する。
「みんな、ありがとう……! これでスカーレットを助けられる!」
感謝を口にしながら、オレは拳を握りしめた。
そして——
「おい、待て! まだ作戦の詳細を——」
レン先輩の呼び止めも聞かず、オレは駆け出す。
「待ってろよ、スカーレット! ぜってぇ助け出してやるからな!!」
オレがたどり着いたのは、サマー・ハーバーの外れにある薄暗い路地裏だった。
「確かに……人通りはほとんどねぇな」
壁には苔がこびりつき、魔導灯の光も届かない。湿った空気に微かな鉄臭さが混じっている。
オレは地面に埋め込まれた魔導管の整備口の蓋に手をかけるが、ガッチリと固定されていてびくともしない。
「くそっ、固ってぇなぁ……!」
『それなら我が破壊しようか?』
「お、おい、やめとけ! そんなことしたら警備員が飛んでくるだろ!」
ジータに蓋を破壊される前に、背後から息を切らした声が響く。
「はぁ、はぁ……っ。やっと追い付きましたわ……!」
「シルヴィア!」
オレが驚いて振り返ると、彼女は白い長髪をさらりとかきあげ、誇らしげに小さな鍵を掲げた。
「魔導管の入り口はロックがかかってますの。この鍵を使えば開けられますわよ」
「え、そんなもんどこで?」
「こういう事態に備えて、貴族権限で手に入れておきましたの」
さすがシルヴィア……。
オレはありがたく鍵を受け取り、蓋の錠前に差し込む。
——カチャンッ!
錠が外れると同時に、地下から赤い魔力の霧が吹き出し、辺りを妖しく照らす。
「こ、これは……!」
「さすがはサマー・ハーバー全域に魔力を巡らせる魔導管……! 中の魔力が濃すぎますわ……! 生身で入るのは危険すぎましてよ!」
「そんな……!」
くそっ、ここまで来てまた足止めかよ……!
歯噛みしていたその時、ジータが蓋の縁に腕をかけ、深く息を吸い込んだ。
『……これは美味い魔力だ』
その瞬間、漂っていた魔力の霧がすぅっと薄まっていく。
「ジータ、魔力を食ってるのか!?」
『この先も進むのだろう? ならば我が吸ってやる』
「助かるぜ!」
「お気をつけてくださいまし~!」
シルヴィアの見送りを背に、オレとジータは魔導管へと突入した。
足を踏み入れた瞬間、オレは強烈な熱気に包まれた。
魔導管の内部は、赤い魔力の波動がゆらめく脈動する洞窟のような空間だった。
壁面には無数の魔力管が張り巡らされ、青白く光る魔法文字が流れ続けている。
「こいつは……とんでもねぇな」
まるで生き物の体内に入り込んだみてぇだ……。
『この場に長居するのは得策ではないぞ』
「だな……! 行くぞ、ジータ!」
オレはレン先輩とイリヤから借りた二つの地図を頼りに、魔導管の中を駆け抜ける。
——その時だった。
『……魔力が乱れている』
「え?」
ジータの声にハッとする。
次の瞬間、管の奥から魔力の奔流が荒れ狂いながら襲いかかってきた!
「うおおっ!?」
立っているのがやっとだ……!
「ギャーオ!!」
『これも我が食らってやる……!!』
ジータが大口を開けて魔力を吸収するが、今回は様子が違う。
「ジータ、大丈夫か!?」
『問題……ない……!』
苦しげに唸るジータの体が、突然ピカッ!とまばゆい閃光を放つ。
「うわっ!?」
光の中でシルエットが大きく膨らみ、影が変化していく——
そして、光が収まったとき、そこに立っていたのは——
「ジータ、お前……!」
かつてオレが召喚したばかりの頃に見せた、巨大なティラノサウルスの姿だった。
『どうやら、この魔力で本来の姿に戻れたようだな……。行くぞ』
「お、おう!」
ジータの進化した姿に驚きながらも、オレはそれに続いて走り出す。
魔導管を抜けると、そこには無機質な鉄の壁が広がっていた。
「……地下施設か」
空気は乾燥し、薄暗いランプがぼんやりと照らしている。
『ここに炎上小娘がいるのか』
「そうみてぇだ……!」
警戒しながら進むと、突然柵の並ぶエリアに出た。
「これって……牢屋か?」
鉄の柵の向こうには、無気力に座り込む少年少女たちがいた。
サマー・ハーバーの行方不明者の顔ぶれ……!
「なぁ、お前ら! 赤い髪を二つに結んだ女の子、スカーレットを知らないか!?」
「……知らない」
「……見てない」
どいつもこいつも、まるで心を抜かれたみてぇな顔をしている。
——だが、オレは見つけた。
「あの子……サラじゃねぇか」
スカーレットの友達だって言ってたあの子。
「おい、サラ!」
「……あなたは?」
虚ろな目を上げるサラの前で、オレは鉄柵を握りしめる。
「オレはスタン、スカーレットの友達だ!」
「スカーレットちゃんの……?」
その名前を聞いた瞬間、サラの瞳にかすかに光が戻る。
「スカーレットがどこにいるか、知らないか!?」
しばらく沈黙した後、サラはおもむろに指を差す。
「あの向こうにいるのか……!」
オレの確認に、サラは静かにうなづいた。
「ありがとな、サラ!」
「……待って」
駆け出そうとしたオレを、サラがか細い声で引き止めた。
「気をつけて……ここはとても危険……」
「ああ!」
サラの警告を受け、オレはスカーレットの待つ方へと全力で駆け出す。
待ってろよ、スカーレット……! 今助けに行くからな!!